2015/3/31

受刑後の人の名前  カルト・宗教・犯罪

うーん、悩みますが、やはりお願いしたいです。

オウム裁判の傍聴記録その他でですが、受刑を終えていて、かつ教団には戻っていない人の名前は、たとえば、「HS」とか「ID」とか「IK」とか、なんか記号にしてもらえないかな、と。

 そんな人が、既に信者でない場合は、その社会復帰をしていくことこそ、オウム問題の解決に役立つと思うが、ネット上に名前が出ているとその障害になってしまうので。

 私は、一律に受刑を終えた人は名前を出すべきでないというのではないです。反省ない証拠として教団に戻っているような人、また一人オウムという人の場合は、ネット上に、名前を出さないという配慮はいらないと考えています。その点は、マスメディアが一律に元受刑者の名を出さないようにしている、というのとは感覚が違います。

 たしかに法廷では本名が出されていますし、また昔の裁判傍聴記録の本などには、名前が出たままだろうと思います。

 ですが、インターネットの場合、検索性がきわめて容易かつ高度にあって、真実やめている人の社会復帰の障害になってしまうんです。中には、オウム真理教被害者支援機構に寄付金を入れ続けている人もいたりします。

 ですので、冒頭のこと、どうぞご検討下さいませ。厄介な話ですいません。
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2015/3/30


こんにちは。20年を経て、いろいろな本が出ていますが、すべて事実の認識から、が大切だと思います。「事実を見る眼、見つめ続ける気力と勇気」(c岡田尚弁護士)が合言葉かと。

事実の認識は、下記などから判明していきます。
1−物的証拠、信頼性の高い書面−不動産登記、自動車登録、戸籍等−から判明するもの
2−内部書類から判明するもの
3−元メンバーの証言から判明するもの
4−さまざまな観察者の対応−−その物的、書類上から判明すること
5−代表らの非公表の発言から判明するもの
6−代表や現役メンバーの公表発言、公表施設から判明するもの


 うち、6にばかりとらわれてきたのが、一部のしょもない宗教学者や「文化人」でした。宗教実態として、まさにごく一部だけであるのに、それで教団や教義の神髄がわかると思っている研究態度こそが、信じがたいものです。
 ちなみに、問題のなさそうな宗教団体・伝統的な教団であっても、書くまでする時には、脱退した人や批判者の少なくとも何人かにあって書くのが当然だと思うんです。

 私は、オウム教団について、1と4から始め、ついで3を次々と入手し、6の教祖らの公式発言、5の内部発言、2の内部書類と進んできました。

 で、3の元信者の手記は貴重です。互いに知らない事柄もあり、その他の事柄が、実にジグソーパズルのように合わさっていきます。そして元信者の手記などとて、本当にその教義からも、グルイズムからも、もちろん組織からも離れているものでなければ容易に信頼できないです。また、脱会後だいぶのちになったのちのまさに社会に公表するための「書籍」になった手記のような場合、その時点の自分の立場などを守るために脚色されていることがあり、注意が必要です。

 下記は、カナリヤの詩の中の、下記の手記集の中の、6です。カナリヤの詩の手記は、書籍にするためではなく、元信者が交流するための会報のために書かれたもので、より信頼性が高いと考えています。
 下記は、今回の三女の本にも関係するので、ここに転載しました。その他、改めて見るに実に貴重な証言ばかりだな、と感じます。
 http://www.cnet-sc.ne.jp/canarium/shuki/3.html

● 手記6 (20代・男性・元サマナ)
 僕は94年9月にオウムに入会し、94年10月に出家して、96年6月オウムから逃げ出しました。
 1996年7月には、オウムから逃げた罪悪感によって、森の中で睡眠薬を80錠飲み自殺を実行しましたが、次の日発見され、瀕死のところを助けられ、1カ月間精神病院に入院していました。左の手足が全然動きませんでしたが、今では少しずつよくなっています。今は実家からアルバイトに通っています。
 親とは意見が合いません。感情の波が激しく、ものすごく不安になったりします。薬物のせいだとは思いますが、イニシエーションで記憶が一部ありません。

 入信したきっかけは、大学の「インド・ヒマラヤ研究会」というダミーサークルでした。
僕は神経質で人との付き合いが苦手で、精神世界に興味がありました。サークルでは人の悩みをよく聞いてくれたので、信頼していました。ところが、ある日、いきなりオウムの道場へ連れていかれました。ワイドショーなどで有名だったので「入信はしない」と言いましたが、出家者の人達が信頼できたので、まもなく入信しました。
 また、すばらしい人達が集まっているので、麻原さんは世間に誤解されているだけだと思いました。「この世は苦しみである」「物質文明は悪である」ということに納得できましたし、1997年のハルマゲドンは少年マンガ雑誌で読んだことがあったので信じてしまい、出家しました。
 修行やワークはキライでしたが、97年にみんな死んでしまうので、97年まで2年ぐらい我慢すれば楽になれると思っていました。死んでも麻原さんがポアしてくれると思っていたからです。

 飲むイニシエーションではアルコールの味がして、「インチキじゃないか」と思っていたら、独房で体を弓の字にさせられ、手足をしばられ、竹刀で叩かれました。トイレにも行かせてもらえず、床じゅう悲惨でした。「尊師に帰依するぞ!」と何時間も大声で言わされました。隣の部屋の女性は、「もうこんな教団やめます!」と叫んでいました。
 その後、儀式院でイニシエーションを受けてもうろうとしている人にザンゲさせたり、お布施させたり、出家するように強く勧めたりするワークに就きました。
 その時、上司の人が「イニシエーションで神秘体験のない人には、ぐるぐる10回転させて座らせたら、神秘体験なんて起こるんだ! つまり神秘体験なんてどうでもいいんだ!」と言ったので、怪しいと思いましたが、1995年2月(地下鉄サリン事件の少し前)だったので、「救済のためならどんなことをしてもいい、時間がないんだ」と思っていました。

 そのころ、ジーヴァカ棟の近くで、ジーヴァカ正悟師がいつも申し訳なさそうにうつむいて、コソコソ歩いていました。態度がコソコソしているので、ピンクの服を着たスパイだと最初思いました。
 サリン事件の後は、大阪で働いてお布施をする財施部に行きましたが、周りの出家者や師の人もどんどんオウムをやめていきました。最初は「事件はすべてデッチ上げ」と教団は言っていたのに、すべて実行していたので、「どうしてウソを言うのだろう」と思いました。

師の人に相談すると、
「殺されても真理勝者と縁がついたからよかったのよ」
「脱会した師や正悟師達は脱会したフリをしているだけ」
「自分で考えたらいけない」
と開き直っていました。

 今年の4、5、6月と支部活動に戻りましたが、古きよき時代のオウムの温かさは薄れて、殺伐としてきました。狭いマンションで相互監視するので、心がいつも緊張します。極限だといって、限界以上のことをさせます。5、6月は、ヘラクレスを信徒に5万円で売っていました。秘儀瞑想のイニシエーションは30万円でした。正悟師が来る説法会で、3万円で参加できるのを見て、「金がなければ解脱できないな」と思いました。僕のいた支部では、お布施を信徒から集める係の人を「集金マシーン」と呼んでいました。情けなかったです。

 そのころ、アーチャリーさんの「上の命令は絶対です」という通達が来て、がっかりして逃げました。麻原さんの教義は一見正しいように見えるだけです。1996年10月に滝本さんやカナリヤの会を知りましたが、脱会した人達に会えてうれしかったです。信じていたものが一切なくなった恐怖や不安をわかってくれます。オウムしか正しいものがないと思っていましたが、瞑想でも仏教でもまだまだ多くの道があると教えてもらい、カナリヤの会に参加してよかったです。

 林さんや井上さんの真剣な姿に対して、麻原さんの態度にはがっかりしました。YMさんやOSさん、松本知子さんの陳述によっても、僕の麻原さんへの信仰はどんどん消えました。今の麻原さんの「だだっ子」の態度で、オウムから離れる人が増えると思います。

 「教団が100人まで減ったらハルマゲドン」という予言を、現役信者は信じていると思いますが、何も起こらないので考え直してください。彼は「だだっ子」のフリをわざとしているのではありません。

僕が気になっていたこと
─「PSI(ヘッドギア)はつけて1週間寝ていれば解脱するはずだったのに、1年、2年つけても解脱しない」、
―「予言が当たらない。教団は拡大しないし、95年、96年の大洪水で日本の3分の2が沈むはずなのに、大洪水は起こらない」、
―「“96年、私が死んでも君達に奇跡が起こるだろう”と言うのに、サマナに奇跡は起きない」。

 普通では考えられない、とんでもないことを麻原さんはするので、「尊師の深いお考えがあるはず」と思っていましたが、「深い考え」は彼にはないようです。
 幼いころからの環境で麻原さんの性格は形成され、サリンまでつくって地球を支配しようとしたのでしょうが、考えがマンガのようであり、誰も彼を止められなかったのが残念です。幼いころからの彼の苦しみを相談できる人がそばにいたら、教祖にならずにすんだのかもしれません。
 
 師補→師→正悟師→正大師とどんどん傲慢になっていくのが残念です。グルのクローン化すると、口はうまくなるし、人の苦しみもわからなくなるようですね。1996年1月1日に、500 人ぐらいのサマナが第6サティアンに集まりました。
 そのとき、2、3歳の「尊師」の息子に無理やりオウム三唱をさせました。夜の1時ぐらいで、まだ寝ていたのに無理やり起こされて泣いていました。正悟師は喜んでいましたが……。
 1996年6月にサマナ一人一人にサバイバルセットと地図が配られました。「こんなものでハルマゲドンに生き残るつもりなのか?」とおかしく思いました。

 多くの人の心を引き裂いたオウムに属していて、申し訳ないと思っています。
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2015/3/29

Jazzyの裁判傍聴記とか♡  カルト・宗教・犯罪

http://jazzytokyo106.blogspot.jp/

Jazzyの裁判傍聴記とか♡
趣味の裁判傍聴メイン。ちょいちょい日常なども投稿します☆今やっているオウム真理教の高橋克也裁判の傍聴記をほぼ毎日UP! 気軽にからんでくださ〜い♪


おおっ、実に大変な作業です、更新されましたあ。

3月26日の法廷の様子、詳細です。

ネットというものがあって、そして傍聴メモが自由になっていて、

実にまったくホントによかったです。

ありがとうございまあす。
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2015/3/28

新著2つ−櫻井義秀氏他と、塚田穂高氏  カルト・宗教・犯罪

1−『カルトからの回復−こころのレジリアンス』
−櫻井義秀 (編著),杉原輪,内野悌司,鈴木文月,その他
−北海道大学出版会、四六判402頁、ソフトカバー、3456円

http://www.amazon.co.jp/%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%88%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%AE%E5%9B%9E%E5%BE%A9-%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%88%E5%95%8F%E9%A1%8C%E3%81%AE%E3%83%95%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%A22-%E6%AB%BB%E4%BA%95-%E7%BE%A9%E7%A7%80/dp/4832933922/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1427623577&sr=1-1&keywords=%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%88%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%AE%E5%9B%9E%E5%BE%A9

2−『宗教と政治の転轍点 保守合同と政教一致の宗教社会学』
−塚田穂高 (著) 単行本: 416ページ 花伝社 (2015/3/31)

http://www.amazon.co.jp/dp/4763407317?_encoding=UTF8&isInIframe=1&n=465392&ref_=dp_proddesc_0&s=books&showDetailProductDesc=1#iframe-wrapper

**********
1は、櫻井義秀教授ほかの新著
 カルト団体を脱会した方々にとって重要なのは,心の強さ・しなやかさ・柔軟
性(レジリアンス)。傷ついた自己と向き合いつつ新たな人生を切り開く回
復過程をレジリアンスの観点から考察。脱会者支援のあり方を考え
る上で参考になるかと。

 第一部「回復とレジリアンス」では,宗教社会学者や精神・心理医療従事者が,
多様な視点からの考察を展開
 第二部「カルト臨床の事例」では,脱会支援に長らく従事してきたベテラン
のカウンセラーに6名の方から、回復の勘所、カルトにおいて何がねじ曲げら
れ、心の癖のようなモノが作られたのか。そこをどうやって新しい人生に踏み出
せるよう勇気づけていくのかを詳細に
 その後に、統一教会の脱会者6名の証言を収録。脱会とは、教団を物理的にやめる
ことで終わらず、新しい人生のステップを自分の力で歩き始めるところまでの長いプロセス
人によっては数年間、十数年間のカルト体験を人生の半分以上を使って消化していく
そして、このことがけして人生においてマイナスになっていないことを証言
 最後に、インタビューをとりまとめ,本書をつくりあげた臨床心理士と研究者
が集まり,座談会のなかでカルト・カウンセリングについて座談会形式で議論
付録として,参考となる書籍とホームページを紹介

********
2は、塚田穂高さんの新著
−ポストオウム世代の実証的宗教社会学者というべき人なんだと思う。
「実証的」というのは、よく調べてある、文章とかだけでなく、という意味です。

「知識人」とかは、どうにも言葉や文章だけ、それも公表されているものだけで論じて来た人が大手を振ってきた、と、という欠点があった。「洞察力があるはず」の「知識人」において、「人は平気で嘘をつく」「言うこととやることが違っているなんていろいろな指導者には当たり前のこと、やってきたこともよく調べるべし」なんてことをを知らず、または無視して理論構成し、深く研究したような言い方をしてきたものです。
だから、「知識人」のは月んなど、重さがなく実はそう社会の変化に影響を与えてこなかった。

 そんな事態を、なんとか打破すべく、事実関係に基づて、研究してきてくれていることに敬服します。カルト問題はその一部だが、広く日本の戦後政治との関係を研究していること、実に大切です。

「政教分離」を謳う戦後日本社会において、宗教運動は国家をどう考え、何を目指して政治に関わろうとするのか。
なぜ既成政党を支持し、あるいはなぜ独自の政治団体をつくって選挙に出るのか。自民党政権を支える宗教運動の保守合同から、創価学会=公明党、オウム真理教、幸福の科学まで――
 戦後日本宗教の国家観と政治活動をめぐる宗教社会学的考究

第1章 宗教と政治をめぐる研究史
−保守合同―宗教団体の政治関与と「正統」的宗教ナショナリズムの求心性―
第2章 戦後日本の保守合同運動
第3章 保守合同運動と新宗教運動
−政教一致―宗教団体の政治進出と独自のユートピアの希求―
第4章 創価学会=公明党―基点としての王仏冥合・国立戒壇建立―
第5章 浄霊医術普及会=世界浄霊会―浄霊普及、神意としての選挙戦―
第6章 オウム真理教=真理党―シャンバラ化の夢想、ハルマゲドンの回避―
第7章 アイスター=和豊帯の会=女性党―「新しい女性の時代」のために―
第8章 幸福の科学=幸福実現党―選ばれた日本、ユートピア建設の理想と現実―
結章 宗教と政治と「私たち」の課題

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2015/3/26

高橋克也被告の法廷  カルト・宗教・犯罪

今日はなんとしても傍聴に行くべきだった

被害者・遺族からの質問、意見陳述

お心を思うに、涙が出ます。

本人は信仰についての感覚自体は、素直に話してはいると感じる。

だが沈黙、沈黙ばかり、なんと、と。

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各メディア様、3月20日を過ぎましたが、どうぞ詳細に報道してくださいませ。

傍聴をしてきたオウマーがいれば、どうぞ詳細に出してください。

記者らにおいても、記事に容易にならなくなり、つまらないと思います。傍聴してきた記者は、どうぞ何らかの形でアップしてくださいませ。
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2015/3/26

中沢新一氏  カルト・宗教・犯罪

あっ、昨日は島田さんの限度につき記述しましたが、未だ不十分なところはあって、よりオウムの事実関係についての知識と検討をしてほしいけれど、中沢新一氏よりははるかにまともであることを付言しておきます。

中沢新一氏批判は、2007.3.30付ブログでかなり書いてある。
http://sky.ap.teacup.com/applet/takitaro/20070330/archive

このうち1995.3以前の事柄については、太田さん証言・文章にもある通りです。
http://synodos.jp/society/13412/4

(なお備忘録までに−太田さんは法廷にて、カナリヤの詩サイトにある絵画−クンダリニー覚醒の感覚−とかを使ったのですね。法廷では確かに著作権のことを気にしないでいいのだが、一言連絡があってしかるべきでした、出展は示したのかな。サイトにも理解しやすいように当方に許可を得たうえで出されたら、と考えますがね。)

で、中沢氏について重要なのは、その後もとんと反省せず、1万人死んでいたら話は違っていのにね、とかまだ話していたことによります。自分はその1万人の中の一人かも、という現実感がないままの人なんだろうな、と思う。

 すでに書いたとおり、1995−6年当時、私が中沢さんを批判することをしていなかったのは、彼が東京地検に協力して、チベット仏教の説明、オウムの発想などなど、取り調べ方のためのヒントを伝えるようにしていたからです。

 私は、中沢氏のその変幻自在ぶりに、なんともぉぉーー、と感じながら、事案の真相を多くの被疑者らに話してもらうために、彼には捜査機関への協力は続けてほしいから、当時は批判しなかったのです。

 今も、彼は大手を振っているまま、と。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E6%B2%A2%E6%96%B0%E4%B8%80

 ああ、あの森達也氏を「講談社ノンフィクション賞」で引き上げたのも中沢新一氏。ああ、三女の今回の本も講談社だった。
 島田さんが下記書籍などでも中沢批判をしているが、教授を辞めざるを得なかった立場(それ自体は洞察力がないと判明したのだから当たり前のこと)であった一方、中沢氏があんな状況だから、言いたい気持ちもよくわかる。また内容的には大体正しいですし。
  >中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズムについて
  >254ページ、亜紀書房 (2007/04)
4

2015/3/25

島田氏の記者会見につき感想  カルト・宗教・犯罪

下記の3月15日記事に紹介したけれどhttp://sky.ap.teacup.com/applet/takitaro/20150315/archive

うち、島田氏の下記記者会見につき、留意点というかなんともぉ、の点があった。

2月26日
http://www.jnpc.or.jp/activities/news/report/2015/02/r00030488/
録画は下記
https://www.youtube.com/watch?v=5C6V_d6MEk0&list=UU_iMvY293APrYBx0CJReIVw

まずは島田氏も、ISとオウム集団につき、他のいくつかの論者同様に重大な間違いをしている。たしかに状況として閉塞感、思想として破壊願望という共通点は分かるが、「参加していく過程」では、オウムの場合は違うのです。昔も今も「外に向けた破壊や異教徒の殺人」などのために入信していくのではないのです。上手に精神操作されて解脱や救済への憧れをかき立てられ、呼吸法などにより神秘体験をさせつつ、グルへの絶対的帰依を進めていく中で、グルが強い破壊願望を持ち実行しようとするときに、破壊活動になっていくと。島田氏同様に分析不十分のままに述べている方が多すぎます


1−「ニューナルコって本当にできたのか、」という発言
−麻酔時に使う薬と電気ショックとを使い、実際に記憶を失わせてきたのです。それが約100人にも上ることは、カナリヤの詩のサイトにも出してあります。一部の記憶を失っている人の何人もに会ってきています。
http://www.cnet-sc.ne.jp/canarium/naruko.html

2−「マインド・コントロールというよりも、LSD、覚せい剤の影響は」という発言
−ええ、薬物の影響もきわめて大切です。ですが、それだけが犯罪にいたるシステムではないです、明らかに。1994.6使用開始の薬物以前から、事件がありました。書店での勧誘、偽りのサークル、賞賛手法、希少性の原理の利用そして恐怖説得など、マインド・コントロール手法は多く集積して使われた。宮前死刑囚を数十日も漆黒の闇の中において帰依させてきた手法まであった。勿論、薬物使用からほとんど全員の現実感覚を徹底して失わせ、麻原にの帰依を深めさせたものでしたが、しかし神秘体験をしやすい人などそれ以前から同様の状況になっていました。
 まあ、危なさそうなイニシエーションを受ける前に、出家者は出家に至るMCをされており、在家者は多額の金員を支払いかつ危なさそうなのに行ってしまうMCをされきました。1995.3以前にも、各大学などに幾つもダミーサークルがあ利ましたが、島田氏はそれも知らないみたい。

3−「統一協会のような7デイズとかがない」という発言
−MC手法は、団体によって違います。本を読んで近づいた人も、最初やたら褒められ、その後死後のことなど酷く恐怖説得され、神秘体験もフックとなって、絶対服従にまで至りました。説法には出ていない実際の手法をもっともっと認識していってほしいです。
−なお、統一協会とて、7デイズの前にダミー勧誘、賞賛手法、希少性の原理利用、2デイズと段階があります。オウムでも道場での数十時間修行や「狂気の集中修行」などありました。未だ事実の認識が不十分なままですね、と。

4−「犯罪をしない宗教は正しいのか」という問題提起
−現実社会との関係において問題となってるのであり、「宗教として正しいかどうか」など関係がないです−人に害悪を及ぼす宗教につき「正しい」とする余地のある考えは恐ろしいですがね―。現実社会でのことを言っている以上、民事・刑事の違法行為をしているかどうかを問題にするのは当然のこと。
−逆に、イワシの頭真理教とかがあったとして、それはたぶん宗教的には間違いだらけだろうけれど、違法行為がなければ問題にならないのです、と。

5−「麻原は分析できる対象ではないかも」という発言
−あれあれ、と思う。またそんなことを言って現役さんを喜ばせるのだから困ったものです。世の中には色々な人がいる。カリスマ性を感じる人もいようが、ほとんどの人が、最初から麻原さんなど相手にしていない。
−1997.4.24の麻原の罪状認否なぞ詐欺犯の弁明とそっくりであり、実に恥ずかしい。吉本隆明氏ら期待していた人はガックリきただろうが。空中浮揚を売り物にするような麻原程度の人間を、分析できる対象でないかもと感じるなど、学者先生であっても不安だなと思います。
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