2017/12/27

オウム事件女性K被告の無罪確定へ  カルト・宗教・犯罪

http://sky.ap.teacup.com/applet/takitaro/20151127/archive
 オウム事件の女性K被告の最高裁での無罪決定につき、コメントを求められたりしています。これについての詳細は、高裁判決時の、上記2015年11月27日付ブログのとおりなので、これを参考にしてくださいませ。

端的には、
「事件に関与していても、本人は言われるままに末端にて作業していたのであり、認識がない以上無罪なのは当然です。良かったと思います。」です。「破壊的カルト集団の中で、グルの手足として「考えるな」の教えのもとで動いていただけであり、認識がホントにないのも不思議ではないんです。」というところです。

 その上で、高裁判決で裁判長が説示したこと、どうぞ忘れないでください。
「審理した結果、法律的には無罪となりました。ただし、客観的には、あなたが運んだ薬品で重大な犯罪が行われ、指を失った被害者が出ています。あなた自身が分からなかったとしても、あなたの行為が犯罪を生んだことを、心の中で整理してほしい」

 また、高橋克也被告の最高裁決定が近いだろうから、その確定後13人の死刑執行がどうなるか、ということをしばしば聞かれます。これにつき、麻原以外の12人の死刑は執行すべきでないことなどを含め、このブログにも何度も書いていることですので。これまたご参照下さいませ。

 それにしても、「滝本サリン事件のみならず、地下鉄サリン事件、松本サリン、坂本事件の実行犯らを含めて「いい人」なんだ、その「いい人が、現世は幻という感覚の環境下にて、絶対者グル麻原に従う環境下で、いいいことをするつもりでやったんだ、それがオウム事件の底知れぬ恐ろしさなんだ」ということを報道してくれないのが、実に困ったことだ、と思う。

20171228追加
 Kさんメッセージ出した。「素直にありがたく受け止めたい。とはいえ、自分の行為が何の落ち度も責任もない方に、重篤な被害を与えたことにつながってしまったことを、これからの人生において重く受け止めていくことに変わりありません」とのコメントを出した。
13

2017/12/21

教祖の子どもたち  カルト・宗教・犯罪

 長男原告、テレビ東京被告の、東京地裁での損害賠償等請求事件、本日結審しました。

過日の、オウム集団が長男・次男を新教祖に従っているということでのテレビ番組につき
・四女発言などが名誉毀損
・プライバシー侵害だ
・モザイクなどされているとはいえ、肖像権侵害だ
ということで、謝罪広告と慰謝料請求をしている裁判です。

判決は、2018年3月15日午後1時15分、東京地裁526号法廷とのこと。


この裁判、直接傍聴など行くようになったのはつい先日から

10月5日は、完全に脱会している四女と、三女と共に動いている二女の証言
11月9日は、三女と、お付きの人らの証言
12月21日、本日一日は、テレビ東京のプロデューサーの証言と、原告本人尋問でした。
−今日の尋問メモは、A4の25枚でしたあ。


 11月9日、脱会者と称するお付きの人が、麻原さんについてどう思うかにつき、つまりは証言拒絶したのが印象的だったなあ。
 12月21日本日は、テレビ東京は凄いなあ、こんな能力あるプロデューサーだからこそ、すぐに裁判される厄介なオウム集団相手でも、番組を作れたんだ、と敬服しました。
 そして、長男尋問を直接聞ける場であるのに、多局や他の新聞がろくに来てもいないのが、なんかなあ、と思いました。記者会見を聞いてばかり、自らが直接知ろう、という意欲に欠けているのではないかしら、と思いました。
 ああ、印象的なのは、何よりも、原告代理人の松井弁護士の声がやたら大きく、答えが終わらないうちに大声でさらに話したりして、威圧的すぎるなあ、と。


 私は、10月5日の尋問を聞き、物申したいなあと思い、急遽、陳述書に資料もつけて被告代理人弁護士に送りました。今週、乙第45号証として、資料ともども出したみたい。下記PDFのとおりです。
   q2jeer.pdf

 で、裁判のこと自体ももとにした、番組報道をすればいいのになあ、と思った。報道が委縮しないことこそが、大切なことなので
・ひかりの輪のこと
・テレビ東京が裁判を起こされていて、色々証人が出たこと
・お付きの人は、脱会者名目なのに、なぜかお付きのままで、麻原への信仰なども否定しないこと
・証拠関係で、国やら賃貸物件管理会社やら次々と訴訟を起こしている異常な事態であること
・長男の本日の話では、あの三女−12.13朗読会では、そのブログにある通り、父と共の写真を宣伝に使っていた−の援助を受けて学生生活をしながら、そしてまた過去、他の死刑囚らにもお付きの人ともども面会行くなどしてきたのに、事件のことを調べないままであること
・「山田らの集団」のこと
・でも、四女同様、子らも被害者であること−父母の虐待、著しい非行は、四女だけではない筈−などの観点など
と思いました。


ああ、長男において、私の陳述書を読んだのとことでした。
「理解できない、滝本さんの所に行かなければ脱会ではないのだろうか」と言う話が重かった。
そりゃ、幼かったんだから、色んな事知らないですよね、
 どうぞボチボチと、自分の判断であちこち、読んでください。
 ご自身の人生はこれからなんですから。
 

私の陳述書の最後の方は、下記のとおり。生意気だが、そんな立場のおじさんになってた。
************
3 本来、松本死刑囚の子どもらも「被害者」です。
 「被害者」としては、第1にオウム集団とは何ら関係のないままに殺されるなどした方々であり、第2にオウム集団と闘って殺された友人坂本堤や、攻撃を受けた当職、また家族の会の会長らが被害者であり、第3に幼くして出家した親に連れられて、児童虐待というべき状態であった子ども、第4に周辺住民、第5に社会一般です。また第6に麻原に幻惑されて教団に入った人、そして被告人・死刑囚となった者も、麻原の「被害者」だと思います。
 ですが、松本死刑囚の子どもらも、第3の子どもらと同様に被害者です。むしろ、他の出家者らの子どもと違い、1995年の後も他の児童200人程と同様の児童相談所に一時保護される、ということがなく、「お付きの人」らにオウム集団の教えを注ぎ込まれてきたのであり、被害者性が高いものです。
その点は、資料Fの1.2に示されるように、今回の四女が両親を相手として申し立てた推定相続人の廃除を認めた審判書でもわかるものです。そして、長男・次男ともなれば、信者らからは、オウム集団の指導者として「グル」として登場することが期待されており、まさに被害者でしょう。

4 しかし、だからと言って、三女や長男につき、公益・公共的な「関心」がもたれることが許されないままで良いというものではありません。
 長男は、もっぱら三女の庇護のもとにあります。三女は資料@、Aにあるように、決してオウム集団から離れているものではなく、後に出所してきた母とともに、アレフと相互利用を図ってきた者でした。アレフと交流があるのに、その「会員」になっていないからと言って私立大学に訴訟を起こして慰謝料を取得するなどもしてきました。そして、発行した書籍を見れば、松本死刑囚の罪について「保留」とするばかりで、信者らに対して事件と向き合うことを阻害するばかりのものでした。三女は、脱会者と言いながら、「麻原家」というものを利用し尽くして生活しているというほかありません。
 そもそも、真実の脱会者であるならば、自ら信仰したオウム集団が、極悪非道の行為をした薬物宗教であること、信じるに値しないのであることを知っているのですから、松本死刑囚の子どもらの「お付きの人」になるはずもありません。まして、お付きの人として、幼少時からオウム集団の教えを伝え続ける動機もありません。
ですから、三女らは、「グル」を輩出できる立場、オウム集団として「霊性の高い人」らを擁する主体として、この「お付きの人」らと合わせ「オウム集団本体」とも言うべきものです。これは、三女らが万言を費やしても、いかに一部文化人らに理解を得られようとも、否定しようがない所でしょう。
 1995年、96年当時、母が養育係を指定したこと、姉らがいたことなどから、三女、特に四女以下が児童相談所に一時保護されなかったことが悔やまれます。当時、なんとかならないかと期待したのですが、これがかなわず、しかし、千葉県木更津の母の実家両親である祖父母の所に身を寄せたと聞き、一安心したものでした。ですが「お付きの人」という脱会者名目の信者らが子どもらの監護・養育し、引き続き、オウム集団の教えの中にいました。

5 その環境から、試行錯誤また不安定になる時期もありましが脱却し、真実脱会した者は今のところ四女だけです。同人も当職も、長男と次男が、オウム集団の桎梏から離れることを強く祈ります。具体的には当面、長男は三女から離れ、次男は母から離れ、自立していく必要があります。そんな気持ちになったら助力しますので、ご連絡ください。
どうか、原告においてご検討ください。ここに陳述書とします。

************
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2017/12/18

カルト、加害者の子のセイフティーネット  カルト・宗教・犯罪

 北九州監禁殺人事件の主犯らの子どもさんのドキュメンタリーありましたね。リンク先のことです。凄い事件だった、トラウマが心配。そっか、報道への抗議に縁を得て、フジテレビのインタビューになったんだ。メディアの担当者、偉かったと思う。
 http://lite-ra.com/2017/12/post-3659.html  
 重いです、ですが直視しないとならんのだろうと。

 私は、オウム事件がらみが主で1995年3月以降、何人かの就職についての身元保証、20歳を過ぎてしまったが中学でていないので夜間中学校、住むところなく携帯も持てずだから借主になるとかしてきた。ああ精神科病院でのオウム問題でのカウンセリング、児童相談所や養護施設でのカウンセリング(ああ、最後は一緒に空中浮揚の練習をしたなあ、どうしているかなあ)、ああオウム事件の被告人にカウンセリングしてもらうため拘置所に一緒に行ったり、その他にも幾つかのこと。

 まだ一部は継続している。何人かは死んでしまった。行方不明になって分からないまま、又は何とかやっていると思っていたが精神科病院に改めて何カ月も入院にしたり。終わりはないんだろうな、縁ができたのだから。
 
 もちろん、私のみならず立場を違えて、オウム事件の刑事事件の弁護人となった弁護士らの何人かも、被告人の子どもらや被告人自身につき、色々努力されてきた、頭が下がる。公安警察の各警察官も決して国を守ろうという観点だけでなく、出所後の就職先など世話してきた人もいる。

 ああ、教祖の子どもらについては、1995年、児童相談所の一時保護の対象にならなかったことが痛かったなあ、と。児童相談所も養護施設も人員不足ですし、親役が継続しておらず年を違えた子どもら何人かでの生活棟が多くあっての、中にある問題が色々あるが、オウム集団よりは良かったはずと。

 教祖である父も母も逮捕されたが、逮捕前に養育係を設定していたこと、大きくはなっていた姉がいたことから、実現しなかった。父母の四女への「虐待」と「著しい非行」が確定した今日、あの1995年に一時保護すべきだった、と言えると思う。それができていれば、長男や次男を新教祖にしたがってといるオウム集団対応も変わった可能性がある。

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2017/12/15

警視庁には6人だったのか?―オウム信者さん  カルト・宗教・犯罪

 下記は、高橋シズヱさんが昨日、世田谷区の烏山で聞いてきた講演の内容と感想です。
http://kidoairaku2011.blog109.fc2.com/blog-entry-1928.html
 1995年3月当時、「警視庁に6人」のオウム真理教信徒がいたと。そっか、後に公安警察が長官銃撃事件の犯人の一人としてしまった警察官のほか5人いたということ。正確な数字を知らなかった。(12.13追加―だがこの方の発言は各所で客観的事実と異なってて―そんな人を講師にしてはいかんだろうと―この数字も実はあてにならないのではとも思える)
(ちなみに、私には24時間警備を受ける関係から知らされたのだが地元警察署管内での在家信者は21人だとのことでした。出家者中のヴァジラヤーナの戦士でも、出家者でさえない在家の人が私を攻撃なぞする筈もないのに。警察は、事件がはじけた後になってそんな把握をしていたと)
 まあ、その2月までの假谷さん事件での強制捜査が、3月20日か22日かということは、警察官でなくても関心を持つメディア人を含め.前の週には容易に分かっていたこと、だからこそその週は完全に予定を空けていた。
 そしてまた、警視庁管内での、オウム事件假谷さん事件が初めてなんてのは嘘。あるいはまあ警察はすごい縦社会だから、この元警視庁の方は知らないんだろうな。


下記は警視庁管内の事件ですもん。
1、1990年2月の衆議院議員選挙では、東京の世田谷区世田谷2丁目だったかなその1軒屋に住民票118人だったかな集約するという異常な住民基本台帳法違反、公職選挙法違反があり、多くの弁護士にて告発したのに、警視庁はまもとに対応しなかった。
2、1991年、1993年には関係者宅から盗聴器が発見され、私が関係して現物まで発見した1993年の警視庁の三鷹署関係でも動かなかった
3、1994年には、宮崎県、山梨県内では信者拉致事件が、東京のオウム真理教医院では不審死が続いたのに警視庁が動かなかった。
4、1994年12月の水野さん、1995年1月4日の永岡さんVXの事件があったのに、警察がまともに対応しなかった。永岡さん事件なぞ6日、私が赤坂署に怒鳴り込んで「今実況見分しておかなかったら途方もない失点になるぞ」と脅かしてようやく見分した有様だった。科学捜査が不十分で、当初スミチオンと判断し、自殺未遂だと決めつけ。警視庁の奥の部屋で私に対して湯呑にスミチオンを入れて私に嗅がせ、「永岡さんはこれを飲んだんだ、事情を分からないが自殺未遂だ」と断言してはばからなかった。警視庁の大きなミスです


下記は、この3月13日の私のブログで、オウム事件での警察が見逃した事件の説明です。
―共謀罪なぞいらんわな、すべきことをしていないだけということの趣旨で改めてまとめたものです。
http://sky.ap.teacup.com/takitaro/2135.html
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2017/12/12

核兵器は必要悪ではない、絶対悪だ  憲法・社会・官僚・人権

サーロー節子、ノーベル平和賞受賞式での2017.12.10演説です。
★動画は、下記リンク先の1:11:32あたりからです。英語です。

https://www.youtube.com/watch?v=P1daV8n6fTY&feature=player_embedded
凄いと、重いと、力強いと。

下記の2つ同様に、英語の勉強にもなる名演説だと。
★キング牧師の「アイハブアドリーム」演説 1963.28
https://www.youtube.com/watch?v=fhFbvPTIcyQ
★映画「独裁者」での最後の独裁者役のチャップリン演説
https://www.youtube.com/watch?v=xl2e69fEFf4

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**************
ノーベル平和賞 サーロー節子さん演説全文
 十日オスロで行われた核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN(アイキャン))へのノーベル平和賞授賞式で被爆者サーロー節子さんが行った演説は次の通り。 
      ◇
 両陛下。ノルウェー・ノーベル賞委員会の高名なメンバーの皆さま。ここにいる、そして世界中にいる運動家の仲間たち。淑女、紳士の皆さま。
 ICANの運動を形づくる傑出した全ての人々に成り代わってベアトリス(・フィン事務局長)と共にこの賞を受け取ることは大変な栄誉です。私たちは核兵器の時代を終わらせることができる、終わらせるのだという、かくも大きな希望を皆さま一人一人が私に与えてくれます。
▼座視しない
 被爆者は、奇跡のような偶然によって広島と長崎の原爆を生き延びました。私は被爆者の一人としてお話しします。七十年以上にわたって私たちは核兵器の廃絶に取り組んできました。
 私たちは、この恐ろしい兵器の開発と実験から危害を被った世界中の人々と連帯してきました。(核実験が行われた)ムルロア、エケル、セミパラチンスク、マラリンガ、ビキニといった長く忘れられた地の人々。土地と海を放射線にさらされ、人体実験に使われ、文化を永遠に破壊された人々と連帯してきました。
 私たちは犠牲者であることに甘んじることはありませんでした。灼熱(しゃくねつ)の終末を即座に迎えることや、世界がゆっくりと汚染されていくことに対し、手をこまねいていることは拒否しました。いわゆる大国が、無謀にも私たちを核のたそがれから核の闇夜の間際へと送り込むことを、恐怖の中で座視することは拒否しました。私たちは立ち上がりました。生き延びた体験を分かち合いました。人類と核兵器は共存できないのだと声にしました。
▼叫び声聞こえた
 きょう、この会場で皆さまには、広島と長崎で死を遂げた全ての人々の存在を感じてほしいと思います。雲霞(うんか)のような二十数万の魂を身の回りに感じていただきたいのです。一人一人に名前があったのです。誰かから愛されていたのです。彼らの死は、無駄ではなかったと確認しましょう。
 米国が最初の原爆を私が住んでいた都市、広島に投下した時、私はまだ十三歳でした。私は今もあの朝を鮮明に覚えています。八時十五分、窓からの青みを帯びた白い閃光(せんこう)に目がくらみました。体が宙に浮かぶ感覚を覚えています。
 静かな闇の中で意識を取り戻すと、倒壊した建物の中で身動きできないことに気付きました。級友たちの弱々しい叫び声が聞こえてきました。「お母さん、助けて。神さま、助けて」
 そして突然、私の左肩に手が触れるのを感じました。「諦めるな。頑張れ。助けてやる。あの隙間から光が差すのが見えるか。あそこまでできるだけ速くはっていくんだ」。誰かがこう言うのが聞こえました。はい出ると、倒壊した建物には火が付いていました。あの建物にいた級友のほとんどは生きたまま焼かれ、死にました。そこら中が途方もなく完全に破壊されているのを目にしました。
 幽霊のような人影が行列をつくり、足を引きずりながら通り過ぎていきました。人々は異様なまでに傷を負っていました。血を流し、やけどを負い、黒く焦げて、腫れ上がっていました。体の一部を失っていました。肉と皮膚が骨からぶら下がっていました。飛び出た眼球を手に受け止めている人もいました。おなかが裂けて開き、腸が外に垂れ下がっている人もいました。人間の肉体が焼けた時の嫌な悪臭が立ち込めていました。
 このようにして、私の愛する都市は一発の爆弾によって消滅したのです。住民のほとんどは非戦闘員でした。彼らは燃やされ、焼き尽くされ、炭になりました。その中には私の家族と三百五十一人の級友が含まれています。
▼愚行を許さない
 その後の数週間、数カ月間、数年間にわたって、放射線の後遺症により予測もつかないような不可解な形で何千もの人々が亡くなりました。今日に至ってもなお、放射線は人々の命を奪っています。
 広島を思い出すとき、最初に目に浮かぶのは四歳だった私のおい、英治の姿です。小さな体は溶けて、肉の塊に変わり、見分けがつかないほどでした。死によって苦しみから解放されるまで弱々しい声で水が欲しいと言い続けました。
 今この瞬間も、世界中で罪のない子どもたちが核兵器の脅威にさらされています。おいは私にとって、こうした世界の子どもたちを代表する存在となりました。核兵器はいつどんなときも、私たちが愛する全ての人々、いとおしく思う全てを危険にさらしています。私たちはこの愚行をこれ以上許してはなりません。
 苦しみと生き延びるためのいちずな闘いを通じて、そして廃虚から復興するための苦闘を通じて私たち被爆者は確信に至りました。破局をもたらすこうした兵器について、私たちは世界に警告しなければならないのです。繰り返し私たちは証言してきました。
 しかし、広島と長崎(への原爆投下)を残虐行為、戦争犯罪と見なすことをなお拒絶する人たちもいたのです。「正義の戦争」を終わらせた「良い爆弾」だったとするプロパガンダを受け入れたわけです。こうした作り話が破滅的な核軍拡競争をもたらしました。今日に至るまで核軍拡競争は続いています。
 今も九つの国が都市を灰にし、地球上の生命を破壊し、私たちの美しい世界を未来の世代が住めないようにすると脅しています。核兵器の開発は、国家が偉大さの高みに上ることを意味しません。むしろ、この上なく暗い邪悪の深みに転落することを意味するのです。こうした兵器は必要悪ではありません。絶対悪なのです。
▼終わりの始まり
 今年七月七日、世界の大多数の国々が核兵器禁止条約の採択に賛成した時、私は喜びでいっぱいになりました。私はかつて人類の最悪な側面を目撃しましたが、その日は最良の側面を目撃したのです。私たち被爆者は七十二年の間(核兵器が)禁止されることを待ち続けてきました。これを核兵器の終わりの始まりにしようではありませんか。
 責任ある指導者であれば、必ずやこの条約に署名するに違いありません。署名を拒否すれば歴史の厳しい審判を受けることになるでしょう。彼らのふるまいは大量虐殺につながるのだという現実を抽象的な理論が覆い隠すことはもはやありません。「抑止力」とは、軍縮を抑止するものなのだということはもはや明らかです。私たちはもはや恐怖のキノコ雲の下で暮らすことはありません。
 核武装した国々の当局者と、いわゆる「核の傘」の下にいる共犯者たちに言います。私たちの証言を聞きなさい。私たちの警告を心に刻みなさい。そして、自らの行為の重みを知りなさい。あなたたちはそれぞれ、人類を危険にさらす暴力の体系を構成する不可欠な要素となっているのです。私たちは悪の陳腐さを警戒しましょう。
 世界のあらゆる国の、全ての大統領と首相に懇願します。この条約に参加してください。核による滅亡の脅威を永久になくしてください。
▼光に向かって
 私は十三歳の時、くすぶるがれきの中に閉じ込められても、頑張り続けました。光に向かって進み続けました。そして生き残りました。いま私たちにとって、核禁止条約が光です。この会場にいる皆さんに、世界中で聞いている皆さんに、広島の倒壊した建物の中で耳にした呼び掛けの言葉を繰り返します。「諦めるな。頑張れ。光が見えるか。それに向かってはっていくんだ」
 今夜、燃え立つたいまつを持ってオスロの通りを行進し、核の恐怖という暗い夜から抜け出しましょう。どんな障害に直面しようとも、私たちは進み続け、頑張り、他の人たちとこの光を分かち合い続けます。この光は、かけがえのない世界を存続させるために私たちが傾ける情熱であり、誓いなのです。 (オスロ・共同)=ノーベル財団公表の公式テキストによる
**************
7

2017/12/11

ICANおめでとう!核兵器禁止でええじゃないか!  外国・外交

おおっ、昨日、横浜でやったんですね、行きたかったなあ。

9条などの関係デモで、壮年以上の層の人が昔の歌を歌ったりするのを聴くと、ガクっとくるものです。あれは遠慮して欲しいです。
こんな感じで、「9条ええじゃないか」も作るといいな、もうあるかな。


下記に動画がありますね。
https://www.youtube.com/watch?v=ly8Cw8Gjrkw

「ICANおめでとう!核兵器禁止でええじゃないか!」

夢が実現 条約採択 (夢が実現 条約採択)
核兵器禁止で ええじゃないか ええじゃないか
核兵器なくせば ええじゃないか ええじゃないか
条約参加すりゃ ええじゃないか ええじゃないか
日本も参加すりゃ ええじゃないか ええじゃないか
北朝鮮参加すりゃ ええじゃないか ええじゃないか
アメリカ参加すりゃ ええじゃないか ええじゃないか
ロシアも参加すりゃ ええじゃないか ええじゃないか
フランス参加すりゃ ええじゃないか ええじゃないか
イギリス参加すりゃ ええじゃないか ええじゃないか
中国参加すりゃ ええじゃないか ええじゃないか
韓国参加すりゃ ええじゃないか ええじゃないか
みんなで参加すりゃ ええじゃないか ええじゃないか 
夢が実現 条約採択 (夢が実現 条約採択)
核兵器禁止で やったやったやったやった (核兵器禁止で やったやったやったやった)
やったやったやったやった (やったやったやったやった)
挑発しないで ええじゃないか ええじゃないか
話し合いすれば ええじゃないか ええじゃないか 
戦争しなくて ええじゃないか ええじゃないか
ええじゃないか ええじゃないか (ええじゃないか ええじゃないか)
夢が実現 条約採択 (夢が実現 条約採択)
核兵器禁止で やったやったやったやった (核兵器禁止で やったやったやったやった)
やったやったやったやった (やったやったやったやった)
よいやさ、よいやさ、どっこいしょ、どっこいしょ
核兵器なくせる ICAN ICAN
対話で解決  ICAN ICAN
平和はつくれる  ICAN ICAN
9条活かせる  ICAN ICAN
 ICAN ICAN ICAN ICAN
よいじゃないか、ええじゃないか、えーじゃないか
4
タグ: 中国 北朝鮮

2017/12/5

配当等は分離で限度なし20%なんです  カルト・宗教・犯罪

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2017120402000134.html
上記は東京新聞【社説】  所得税改革 また取り易い所からか 2017年12月4日
***** 格差縮小というなら、株などの譲渡益や配当などにかける金融所得課税が20%のままなのはおかしい。富裕層は金融所得が大半というケースが多く、汗水たらした勤労所得よりも株高の恩恵に浴した「不労所得」の方が税率が大幅に低いのは納得がいかない。金融所得課税を欧米並みの25%にすれば一兆円程度の増収となり、今回の増税も必要ないはずだ。******

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ようやくしっかり書いてくれる社説がでました。ホントホント
汗水働いての所得などについては総合課税、市県民税も合わせて最高55%なのに、分離で限度なく市県民税あわせて20%っておかしいでしょ、数千万円でも数億円でもなんです。 
下記は、私の11.27書き込みのフェイスブックでの議論です。
その立場の人なのでしょうか、反論される女性名の方がいて(その書き込みを赤色にしておきます)、意義あるものだったと思います。
私以外を匿名化して、アップしておきます。この感覚なんだなあ、ご参考までに。


滝本 太郎  11月27日 14:30 ·
基礎控除を中間上層あたりで減らすって。それ「基礎控除」ではないじゃん。ますます複雑にするおバカだと。するなら累進率を少しだけ変えればいいこと。まあ所得の半分以上が税金ってのはおかしいが。★不労所得の株式配当や譲渡益につき、何億円あろうと分離課税・累進なく20%課税であることがおかしいのだ、と。

S  投資はリスクを伴う、会社の業績悪化とか粉飾決算された会社の株は紙屑なる可能性もあります、資産をゼロになるリスクの上での利益だから、ご理解頂けたら幸いです。

滝本 太郎 それは一律の税率、それも20%の理由にはならないと考えます。配当についても20%一律なんですもん。労せずして毎年数千万どころか、数億円の不労所得とか、20%の税率っておかしいでしょうと。そんな人も中にはいる。

S  文句があるなら数億円を稼ぐ、そして20%の税金を払う中入りしたらどうでしょうか?そのほうがもっと説得力がありますよ、今はただの負け犬の鳴き声しか聞こえないです。

滝本 太郎 >文句があるなら数億円を稼ぐ、そして20%の税金を払う中入りしたらどうでしょうか?
―ひえっ、驚きました。ホントにご自身で書かれたのですか。配当など不労所得であって「稼ぐ」ではないんですがね。
 一般所得での高額所得者が、累進率を昔みたいにひどくしないで、と言っているのとはレベルの違う主張であり、凄すぎ。

S  まず、不労所得とは何でしょうか? 読んで字のごとし、「働かないで入ってくる所得」のことでしょうか? いいえ、違います。
そもそも、全く何も働かないで所得が入ってくるわけがありません。投資にしても、最初にいろいろ資料チェックしたり、契約をしたり、という労働が必ず必要ですよね。...ですよね。
この不労所得という言葉がよく使われるようになったのは、2000年11月に『金持ち父さん貧乏父さん』という本が出てからです。この本では、お金持ちは不労所得で稼ぐ、ということが言われていました。


滝本 太郎 私は、不労所得自体をケシカランとは言ってないです。自由主義者、そして資本主義者ですから。
 私は、税率につき、分離課税のまま一律20%課税としていることのおかしさを述べています。他の所得−芸能人・スポーツ選手・医師などが頑張って、高い所で市県民性を入れ55%なのに、なんで不労所得の方は一律20%なの?と。

S  しかし、ここで誤解があります。この『金持ち父さん 貧乏父さん』の原著は洋書ですが、それを翻訳するとき、パッシブ・インカム (passive income)という単語を「不労所得」と訳したのです。
辞書を引けば分かりますが、パッシブというのは「受動的」という意味です。つまり、パッシブ・インカムとは「受動的所得」のことであり、決して「不労所得」ではありません。ですから、真実はこうです。


滝本 太郎 言葉の問題ではなく、税体系の具体的な問題として書いてます。なお、公開のこの場にてご意見を頂いていることには、感謝申し上げます。

滝本 太郎 読者に誤解なきように書くと、
 同じ不労所得でも、不動産の賃貸で得た収入なぞは経費を引いたのちに、総合課税として最高まあ55%の税率の対象となります。株式配当なぞは、分離のまま20%とできると。

滝本 太郎 あのー、不当所得以外の場合も、どんな会社に入るか、どんな仕事を起こすのかも、長く色々準備して努力して、その上で自ら働いて収入を得ています。当たり前のこと。でその場合の税率は、経費を引いたの所得の、累進税率は最高55%なのだと。
 対して、資産の運用として多額の株式配当など得ている場合に、一律20%って、おかしくないのかと述べています。ほとんどの方は関係ないが、数千万、数億円っていう場合です。
 なお、不動産所得は総合課税ですから一律20%にはならないが、それとの比較でも株式配当などで20%一律っておかしくないか、と。不動産譲渡課税、株の譲渡課税は、株式配当課税それぞれにニュアンスと政策的配慮がありますけれども、やはりおかしくないか、と。

滝本 太郎 失礼「あのー、不労所得以外の場合も、」です。

T  高額収入にも20%では低過ぎますね。わが国には昔から惻隠の情というものがありますので、悔しかったら勝ってみろという弱肉強食の新自由主義では国柄が変わってしまいますよ。アメリカの51番目の州になる覚悟なら別ですけれど。
株で沢山儲けた人は、もっと税金を払ってシングルマザーに回してあげるような温かい世の中を目指したいものです。猛き者も遂には滅びん、でしたっけ?明日は我が身でもあることを忘れないようにしましょう。
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