2017/5/30

税務申告が終わったぞ  短歌

昨年度の決算と法人税の申告がようやく終わり、ホッとしている。会社を興してから8年半が過ぎ、まもなく9年になるが、仕事そのもので辛かったことはないものの、決算と税務申告だけは毎年の頭痛の種である。決算内容はともかく、ひとまず提出できただけでも肩の荷が下りてその安堵感は相当なものである。それだけこの業務が負担感の大きいものであったことがわかる。

幸いにも、業績としては開業からの5年間は大幅赤字であったが、6年目からはかろうじて単年度黒字に転じ、昨年度はかなりの黒字になった。とはいっても、最初の5年間の累積赤字の額が大きいのでまだまだ 県税と市税の基礎税以外の法人税は納められない。

それにしても、わが社の場合は自分の勉強の意味もあって税理士には依頼せず自分自身で決算も税務申告もやっているので、しんどいが色々と学ぶことがたくさんある。その一つは、入出金に関する記帳はやはり毎月やらねばならない、という当たり前のことであるが、現実には毎年1回の決算時期になってやっと始める始末である。

自分で税務署へ申告に行ってわかったことの一例は次のようなものである。とにかく申告は1日でも遅れてはいけない、もし遅れた場合は5年以内にもまた遅れた場合には重加算税が課される、赤字の場合は法人税(国税)は納めなくてもよいのは知っていたがそれは過去に遡って9年間の累計で赤字なら当該年度の国税も納めなくてもよい、ただしそれを適用してもらうためには過去9年間の赤字額の推移を書いた帳票を作成しなk手はならない、などである。

わが社の場合も、何とかあと数年間で累積赤字を払拭して、たとえわずかでも国税を納められるようになりたいものである。
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2017/5/28

母校の野球部の快挙だ!  短歌

母校の和歌山大学の硬式野球部がエライことをやってのけた。関西にある5つの学生野球リーグの内で所属する近畿学生野球リーグの中で悲願の初優勝を果たし、6月4日から神宮球場で行われる全日本学生野球選手権大会に出場するという快挙をやってのけたのである。
   
このリーグには大阪大学、神戸大学、大阪市立大学、大阪工業大学、そして奈良学園大学が所属している。奈良学園大学はこれまで湯舟投手など多くのプロ野球選手を輩出している、野球では名門である。リーグでも15年間連覇している常勝校である。

一方、我が母校はこれまで2部と3部を行ったり来たりの弱小チームであったが、10年前から現在の監督に代わってからは見違えるくらいに強くなっていった。同好会のようなチームが勝てるチームに生まれ変わったのである。2012年には久々に1部へ復帰し、昨年度は65年ぶりの2位に返り咲いた。そして今年は常勝チームの16連覇を阻み、初優勝を果たしたのである。

国立大学で全日本選手権に出場した大学は、20年くらい前に大阪教育大学があるくらいで、極めて珍しいことである。それだけに、スポーツ紙だけでなく一般紙もこの快挙を取り上げている。私自身も今シーズンの開幕戦を含めて半分くらいの試合を観戦した。

私も、後輩達の晴れの舞台を盛り上げるために、6月7日の2回戦(1回戦は不戦勝)の応援のために神宮球場に駆けつける。この他に、個人として寄付を行うだけでなく、同好会としても多額の寄付集めを行っている。実は、後輩達の活躍はこれだけに終わらない。ヨットや弓道、剣道などのクラブでも全国大会や世界大会に出場する選手が出始めている。

頑張っているのはクラブ活動だけではない。学生の本分である学業においても、自主創造性を育てるためのクリエというプロジェクトの中でソーラーカーのエネルギー制御技術を生かして日本一のチームに貢献したり、海外に留学する学生も増えている。これらの結果、卒業生の就職率や入試の倍率も上昇している。つまりは大学としての「魅力」や「価値」が上がりつつある。これからも、そういう母校と後輩達を応援し続けよう。

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2017/5/23

「社会実験」という名の知恵  短歌

「社会実験」という名の知恵が生きているなあと感じることがある。正式には制度化するのは難しいが、社会的に見て必要だと考えられる事案について、「社会実験」という名のもとで実質的、合法的に実施するものがそれである。

これらは、前回ここに書いた香港の中国への返還時や台湾をめぐる扱いで示された「一国二制度」と同様に、苦渋の中からたどり着いた人類の知恵の結晶とも言えるものである。言わば何も問題がないところには存在しないし存在する必要もない代物である。

しかしながら、そういうものが存在するということは、とりもなおさず現存するルールの中では対処しきれない難題があるからこその、ある種の「必要悪」なのだろう。同時に、国や各種の行政機関というものが、現存する法律のもとでしか機能しないことに端を発しているとも言えよう。

言うまでもなく、法律は国民の安全・安心を守り、国民間の課題解決や秩序維持のために必要不可欠なものである。しかしながら今の日本には、ものごとを先取りして解決や向上させるための法律は存在しない。

ところがどっこい、どこの国も同じかというとそうではない。アメリカであれヨーロッパであれ、その国をよくするために前もって法律を作っている国がいくつもあるのである。

日本の行政機関は、この事実を肝に命じてほしい。


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2017/5/14

人材育成の極意  短歌

新聞小説にも時々はいいものがある。日経新聞朝刊の今の小説は「琥珀の夢」という題で、一代でサントリーを築き上げた鳥井信治郎の物語である。鳥井と、自転車屋の幼い丁稚であった松下幸之助との出会いや、松下幸之助が鳥井から激励されたり学んだエピソードも紹介されていたので、興味深く読み続けている。

数日前の文章には、人材育成についての記載があり、得たりと感じた。それは信心深い鳥井が延暦寺を訪問していて、寺の座主から教えられた次のことばである。

「いくら性急な性格であっても、自分ができることを他人が上手くできない時にもどかしく感じて自分でやってしまっては人の持つ力を引き出せない。放っておけば失敗もするだろうが、しかし失敗して身につくもののほうが多いのです。手取り足取り教えたものは、その半分も身につきません。当人が、痛い、辛いを味わって、初めて身につくのです。」

いかがだろうか? まさにそのとおりであり、私の次の信念にも相通じるではないか。私の信念というのは次のようなものである。
「いい上司とは、部下よりも仕事が正確に、速く、きれいにできて、しかも自分自身ではやらない人である。」要するに、平生は部下に任せて見守るだけだが、病気や時間切れなど部下が万歳してしまった時には、部下よりも正確に、速く、きれいにできる人なのである。

そこで求められるのは、いわゆる能力よりはむしろ忍耐力かもしれない。つまりは、部下の成長を信じて、何らかの変化や兆しがあるまでじっと待つことができること、辛抱できることである。上司も親も心しなければならない点である。
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2017/5/11

一国二制度の効用と限界  短歌

中国人は賢いなあと思う時がある。また一方では、ズル賢いなあとも感じる。例えば「一国二制度」がそれである。この制度は元々は台湾に対する平和的な統治のための方策として編み出された知恵である。それが1997年に英国から返還された香港についても適用されたもので、中国政府は返還後も50年間は資本主義制度を維持することを認めている。

ロシアとの「共同統治」もそれとよく似た例かもしれない。北方四島の帰属にらついてはロシアと日本の双方が大きな隔たりを持つ中で、一気に解決するのではなく現実を見つめながら段階的に解決の糸口を見つけ出していこうとするやり方である。

ところが近年では、中国政府は香港の統治のやり方を変え、無理矢理に政府寄りの運営に近づけようとしている。中国は世界に君臨する存在でありそこから離れるほど野蛮で低俗な国であるといういわゆる「中華思想」からの発想であることは論を待たない。これでは折角の知恵もそのためのこの20年間の多くの人たちの努力も無に帰してしまうのではないか。

ケント・ギルバートの「儒教に支配された中国人と韓国人の悲劇」を読んだが、それによれば天安門事件以降の共産党の政策によって中国人は儒教の大切な部分を忘れて自分に都合のいい部分だけを継承しているという。つまり、家族を大切にするという点が曲解され自己中心を助長し、国のためとか世の中のためという精神は影を潜めてしまった、というのである。

確かに、そう考えれば南シナ海ほか各国との間で起こしている国境問題も理解ができる。そもそも国境という観念がなく、「自分のものは自分のもの、他人のものも自分のもの」という考え方なのだから国境についても自分に都合のいい方にしか考えないのである。これだから日本に来る観光客の傍若無人さもその理由がわかるというものである。

もともとは賢い民族である中国人よ、「仁」や「義」や「礼」を思い出して、その賢さをもう少し世の中のため人のために使ってほしいのだが、何とかならないものだろうか?このままでは中国人が嫌いな日本人は増えるばかりとなるぞ。
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