2007/6/29

7月13日  カルト・宗教・犯罪

この7月13日、東京高等裁判所では、中川智正被告に対する判決が下される。
一連のオウム事件での、最後の高等裁判所判決である。
残るは、最高裁のみとなる。
麻原さんと、弟子では宮前一明が既に死刑が確定している。
これから弟子ら12人の死刑問題がまさに正面から問われる。

下記は、麻原さんの死刑が確定したときの日本脱カルト協会の声明です。
皆様、参考までに。http://www.jscpr.org/

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声 明
 本日、オウム真理教の教祖麻原彰晃こと松本智津夫被告に対する死刑判決が確定した。
 教祖松本の法廷は、破壊的カルト集団が犯した重大事件の指導者に対する審理として、ほとんど世界で初めての裁判であり、世界中が注目してきた。その裁判が、弁護人の控訴趣意書を期限内に提出しなかったという手続上の対応によって終了する。残念極まりない。

 しかし、教祖松本は、1988年から1995年まで弟子に命じて30人以上もの人の命を奪い、わけても化学兵器サリンを製造使用して無差別大量殺人まで起こした事件の首謀者であった。多くの人を悲嘆の淵に落とし、今も塗炭の苦しみを味あわせている。日本社会を恐怖のどん底に落とし、世界を震撼させた。この教祖松本に重い処罰が課せられるのは、当然である。
 教祖松本の責任はこれのみでない。教祖松本は、自らの欲望実現のために弟子らに諸々の犯行を実現させ、その結果、多くの信者らが重い処罰をうけ、わけても12人が死刑判決を受けるに至っている(一人は既に確定している)。このことこそ、破壊的カルト集団の指導者として特徴的な責任である。

 当協会は、この機会に、この12人については死刑判決としないよう、これが確定している場合は恩赦により減刑するよう、まして執行など絶対しないよう強く求める。
 言うまでもなく、死刑は究極の刑罰であるから仮にこれを存置する立場であっても極めて謙抑的であるべきこと言うを俟たないところ、下記の理由によりこの12人を死刑にすることは有害無益だと確信するからである。

 当協会会員らはオウム真理教事件につき、死刑を言い渡された者を含め、多くの実行犯らと接触してきた。法廷、拘置所、刑務所あるいは出所後、専門家あるいは被害者たる立場において、鑑定人、検察側証人、弁護側証人あるいは篤志面接として接触してきた。
 そのうえで改めて確言する。
 実行犯らにとって、教祖松本は、全宇宙そのもの、神以上の存在であり全ての衆生の「カルマ」を見極めて「前生も来生も支配する存在」であった。彼らは、教祖松本のいう「マハームドラーの修行」ないし「ヴァジラヤーナの救済」つまり宗教殺人として罪を犯した。

 彼らは、もともとなんら犯罪傾向のない「まじめな」若者であるし、犯罪行為をする可能性を知りつつ入信した者は一人もいない。このことは直接撒布したサリンによって8人も殺した林泰男被告に対する一審判決のいう「およそ師を誤まるほど不幸なことはなく、この意味において、被告人もまた、不幸かつ不運であったと言える」との記述から分かるように、実態を知るすべての者に明白となっている。
 かようなカルト性の高い集団での絶対的指導者である教祖松本の指示による犯罪について、右12人の命を奪う死刑を言い渡し、さらに執行することは、まったく正しくない。

 12人が実行犯となったのは、教祖松本による巧みな心理操作のテクニックを集積して体系的に使ったマインド・コントロールのメカニズムと、LSDや覚せい剤まで使った洗脳によってであった。ここに破壊的カルト集団たる重要な特質がある。だからこそ、教祖松本の桎梏から解かれた者は、呆然とし激しく自己嫌悪し自己の身を焦がす。いまだその桎梏から解かれない数人も、やがてその時期を迎える蓋然性がある。このような12人を死刑にして、いったい何の意義があるだろうか。

 12人を死刑にしないでおいてこそ、オウム真理教とその事件の本質はより深く解明される。教祖松本は、かかる事件を起こした動機を今後とも話さないだろう。この解明は実行犯らの様々な事柄でのより詳細な供述、とくに自らと教祖を何度も振り返った上での言葉や自省が蓄積・整理されることによってのみ、なしうる。

 教祖松本の法廷では、マインド・コントロールや洗脳の実態が解明されなかった。これが明らかになれば、検察側として12人の死刑が重きに失することを知られてしまう不都合があるからであり、弁護側においても教祖松本の責任の重さがより明確になってしまうことを恐れたからである。この解明も、12人すべての今後一生にわたる言葉を得なくては実現できない。
 この日本で、この世界で、二度とかような破壊的カルトによる極悪非道の事件を起こさせないためには、是非ともこれらのことが解明され、広く知られなければならない。

 12人を死刑にしないでおいてこそ、今も残る教祖松本へのグル信仰を、極限にまで減らすことができる。事実、その何人もが、拘置所から今も残る信者に向けて、脱会のための説得活動をしておりその成果をあげている。未だ教祖松本に帰依する実行犯であっても本人が希望する通りに死刑を確定させ執行するならば、現在の信者らにとって文字通り先達たる殉教者になってしまうのであり、オウム真理教は無くならない。
 12人を死刑にすることは、日本の司法と司法行政が、破壊的カルト集団の本質を理解していないことを世界に示すこととなり、日本の歴史に重大な禍根を残す。
 12人を死刑にすることは、教祖松本が道連れとして希望することであり、教祖松本の欲望に加担する結果になる。

 以上の理由により、当協会は、教祖松本の死刑確定を機会に、この12人については死刑判決としないよう、これが確定している場合は恩赦により減刑するよう、まして執行など絶対しないよう重ねて強く求める。

 平成18年(2006年)年9月15日
  日  本  脱  カ  ル  ト  協  会
  (The Japan Society for Cult Prevention and Recovery)
               代表理事 楠 山 泰 道

法  務  大  臣   御 中
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2007/6/29

緒方元公安調査庁長官・陰謀  カルト・宗教・犯罪

しかしなあ、それにしたって何という事件か。
強制執行妨害罪でもなく、朝鮮総連を被害者とする詐欺罪で逮捕とのこと。

まあ売買であるのに売買代金はまったく動かず、それを用意できるめどもなく、
逆に、売主から、賃料や礼金名目にしたって、
その前に数億のお金が貸主側仲介人に動いている。
それを、関係者全員?が認めているのだから、たしかに詐欺だなぁ。

どうもトホホの事件みたい。
最初聞いたときは、
日本国自体が朝鮮総連を支配し、
まあそこまでいかなくとも北朝鮮に貸しを作るべく
司法は司法として、政府レヴェルでは別対応をするとして
進めようとしたのかもなぁ
凄いなぁ、と思っても見たのですが。

だのに東京地検特捜部はなんで直ちに捜査に入るんだぁ?
と不思議だった。
まあ、政府が背景だったら、代金も直ちに内閣の金庫の中から出してしまい、
ばれても強制執行妨害罪になどかけず、強制捜査もなかったのだろう。

朝鮮総連側代理人の土屋弁護士は政府折衝も試みていたようだから
元公安調査庁長官弁護士の登場で、政府が動いた、と期待したのかも。

トホホ

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まあ、
世情をにぎわす事案にも、時には携わり、
もちろんオウム事件でもつくづく感じたのだが、
裏というほどのものがありそうでも、真相が分かってみれば、
どうと言うことがなかった事件も多いものです。

そんな事件でも、後の時代になったり、半可通だと、陰謀があるのではなんて声がでてくることがある。だから大切なのは、法廷があれば尚更にその情報の正確な蓄積と公開です。

13年を過ぎた松本サリン事件でも、未だ下記のようなことが言われる。
そんなのにも、時には、対応しなければならないのでしょう。

> なぜ、空気より比重の重いサリン?被害で、
> 1階の方が無傷で4階の方が死亡されるのか?

http://www.cnet-sc.ne.jp/canarium/trial/4-6.html
上記は麻原さん判決文。周囲の状況、風の強さなどもまあ書いてあります。
比重が空気より重くとも、気化させてあるのですから、少しの風や地形によってでなんとでも動く。部屋の中ではあるまいに。
そして当日は蒸暑い夜でね、窓など開けていたかも影響したと記憶。1階の人は窓をそうは開けないんじゃないかなぁ。

なお、ウィキペディアとかいうのは、坂本事件でも、滝本太郎の紹介でも分かるが、間違いが多い。以下は私の所の間違い、自分で直してというのもおかしいのだろうなぁ。そもそもやり方がわからない。
>1989年からオウム真理教信者の家族の要請から信者奪還運動
いえ、「話し合い活動」は1993年7月からです。
>1994年5月9日にサリンを乗用車の内部に仕掛けられ
乗用車の外部です。空気吸入口。
>元オウム信者のケアの場として「カナリアの会」
「カナリヤの会」です
>水族館鑑賞が趣味で、仕事で出張した際はその地方の水族館に必ず立ち寄る
特にそれは趣味ではないし、必ずいくといった覚えはないが。
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2007/6/28

大阪大学−素晴らしい  カルト・宗教・犯罪

大阪大学、素晴らしい。

なお、まあ記事の範囲ならば正確だが、講義としては、私がとある大学で、希望者だけですが、前期セメスター「現代人と宗教−カルト問題」というのを、一昨年から、多分日本で始めててでしょうが、やってます。

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夏休み前に異例の実施、カルト対策 必修講義…阪大
新入生諸君!気をつけて

教祖による女性信者への性的暴行が問題となった韓国発祥のカルト集団「摂理」が、多くの大学生を信者にしてきたことを教訓に、大阪大が勧誘の標的になりやすい1年生を対象に必修の特別講義を行っている。約2700人全員に受講を義務づけるカルト対策の講義は全国でも例がない。大学は「カルトに精神をむしばまれ、貴重な青春を失わないで」と訴えている。
http://osaka.yomiuri.co.jp/edu_news/20070627kk02.htm
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それにしても、東京大学、京都大学そして早稲田大学は何をしているんじゃ。
オウム真理教でも、統一協会でも、その他の団体でも、幹部養成校となっているのに。多くの学生がさまよい、人生と家庭を崩壊させ、元学生は刑務所に入り、中には死刑判決まで出ているのに。
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2007/6/28

オウム−原理派状況  カルト・宗教・犯罪

2チャンネルから、まあ、正しそうなので。

「尊師のマハームドラー」か、そう考えるほかないのだろうね。
自分の命しか考えていない麻原さんなのは、とっくに明白。
でなきゃ、接見室でマスターベーションまでして狂った振りなんてしないさ。
それを狂ったんだっ、と言うのなら、逆に最終解脱なんてしていなかったことの証明。

それを、すべてマハームドラーと思い込むしかないというのは、哀しい。

で、このサマナさんに聞きたい。
オウム真理教国際編集部訳の「グル・バンチャーシカの50の詩」
だったか、
あの6番目を守ったんですか? と。

611 :神も仏も名無しさん:2007/06/27(水) 19:26:59 ID:LQ8ayX4x
>今日27日、午後8時勉強会
>約束の大地、ハイエスト・ダンマの詳細な解説
>ナンダカ師が説かれる高度な法則
>理解できれば、今教団に起こっていることが
>グルのマハームドラーであることが理解できる
>サマナメッセージのコーナーも
>ぜひご参加
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2007/6/26

上祐氏から−1  カルト・宗教・犯罪

以下の通り、上祐さんから返事のメールが来ました。
どういうわけか、なぜか、また広末氏からの前振りつきメールであり24日でしたが。おって、返事を書きますが、とりあえず、アップします。
青い色で、「上祐今回→」としているのが、今回の個別の回答部分です。
ご感想、コメントなどご自由に。

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滝本太郎様
            6月21日   上祐史浩

 ご返答が遅れてしまった点につき、まず、お詫び申し上げます。
 遅れた理由としてましては、@新団体の立ち上げ等で忙殺されたこととに加えて、Aその後も、根本的な部分において、心を整理して、熟考する必要があったため、とご理解いただければ、幸いです。それでは、以下の通りご返答いたしますので、よろしくお願いします。
 なお、今回以降の内容については、滝本様宛個人宛のご返信とさせていただき、そちらで公開されることはご容赦願います。
 ただし、私の方で、ご返答の中で、細かい事実関係は別にして、特にここで以下に書く冒頭の基本的な考え方の部分については、自らサイトに掲示して、自分の考えを発表する必要性があることを自覚しておりますので、そのことはご了解下さい。
 それでは、さまざまなご質問にお答えさせていただく前に、全てのご質問の背景にある根本的な問題について、私の率直な考えをお伝えしたい、と思います。
 そうすることで、全てのやりとりにおいて、私の回答が誤解を与えたり、せっかくご質問をいただいて回答させていただいたことが、本質的には無意味になり、そちらの貴重なお時間を無駄にしてしまう恐れもある、と理解するからです。
 これまでの二度のやりとりにおいて、私が本質的な問題であると思ったことは、
「質問7−3の再度−、意見を聞く気があるなら、ここに改めて言いますね。「直ちに団体を解散されたし。」と言った点、「 質問7−3−2、私以外にも、法廷での被害者や遺族証言を含めて、多くの被害者が、団体の解散を求めていますが、知らなかったですか。」といった点、「 質問7−3−3、私は「尊重する気はありますか」とも聞いています。これに答えて下さい。」、 「質問7−3−4、私は「直ちに団体を解散されたし。」と改めて求めました。尊重してくれますか?」
 といった点である、と考えております。

 この問いに率直にお答えしない限りは、その他のご質問が、どこかで意味のないものになりかねない、と思います。というのは、各々の質問の意図として、意図の全てではないにしても、その意図の一部として、団体の解散を求める、ということがある、と理解するからです。

 このような視点に立って、今現在の私の考えを述べさせていただきます。ただし、これは、私個人の考えであって、ひかりの輪のメンバー全体の考えであるかは別です。とはいっても、メンバーは同一行動を取っておりますので、多かれ少なかれ、共有している考えではないか、と自分は思います。
 まず、私たちが考えている、私たちがなすべき贖罪というものは、過去の犯罪を反省し、その原因を分析し、二度と過去のような犯罪を犯さないことだ、
と考えています。
 そして、これを言い換えれば、二度と過去のような犯罪を犯さないことを絶対的な条件としながらも、私たちが、今後、宗教や宗教団体を続けるかどうかは、信教の自由、団体結社の自由を認める、この国の市民として、自分たちの自由意志で判断するべきものだ、と考えています。
 そして、私たちは、@過去の犯罪の原因を分析し、事件の原因となった松本智津夫に対する絶対的な信仰やそれを支える教義・教材等を払拭し、A二度と過去のような犯罪を犯さないことを決意し、自分たちの独自の教義・教材を展開する新団体を立ちあげました。よって、今後は、この新団体の実践を深めていくことが、自分たちの歩むべき道だと考えております。
 私たちは、今後過去のような犯罪は二度と犯さないことを誓います。しかし、ご要望のあった団体の解散という点について言えば、それにお応えすることはできません。

 すなわち、私たちが、憲法上の自由と義務を有する日本国の市民として生きていく上で、今後なすべきであると考えることは、二度と過去のような犯罪を犯さないことであり、ご希望されるような形(=団体の解散)で、自分たちの信教の自由や団体結社の自由を放棄することではない、と考えております。
 まず、基本的な事実として、この団体に所属するものは、基本的に、過去の一連の事件に関与していないか、関与していても、その罪を受刑によって償ってきた者です。
 なお、ひかりの輪は、被害者遺族の方々に対する損害賠償を行なわせていただきたい、と考えておりますが、それは、過去の犯罪を二度と起こさない決意の証として、自らの意志としてさせていただきたい、と考えるものであり、ひかりの輪のメンバー全員が、刑事責任があり、法的な損害賠償の義務があったのではないことは、ご存じの通りです。

 よって、この日本国の憲法や法規上、日本国市民として、守るべき義務をしっかりと守ることを前提として、日本市民が義務と同時に有する権利を行使しつつ、私たちは生きていく所存です。
 なお、私個人の団体指導者としての考えでは、現在の信者・会員が、真の意味で社会に融和するためには、そして、それによって、真の意味で二度とかこのような問題を起こさないためには、過去のように社会を見下すことは厳に戒めなければならないことは当然ですが、同時に、彼らの市民としての憲法上の権利を放棄させることでもない、と考えています。
 なぜならば、その場合、いつまでも、信者・会員と他の市民の間には壁が存在し続けてしまい、この社会を自分たちの社会として愛する心、自分たちを他の人たちと同じ日本の一市民である、と位置づけることが難しくなる、と考えています。なお、これについては、最近、近くに住む、ある一般の知り合いの方からも、同じような指摘を受けております。
 こうして、私たちが考える被害者の方々の尊重や贖罪とは、二度と過去のような犯罪を犯さないことや、その決意の証としてできるだけ賠償に努める、といったことであって、自分たちなりの価値観に基づいて生きていく、すなわち、宗教的な実践を放棄したり、団体を解散する、ということではないことをまずもって、率直にお伝えしなければならない、と思います。
 最後に、繰り返しになりますが、このことをまず初めに申し上げましたのは、既に二度のやりとりが続いている中で、さらに様々な詳細なご質問をお続けになる背景の一部として(当然全てとは考えておりませんが)、団体の解散を希望されているために、そうされているのではないか、と推察申し上げたことがりますので、それが、私の不明であれば、前もって、それについてお詫びいたします。
 また、一番最初のお手紙で、過去の事件についてお詫び申し上げると共に、直接お会いしてお詫びしたい旨のお話をさせていただきましたので、私としても、上記のように、自分たちが皆さんの解散のご希望に添えないことを率直に申し上げることについては、多少なりともためらいがありました。
 しかし、既に二度のやりとりが続く中で、この点を率直に申し上げておかないことの方が、かえってご迷惑になる、と感じましたので、申し上げることにした、という経緯も付け加えさせていただきます。
 それでは、各ご質問にお答えします。
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2007/6/26

上祐氏から−2  カルト・宗教・犯罪

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滝本−前略、
メールで4月21日返事をもらっていました。
その返事なり再質問は、少し時間がかかりましたが、下記にメールで改めて送ります。これは、先のメールも私のブログを見られて書かれたということでしたので、5月2日以降の、同じく私のブログに書いておいたもので、その写しになります。
面談して謝罪したいとのことでありましたですね、真に、その気持ちがおありならば、再回答などをまずはお願いします。形ばかりの内容のない再開とうでないこと、すり替え回答ではないことを望みます。ディベートではないのだから。
草々−滝本太郎
----- Original Message -----
From: >To: "滝本弁護士"
Sent: Saturday, April 21, 2007 7:13 PMSubject: 滝本様
> 滝本様以下の通り返信いたします。
> 上祐
-----以下が、滝本の返答です---------------
滝本2007/5/2
「上祐さんへ−返答その3 (1)」
上祐さん、4月22日記述の続きです。メールで送るのも良いだろうけれど、メールは、やたら多いだろうからまぎれてしまうと思われ、まあここに書いておくだけにします。で、私の第3回返答です。ほとんどの質問はイエスノーで答えられます。

滝本質問1−自分の関与した犯罪事実と、その他の犯罪事実の覚知
上祐→95年までの総括は終了。99年から2007年までの総括は今現在徐々に
滝本それだけですか。本当に?少しずつ聞きます。
滝本質問1−2 総括文によれば、 坂本事件について「松本氏は、教団の関与を明言はしなかったが否定せず、それは正しいことであるという立場から私を説得する形となり、最後に、「もうわかっているようだからな」と言い、教団の関与を示唆した。私は、不満はあったものの、松本氏と話した後は、結果として、松本氏に帰依する選択をし、教団を守る広報活動に集中することにした。」
というのは、明白に随分と逃げ口上ですね、でなければ卑怯。そう感じませんか。
1−2−2、1989.11.4の朝の説法は聞いたでしょう?聞いていないならいつ知りましたか?
1−2−3、1989.11.4以降、上祐さんは、早川ら実行犯がいつまでも帰ってこないのを知らなかったとでも言うのですか?
1−2−4、結果として、じゃあないでしょう。自分の「場」というか「出家したプライド」を守るためだったようにも感じませんか?」「真理を極めようとするもの者」だったはずの上祐さんとして、追究しない自分がひどく矛盾していていた考えませんか。それともやはり一貫していると思いましたか。

上祐今回→以上のご質問は、自分が坂本弁護士事件について、事前や事後に、その犯行を明確に教えられていたかどうか、というご主旨でお聞きになっているのであれば、事前には、知らされたことはなく、2事後には、明言はされないが示唆はされた、ということが、ありのままの事実です。
 信徒向けの説法の中には、宗教教義的な内容はあっても、具体的な事件に対する関与はなく、早川等一部の幹部がいなかったことも、彼らが直接的に事件に関与したことの証明ではありませんし、自分自身は、彼らが、外部の暴力団等に依頼したのではなく、自ら関与したとは、95年まで考えていなかったというのが事実です。
 1−2−4のご質問については、今ひとつ正確には、主旨が分かりませんので、お手数ですが、ご説明ください。ただし、教団の事件関与を追求しなかったのは、何故かというご主旨であれば、既に書きましたように、松本氏が、坂本弁護士事件への関与を示唆した後にも、松本氏に帰依して、教団を広報活動によって守るという選択をしたのですから、おしゃっていることと違いはないように思います。
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滝本質問1−3 上祐さんは、横浜弁護士会(横浜法律事務所と混同していたようですが)に、麻原さんともども、何をいつ、どうやって撒きに行こうとしたのでしたかしら。途中で何があったのでしたか。

上祐今回→亀戸での活動をしていた当時に、既に書きましたように都心周辺に、車両によって、それを撒く実験に参加したことは、記憶していますが、他の地区に撒いた記憶は、ありません。場合によっては、記憶を失っているだけかも知れませんが、車両で走行しながら、噴霧していくものだったため、単なる一事務所に撒く、といった行為ではなく、その地区一帯に撒く、という行為だった、と思います。
 いずれにせよ、亀戸での活動に付随して、散布実験に参加した事実については、散布箇所の正確な記憶は残っていませんが、否定する意図は全くありません。

 
滝本質問1−4 サリンの大量製造について、結局は第7サティアンで大量に製造をしようとしたのですが、上祐さんの大量製造のための案は、どんなのでしたか。自分から述べてね。

上祐今回→自分自身が、ロシアに行く前の構想段階で記憶しているのは、第7サティアンでの活動が始まる前のことで、それは、当時の滝沢氏というサマナと共に話したことです。その中で、最も具体的な案として記憶しているのは、村井氏などが自作した第7サティアンでの大規模なプラントレベルのものに比較すれば、より小規模な装置を外部業者に相談して作成することだった、と記憶しています。ただし、外部の業者に、それをサリン製造の装置とは言えませんから、現実として、どのような注文するか、ということが問題になった、と記憶しています。その後は、ロシアに行ったため、村井氏の作ったプラントについては、その設計その他を含めて、関知していません。

滝本質問2−薬物のイニシエーションは、どれをいつ頃、何回程度受けたのか。
上祐→ これは94年に2回、麻薬系統の薬物かどうかは分りませんでしたが「特別なものが入っている」と体験上感じた。明確な記憶なし。ロシアから一時帰国してきた日。(種類)自分では明確に把握してない。薬物ではないかと思ったことはありますが、薬物だと知っていた(=知らされた)ことはない。
質問2の再度−そりゃないよ、キリストなのか、ルドラチャクリンか、覚えていないサマナなぞ、まずいないよ。白々しい。答えてね。

上祐今回→推測するに、一度目がキリストで、二度目がルドラチャクリンではないか、と思いますが、13年以上も前のことであることと、ロシアに滞在して日本の活動はよく知らなかったために、どの時期に、どのイニシエーションが行われていたかは記憶しておらず、、イニシエーションの種類までは確定することができないため、抽象的に表記しました。
 なお、このイニシエーションの種類の違いの重要性があれば、友人等から調べてみる努力をしますが、私としては、違いの意味が今ひとつピンと来ませんでした。
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2007/6/26

上祐氏から−3  カルト・宗教・犯罪

滝本質問2−2まずは、パスポートを見直して、1994年1月1日から、1995年3月末まで、何月何日に何日帰国していたかを明らかにして下さい。それでだいたい分りますしね。

上祐今回→上記の通り、イニシエーションの種類の違いが重要である、ということでしたら、詳細に調べて、お伝えしますが、そうでなければ、個人情報の範疇であるので、控えさせていただきます。
  
滝本質問2−3薬物の認識についても、麻原から試しの為に早く摂取させられ、ロシアにともにいた貴方の下のS君から聞いてるでしょうが。違うと言いますか。オウム真理教は、捜索された段階で111.881グラムのLSD、覚醒剤159.156グラム、メスカリン硫酸塩3000.939グラムなんて途方もない料の薬物をもっていたんですよ。まじめに答えなさいな。

上祐今回→ご質問の文章を正確に理解していないのかも知れませんが、私自身が、試しのために、早く摂取されたことは、全くありません。受けた2回は、それぞれが、強烈な体験ですから、この点の記憶は、間違いない、と思います。
 なお、私自身ではなく、S君という人が、私よりも早く、試しの体験をして、私に、それを語った、ということをおしゃっているのであれば、私自身の明確な記憶はないものの、私よりも前に受けたロシア滞在の日本人がいた可能性があるので、それは否定しません。
 しかし、いずれにせよ、私と同じように、それは、受けたサマナの推測ではないでしょうか。担当者である高弟や松本氏が、内容物が明確に薬物であると、受けた人に伝えることはない、と思いますし、私自身や私と共に受けた人にも、説明はありませんでした。
 また、ご質問の主旨ですが、薬物が入っていた、と明確に知っていたか、それとも、薬物のようなものが使われているだろう、と推察していた、ということに関して、重要な違いがあるのかが、自分では、今ひとつ理解できません。
 というのは、当時において、松本氏に帰依しており、ヴァジラヤーナの教義も受け入れていた私の意識状態としては、体験した薬物のようなものが、合法的なものか、違法なものかを含めて、具体的に峻別・追求する、といった動機は全くなかったからです。
 これは、坂本弁護士事件に関して、関与を明言されていたか、関与を示唆されたのみかの違いの点にも当てはまりますが、松本氏への帰依を選択した信者は、詳細には関心を持たずに、指示されたことをやるのが帰依、という意識が形成されます。


滝本質問2−4 早川被告が持ち帰ったLSD原料の入手については、どう関与しましたか?

上祐今回→これには関与していません。これは、氏から確認可能だ、と思いますし、刑事捜査で結果が出ている、と思います。

滝本質問2−5 ロシア人のキーレーンの人らには、1994年、どうイニシエーションを施しましたか。

上祐今回→どういったイニシエーションでしょうか?秘儀瞑想とされる類のイニシエーションでしたら記憶がありますが、いわゆるキリストイニシエーションの類であれば、それがロシア人に与えられた、ということは知りません。私は、キーレーンが日本に行ったときには、同行しておらず、ロシアの活動を行っていました。

滝本質問3−「神秘体験」について、超能力について。
上祐→ 総括に含めます。
質問3の再度−麻原の「霊的能力」やら超能力やらを一部は認めておられるのですね。確認までに、そううかがっていいですね?

上祐今回→はいそうです。ただし、それは、松本氏だけのものではなく、ままあるものであり、精神性や人格とは別のものであって、そういった力を根拠に、松本氏を神格化・絶対視したことは間違いである、という見解です。
 なお、霊的能力や超能力という現象自体については、今のところ科学で解明されていないことだと考えており、どのような人間にも潜在的には存在する力ではないか、と推察しています。


滝本質問4の2−オウム真理教での「解脱」は、マリアナ海溝に落ちていく解脱だった?
上祐→真実の悟り・解脱に至るものではなかった、宗教的に複雑なことは今後の総括に
質問4−2の再度−感想を聞いているのですよ、複雑なことでもない。「精神性・人格の向上」が含まれていなかったと認めるというのは、つまりはマリアナ海溝に落ちていく解脱だったと認めていると伺っていいでしょうかしら。

上祐今回→マリアナ海溝に落ちていくという比喩的な表現で直接は表せませんので、具体的に言えば、
1最初は、禁欲を含めた戒律の実践や、ヨーガの行法などの結果として、心身の状態の改善や、霊的な体験、煩悩の減少を経験をした、と言う人が、私が知る限り多くいますが、
2教義自体が、仏教本来が目指す、自分と他人を区別を超えた、一元的な意識状態への到達という視点から見ると、自分たちを神の側、非信者を悪魔の支配下の存在と見る、という二元的な意識を形成するものであり、
3このオウムの世界観に深くはまっていると、@自分たちが弾圧されている、という被害妄想、恐怖、嫌悪や、A自分(たち)が神の僕・救世主・キリストだという誇大妄想・自己過信が生じてきて、仏教の目指す煩悩の破壊とは逆の結果となり、
4最終的に、預言が成就せずに、自分たちの世界観と現実とは食い違い始めると、現実を否定して、自分たちの世界観の中に閉じこもってしまうなど、ある意味で、精神病理的にさえなってしまう恐れがある、
 という本質を有していた、と思います。
 そして、現在の松本氏の精神的な異常や、一番弟子の女性の精神的な疾患の原因も、これが原因ではなかったか、と推察しています。
 ただし、これは私個人の見解で、人それぞれ、オウムの修行のどこに関心があったかが違っており、預言などのオウムの世界観に余りはまり込まずに、ヨーガの修行などだけを実践・利用していた人には、上記のような精神的な問題は、相対的に薄く、上記のような実感はないかも知れません。


滝本2007/5/2
「上祐さんへ-返答その3(2)」  カルト問題・犯罪被害
滝本質問6−ご自身は、宗教団体を率いる「宗教的な能力」は具備したか、どのように判断し、されたのか。上祐さんは、答えず。で、
滝本−では、逆な聞き方で、具体的に聞きます。
滝本質問6の2−ご自身にはご自身として考える「宗教的な能力」はないのですね。自然現象がご自身の影響で変わるとかのこともないのですね。

上祐今回→まず、こういったご質問が既に二度三度繰り返されておりますが、ご質問の性質が、人それぞれにおいて見解が行なる類のものであって、すなわち、個々人の思想信条の自由、信教の自由の範疇のことではないかと考えます。
 よって、基本的なお答えとしては、自分が宗教団体を行うのは、信教の自由や団体結社の自由に基づくものであり、この世の中において、「宗教団体を率いる宗教的な能力」に関して、万人が認める確かな基準はない、と思います。
 もしそれがあるとすると、それによって、宗教団体の是非を判断することになり、それは、私たちの団体以外の宗教団体の是非を判断することにもなりますが、そのようなことをせずに、個々の自由を認めることが、日本国の憲法の精神だと思います。
 また、新団体の考え方としても、かつて、松本智津夫と旧教団が、自分は日本で唯一の最終解脱者であるから、宗教団体を率いる宗教的な能力があると位置づける一方で、日本の他の宗教家・宗教は、真の真理ではない、として、創価学会や幸福の科学を攻撃したことは間違っていた、と考えていることもあります。
 なお、以上を前提にして、ご質問にある程度お答えしますと、おしゃっている宗教的な能力とは、いわゆる超能力や霊的能力のことをおしゃっているとすれば、ヨーガの修行の結果として、自分にも、一定の能力はある、と思います。
 しかし、第六感というように、それは誰にでも程度の差こそあれ、内在しているものであって、世の中には、そういう人は多くいますし、どこまでが宗教的な能力で、どこからは、宗教的な能力ではない、というような基準はない、と思います。
 また、自分の体験では、縁のある人同士の間では、相手のことがよく分かる、と言ったように、超能力、霊的能力とは、ある個人に独立して備わっているものではなく、ある人とある人の間に存在している、という面があると思います。
 その意味では、旧団体の信者は、教祖との縁があり、教祖の霊的能力を体験しやすかったが、信者にならなかった人は、そういった体験をしなかった、と
いうことではなかったか、と考えております。

 ここまでのことをまとめますと、今現在の私の霊的な能力・超能力に関する見解は、
1ある特定の人間が、絶対の霊的な能力、超能力を持っていることはなく、具体的には、その能力の内容も制限があるし、同時に、その能力が生じる状況・条件には制限があり、全ての人が、その能力を体験するものではない。
2オウム真理教の信者の間違いは、自分の経験した教祖の霊的能力が、全知全能でもなく、また、自分以外の全ての人が体験するようなものでもなかったにもかかわらず、それを絶対化して、教祖を神の化身と位置づけたことである。
3逆に言えば、人によって、程度の差こそあれ、霊的な能力・超能力は、全ての人に存在する、自然な力である、
 というものです。
 なお、他の宗派にも、霊能力を重視すると、間違いを犯すので、それを意図して否定するものがある、と思います。
 なお、先ほど申し上げましたとおり、このご質問は、私が宗教団体を率いる資格がない、という点を指摘されることによって、新団体を解散すべきであるという意図を実現されたい、ということだ、と推察しております。
 一方、私としては、繰り返し申し上げております通り、憲法上の思想・信条の自由、信教の自由、団体・結社の自由などに基づいて、自分などの団体の指導者が唱える団体の思想や、団体の修行に、自分なりの価値を見いだした個人が、団体に参加する、と言うだけでいい、と考えております。
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