2018/7/31

上川法務大臣について。  カルト・宗教・犯罪

そりゃ、私も

松本智津夫死刑囚の死刑執行のみで必要十分だと思う

なんで手足にすぎなかった12人

ました6人は20日後、なんて残虐なことするんだ、と思う

だが、人格批判まで含めた汚い罵倒をする人の感覚はおかしい

安倍政治批判と結びつける感覚にはついていけない。
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2018/7/30

朝日系列その他  カルト・宗教・犯罪

オウム岡崎死刑囚は27日Xデ―予言「執行前は真っ青に…」
上川法相を自民党は選挙で優遇も
今西憲之2018.7.29 17:30dot.#オウム真理教
https://dot.asahi.com/dot/2018072900024.html

  「多くの謎を残したまま」ってあのね、視聴率がとれる?、簡単に書けるからとはいえ、さすが上祐、森達也氏、三女らを重用している朝日系列です、「なにが謎なのか書かない」のに、こんな言葉で始まる。

  これ、オウム集団が喜ぶ書き方なんだと、もはや分かってると思うが。1995年当時はメディアにも信者さんが何人もいたけれど、同メディア内にまだオウム信者さんがいるのかな、とまで思ってしまう。


 で、下記は本当の情報なのか。今西憲之氏って、下記のような経緯の人、この人が「自民党の幹部」から聞けたとはとても思えないんだがなあ。今回の判断は間違いではあるけれど、信頼できない報道だと。
https://ja.wikipedia.org/wiki/今西憲之
  ホントだったら、法務省幹部も上川法相もいかんです。最初から方針をはっきり決めておくべきこと。もとより、麻原一人で必要十分としてほしかった。

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そんな上川法相に対して、自民党の幹部はこう話す。
「上川さん、最初の7月6日の死刑執行後、残りの6人のサインについてはかなり躊躇したようですね。そりゃ、すごいプレッシャーの中、一度に7人の死刑執行を1人でサインしたんですよ。彼女はハーバード大学で学んだこともあって、国際感覚があり、死刑がいかに、世界では批判を浴びているか、よくわかっています。それを法務官僚が説得して残り6人も最後はサインさせた。記者会見後にちょっと顔を見たが、かなり厚化粧でした。やつれたのを隠すためだったんじゃないかな」
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2018/7/30

Alephの3.20声明  カルト・宗教・犯罪

 Alephは、「麻原彰晃」以下13人の死刑が執行されたのに、未だ声明を出せないままですね。
 ええ、急がないでいいと思います。一人ひとりが考えるべきことなんだから。解散するならば格別、出さないままでもいいんじゃないですか。
 「記憶修習、記憶修習、思索、実践」「思索して疑念が生じたら記憶修習」なんて長々と教え込まれてきたけれど、やはり一人ひとりが考えないとならないことなんだから。
 実は「麻原彰晃」なんて、元々存在しなかったんだから。 


http://info.aleph.to/news/201803.html#201803161521175396
で、上記サイトにある末尾の文章は2018.3.20の「ALeph 広報部」サイト記事です。消されるといけないので、転載しておきます。

1、「謝罪」とか「お詫び」ではなく、「重く受け止め」「哀悼の意」という表現―ここは、三女さんと同じ態度ですね。

2、井上証言の危うさが、確定判決を根本から揺るがすってさ。―サリン製造指示についての「ジーヴァカ、いいよ、それで。それ以上やらなくていいから。」と言われたなどの遠藤証言をよくもまあ無視してるなあ。―ここは、三女さんや森達也さんの言い方と同じですね。

3、「もしそうであるならば、取り返しのつかない重大な禍根となるでしょう。」とね。―脅かしですが、対内的にこそ意味がありましょう、死刑執行の前後大雨で200人以上亡くなったことが言われている模様です。1990年10月の熊本県阿蘇施設への強制捜査の時も、同様のことを言ってたなあ。大雨だったからなあ。


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3月20日に際して
2018年3月16日(金)
 95年の地下鉄サリン事件から今年で23年を迎えます。オウム真理教の流れを受け継ぐ団体として事件を重く受け止め、亡くなられた方々に対して深く哀悼の意を捧げ、改めてご冥福をお祈りいたします。また、一連の事件の被害者の方々に対する補償については現在深刻な問題が発覚していますが、これからも継続していく所存です。

 本年1月、高橋克也氏の上告が棄却され、判決が確定したことで、オウム真理教事件の一連の裁判は一つの節目を迎えました。一部の報道では、これをもってオウム真理教事件の裁判が終結し、また、共犯者の裁判が継続中は控えられていた、同事件での死刑囚13名の死刑の執行が可能となったとも伝えられています。

 しかしながら、一連の事件がなぜ起きたのかなどの本質的な点をはじめ、いまだ明らかになっていない事実はあまりにも多く、オウム真理教の教祖として多くのことを語れるはずであった麻原尊師は、第一審の途中から「不規則発言」といわれた不可解な言動を始め、その後、完全に口を閉ざしてしまわれたまま現在に至っています。

 また、本年1月、最高裁において菊地直子氏の無罪判決が確定しました。この裁判では、その他の一連の裁判の事実認定の基礎となっている井上嘉浩氏の証言の信用性が、根本から否定されました。このことは、麻原尊師の国選弁護団長に「魔女裁判」とまでいわしめた強引な事実認定に基づくこれまでの確定判決を根本から揺るがすものです。今後のオウム真理教事件における再審請求に少なからぬ影響を与えることは必至であり、我々もまた、この重要な事実は黙殺されてはならないと考えます。

 これら司法上の手続きをはじめとする深刻な問題を無視して、一行政機関に過ぎない法務省及びその長たる上川陽子法務大臣は、死刑囚13名の一部を早々と別の拘置所に移送しました。麻原尊師らの死刑執行を強行しようとしているのでしょうか。もしそうであるならば、取り返しのつかない重大な禍根となるでしょう。

2018年3月16日

Aleph
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2018/7/30

麻原さんの動機  カルト・宗教・犯罪

麻原さんの動機

「麻原彰晃」が地下鉄サリンのサリン散布指示にまで至る動機については、このブログの冒頭に出ている地裁判決に、おおよそ同意するものです。動機については、刑事裁判で認定することは法律上必須ではないが、重大事件だからそれ相当に書かれています。

 「真相究明がされていない」とネーミングしつつ、聞けば麻原の動機が分からないのだ、なんて言う人は、碌にこの判決文も読んでいないという外なく、困ったものです。

 それでも「動機が分からない」なんていう方は、どうぞ私に聞きに来てください。生意気な物言いですけれど、下記の通り事前にそれ相当の諸情報を取得し、確認・分析して、警察全体に要請してきたところ、実際その通りに麻原は指示してしまったんだから、信用性が高いと思うんです。

 まあ、世間智のある一般国民にあってこそ、おおよそ分かることですね。


1994.9.21が、「書類送付書」江川紹子さん襲撃について、です。
1994.11.2が、オウム真理教集団自殺虐殺の危険性について
1995.3.13が、上申書「前例のない事件に対しては前例のない体制で」
http://www.cnet-sc.ne.jp/canarium/siryou1.html#資料5にあります。

下記にも、少し書きました。
http://sky.ap.teacup.com/applet/takitaro/20180712/archive

まとめれば、動機は下記のとおりになります。
状況については、上記3つのいずれかに詳細に書いてあります。
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 「麻原彰晃」は、日本社会に対する恨みを持ちつつも、まずは支配欲とくに不自由のない環境で育った若者に対する支配欲を満たし同時に各家庭を崩壊させるべく、最終解脱者と称して自らに絶対的に服従させる「オウム真理教」を成立させた。

 各信者は、マインド・コントロールによる心理操作の手法、更にヨガの呼吸法や漆黒の闇による神秘体験により、選民意識をもち、同時に厭世感を強くし「輪廻転生の苦痛」なるものからの脱却を希望してきた。麻原は、信者らに、修行の一環として麻原の指示であれば「救済」のために何でもするという狂信的特質を持たせることに成功した。

 同時に、1989年2月の田口君事件が知られず、1989年11月の坂本弁護士一家殺人事件につき結局強制捜査が入らないなどから、警察の力を侮る心持となり、あわせて信者に一度ルビコンの川を渡らせてしまえば、尚更に犯罪行為を救済として実行させられると学んだ。

 「麻原彰晃」は、予想よりも遅れていた1990年2月の衆議院議員選挙で、自らの希望に反し、まったく当選圏内に入らなかった。
 以後、細菌兵器を作るよう指示したが実現せず、麻原は、経済合理性を考えつつ、支配欲や女性関係での煩悩を満たすにとどまったが、贅沢も視力が悪いこと、しかも次第に悪くなってきたことから限度があった。ために、教団内で好き勝手をするだけでは、次第に飽き足りなくなってきた。

 そんな1993年、失敗ばかりしてきた細菌兵器ではなく、化学兵器の製造に成功し、1994年にはサリンを大量に作れる可能性が現実化した。またイニシエーションとして薬物LSDなどを製造・使用することが可能となって、それまでの修行より速く深く、麻原への絶対服従の感覚と、現実感覚を無くさせることが可能になった。
 また、1994年以降、末尾1〜8の状況になってきた。

 そこで、もともと持っていた社会への恨み、人への恨みを一気に晴らしたいという煩悩を今こそ果たす気持ちになってきた。それは傍目には自暴自棄の度合いを高めているという外ないが、国を乗っ取ることができず、あるいは国民の多数に強く崇拝されない以上、「麻原彰晃」として当然の方向性である。
 まず実施したのは、実験も兼ねての純粋度60%程の1994年6月27日松本サリン事件である。実行犯らには、直前の省庁制導入による地位上昇という魅力そして薬物イニシエーションによる効果もあった。
 
 その頃、少なくない信者が薬物・温熱で死亡した。遺体の内部処理をし、対内外ともに盗聴器を使用したが、薬物の使用ともどもそう遠くなく他に漏れると思われた。事実、7月には薬物使用、10月末には内部死亡が続いていると当職に知られ、それが警察に伝わった。
 またその頃、密殺に便宜な化学兵器VXを製造でき、犯罪を阻害する関係者への殺人・殺人未遂を繰り返した。

 麻原は、1995年11月にサリン70トンを作り東京都下に撒く予定で、ハルマケドン予言を繰り返していた。しかし、1995年元旦、読売新聞がオウム施設近くのサリン生成物が検出されたとの報道をした。これにより強制捜査があり得るので、サリンなどを急きょ廃棄した。

 麻原は急がなければならなかった。「重大予言」「宗教弾圧」を改めて主張する時期こそが、危険な時期であり、サリン報道に対抗して1月4日、自らを被害者だとして上九一色村の会社社長を告訴・記者会見、1月7日の集団自殺云々のラジオ放送、3月初めの假谷さん事件への反論が、これにあたる。

 3月中旬にチラシ「戦争が始まっているのなぜ気づかないんだ」を在家信徒や一般に配布しつつ、3月15日には、地下鉄霞が関駅構内に(化学兵器がないことから)細菌兵器を散布するアタッシュケースを置いたが、成功しなかった。
 3月20日の前週には、この週に強制捜査があると近い関係者らには多く伝わった。そこで、国と人々に恨みを果たすため、松本サリンでの無差別殺人の実績があるサリンをなんとか急遽作らせ、その純粋度30%台のサリンにより、地下鉄サリン事件を起こした。

 「麻原彰晃」は、その後も信者により日本の攻撃を加えさせるため、3月22日強制捜査の日の未明と同日夜「救済の手伝い」「悔いの無い死を迎えようではないか」というラジオ放送をした。それが5月5日の新宿青酸ガス事件であり、5月16日の都庁爆破事件であるが、それが限度だった。


1994年秋頃の状況要点(当職が把握し警察にも情報提供していた内容)
1 儀式にあって、94年7月頃には薬物を使用し始めたとしか思えないことが確認された。従前は薬物による体験は偽りだと説法していたのであり、文字通りの堕落だった。45度〜47度の程度を超えた湯に信者をいれることも行われている。
2 死亡事件、特に教祖自ら指示して50度の熱湯に出家者男性ビリンダヴァッチャ師を入れ死亡させた模様であった。また、薬物・温熱修行での死亡者女性ベールカンダキャー師につき、教祖は「ポア」して魂が上位の世界に行ったとして内部での瞑想もさせた。
3 春以降、上九一色村の表記団体の責任者までしていた男性出家者クラ師外がいなくなり、脱走騒動も多くなってきた。
4 住民や公民館から盗聴器をセットするなど違法行為がひどくなり、それが住民やテレビ局の調査によりばれてもしまった。また刃物の作成をしている。
5 これらが、警察関係に知られてきていることを、麻原としてもわかってきていた。特に看護婦資格を持つ者が脱走してきたのが10月26日夜、当職が関与したことにより、麻原にとって痛打となった。
6 教義では、その「詞章」など攻撃性が高い「はぎとるぞ」などの文言となり、ホーリーネイムも大廉売し、焦りを示している。
7 財政面では、信者への業財が、1カ月3万円から1万円に減少するなど危機に瀕してきた。収入面では、従前「貧者の一灯」を述べていたが多額の布施をできる者はいままでの徳が高いとの説法を堂々と述べ、また宮崎資産家拉致事件で典型的なように集金方法が実際、乱暴至極になってきている。
8 本人として、毒ガス攻撃を受けているとし、生石灰をまく、空気清浄器をつける、水にも毒がはいっているなどと、被害妄想を高めてきているか、信者のそう思わせようとしている。

      *************


 下記は愚痴です。メディアは、教祖の骨のことばかり聞いてきて、それは当事者だからあまり話せるはずもなく―先のサンデー毎日記事が限度です―、上記のことなど重要なんだが、話しても放送してくれず、記事にもならないなあ。弱ったことだと。
 ああ、麻原の絶対性の説明のために、ウンチのこともしばしば述べるが、放送もなく、記事にもならないなあ。林郁夫などウンチ食べのこと、法廷で述べてもいるのに。
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2018/7/30

死刑を廃止ししたい方々へ&メディアら  カルト・宗教・犯罪

 「真相究明の会」なぞとネーミングし、要は麻原の指示した動機を知りたいだけそれが本質なぞと言う一方で、
 一審弁護団の無罪主張「弟子の暴走論」に賛同すると言う自己矛盾の森氏、
 麻原の故遠藤へのサリン指示を知らない振りをする又はホントに知らない森氏、
 麻原を問い詰めるべき、なぞと突如、法制度を無視している森氏です。
 なんで相手にする人やメディアがいるのかなあ。事実はどうでもいいのかな。
 死刑を廃止したい方は、この人を使うことは、運動にはマイナスだと知るべきだろうに。


 弁護人弁護士であれば、被告人が無罪主張をする以上、屁理屈だろうと何だろうと無罪主張するのは当たり前であり、それと死刑廃止運動とは矛盾しないのですけれど。
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2018/7/30

ご留意を  カルト・宗教・犯罪

 私、故松本死刑囚の二女、三女のツイッターは今、ブロックされてて見れないのだが、どこかに「滝本太郎」というのが彼女らのをリツイートとかして書き込んでいるという書き込みがありました。
 それ、私を騙る人の書き込みであり、私ではないので、念のため、ここに注意喚起します。

追加―今頃になって、四女名で、他の書き込みへのコメントが出てたりするんですね。なりすましです。確認しても、交流ある私のこのブログにアップしているだけです。

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2018/7/29

生きている不思議、死んでいく不思議  カルト・宗教・犯罪

フェイスブックでの会話を紹介までに。
https://www.facebook.com/taro.takimoto.94

滝本 昨日 14:44 ·
>「無事に会えますように」
と7.26前、三女アーチャリーのツイッターにあるのかな。四十九日間の中間状態、バルドーの期間に、最終解脱者「真理の御霊最聖麻原彰晃尊師」の魂と出会い、良い転生をしてもらいたい、できれば輪廻転生の苦しみから抜け出しますように、との祈りだろうと。

****中 略******

θ月 人が死ぬって凄いことですよ。世界は何も変わらず一秒も狂わず予定通りの朝を迎えるんですから。そして夜は普通に眠るんです。

滝本 うん、つくづく思います。中島みゆきの「誕生」の一節のとおり、「別れ行く命を数えながら♪」ですね。一人カラオケもいいかも。
滝本 なおまた、自分が死ねば世界も終わり、という感覚を言う人もありますね、なに主義なのか、どんな宗教なのか。知覚がすべて、なのかな。

θ月 生きるのも死ぬのも生理現象だから。不思議なことは何もないです。

滝本 うん、で、生きている不思議、死んでゆく不思議、と

θ月 あっ、これは失礼しました(笑)。

θ月 生まれてきた意味を答えるなら、どの生物も地球の養分になるために生まれてきたんです。それぞれが持つ要素を地球に還元するためです。

θ月 『自分が死ねば世界も終わり』の世界とは、この世の全てのことではなく、その人が味わい築き上げてきた個人的な世界が消滅する、私のドラマは終わるという意味だと思います。
私は自分が死ぬ時には自分が関係するものは全て片付けていきたいですね。そうもいかないのが身体なのですが。

中西 >なおまた、自分が死ねば世界も終わり、という感覚を言う人もありますね、
聖書に書いてありますよ。例えば私の命は、この地球より重いんです。私から見れば
マタイによる福音書/ 16章 26節
人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何の得があろうか。自分の命を買い戻すのに、どんな代価を支払えようか。

θ月 ですから、それも主観ですよね。

中西 いや真理でしょう。

θ月 あなたが言っているのは個人的世界観です。 
私とせんせが言っているのは物質世界の全てです。 
ですから、話に折り合いはつきませんよ。

中西 お前を殺しても、質量保存の法則、エネルギー保存の法則ゆえに何一つ損なわれることはないから、安心して死になさい、と言ったら、納得して死ねますか?
失われるものはありますよ。単に主観だけじゃなく客観的にも

θ月 ですから、着眼点が違うのですよ。
しかも『死ぬ』を『殺す』に変えてミスリードを謀ってますよね。

滝本 中西さん、θ月さん、そのあたり、けっこう大切な処だと思うんです。もちろん物理的な話ではなく主観的な話です。
 『麻原彰晃』なんてのは、自分が死ねば、世界も地球ももちろん終わり、の感覚が強かったんではないかなあ、と思っています。だが物理的にはそうでもないとも思える、だから自分の道連れに世界を終わらせたかった、と。
 「ソフィーの世界」の、「私は誰?」「世界はどこから来た?」からも連想されるところであり、脱会者らにこの本を紹介したりしてきました。

θ月 あの作品は良かったですね。『良かった』の一言に集約できると思える哲学的作品でした。そこに確かにいたソフィーの影が、終盤に近付くにつれ薄くなって長く伸びていくように感じました。とても寂しく感じました。今でもそう感じます。
麻原がどう考えていたのか、何をしたかったのか、私は彼の思想を知るべきではないと考えています。探さなくて良いと思っています。探し始めるなら100までいかなければ、ただの粗探しになります。
松本元死刑囚が静かに刑に応じたのは私にとって意外でした。目が見えないとはいえ少しはこの世界に執着するかと思っていたからです。そうしなかったのが事実なら、彼は自分の存在が否定されている現実に打ちのめされていたのかもしれませんね。

滝本 はい。で、松本智津夫として死んでいったんだな、と実感しました。
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