2017/2/25

中途半端な優しさは人をダメにする  短歌

かなり前になるが新聞に、国から農家への助成金が抜本的に削減される記事が掲載されていた。特に兼業農家への支援策が大きく見直されるらしい。当然だと思う。国の支援策の基本は、必死の思いで品種改良をする人もそうでない人も同じように扱うものであり、農家も自分に合った努力をしようという気持ちが湧いてこない性格のものであったからである。

これでは改革開放経済を導入する前の中国と同じであり、それでは人々は努力や工夫をする気力をもつはずがない。150年前の明治維新以来の、言わばお上が民に施すという姿勢の行政はもう見直すべきだといい加減に気づいてほしいものである。自分の金ではなく国民が納めた税金だからと一見気前よくバラ撒いて、優しさを施していると勘違いしているのではないか。

その他にも、戦後の学校教育のあり方も基本が間違っていたと思う。何ごとにも平等ということが徹底され過ぎて、ひん曲がった形での平等が浸透し過ぎてしまった。運動会でゴールラインの少し手前で一旦止まり全員が手を繋いで同時にゴールインするなどはその典型である。

こんな教育のもとで育った若者たちは実社会に出たとたんに競争の場にさらされるから、メンタル的に病んでしまうのもやむを得ない事態となってしまうのである。こういう中途半端な優しさはかえって人をダメにするものである。

一体、優しさとはどんなものであろうか?私は、真の優しさとは厳しさを伴うものであると考える。他人に厳しく当たろうと思えばその人のことをよく知らねばならない。ところが中途半端な優しさしか持たない人は相手のことをよく知らないままに接するから、真に相手のことを考えた厳しいことが言えないのである。このように、中途半端な優しさは人をダメにするということを思い知らねばならない。

「早春の東京行きの車窓より望む霊峰残雪映へて」
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2017/2/19

卒業50周年の同窓会  短歌

昨日は高校卒業50周年記念の学年合同の同窓会が和歌山市内のホテルで開催された。母校は和歌山県立桐蔭高等学校である。数え年で言えば古希にもあたるこの年に同窓会をやろうという話が出たのはほぼ1年前であった。その後は10回以上の幹事会議を経てようやく実現したのである。

当時の同窓生は、55人クラスが14クラスで総勢758名であったが、そのうちわかっているだけでも物故者が62名、住所不明者が113名で、住所がわかった人は583名にのぼった。そのうちの33%にあたる194名が出席してくれた。これは23年前(我々が46歳のころ)に開催された同窓会の195名に匹敵する人数である。

私たちの卒業した1966(昭和41)年という年は、終戦後20年がたち日本という国がみごとな復興を果たし「いざなぎ景気」と呼ばれるほどに実質経済成長率が年平均10%を超える年が20年近く続いた時代であり、冷蔵庫、洗濯機、白黒テレビが「三種の神器」と呼ばれた時代であった。ビートルズが初来日したのもちょうどこの年であった。

そんなわけで、23年ぶりあるいは50年ぶりに集まった同期生は、昔を思い出し、現在を話し、未来を語り合った。余興としては、「桐蔭高校の今」「卒業アルバム」という2編のスライドショーを投影したり、「今だから話したい」という飛び込みのスピーチも数件紹介された。私はと言えば、その幹事団の代表として開会の挨拶とスライドショーの操作を担当したので、それが終わるまでは緊張しきっていたが、終わったあとは思い切り飲むことができた。

2次会にも90名くらいが残り、カラオケや歓談を楽しんだ。その後の3次会では途中からウトウトと寝ている私がいたが、比較的早い目に市内のホテルに戻って爆睡をしたので、今朝の目覚めはよかった。和歌山市内は快晴の空であった。

「高校を出て早や五十年を経て紅顔の友 古希を迎へり」

 同窓会の様子
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2017/2/15

これで無罪放免だっ!!  短歌

今日は前回の診察から2ヵ月後の脳神経外科の受診日であった。10月31日早朝の緊急入院で「硬膜下血腫」の診断を受けて以来3ヵ月半になるので、もうそろそろ完治の宣言がもらえないかと期待しつつCT検査を受けて診察を待った。

その待ち時間の長いこと、長いこと。私の担当医は時間に正確な人なので、いつもなら予約時刻ちょうどかむしろ少し前に呼ばれるのに、今日は定刻を少し過ぎても呼び出しがない。そわそわしていると、マイクでの呼び出しではなく医師自身がドアを開けて手招きをしているではないか。

何か特別なことがあったのかとドキドキしながら入室したら、いつものようにパソコンの画面を動かして上から下まで見直している。そしておもむろに出たことばは「脳内の血は消えていますね。もう心配はないでしょう。脳神経外科での診察はこれで終わりです。」というものであった。完治宣言である。

よかった!先ほどまでの心配は何だったのだろう。でもまあいいではないか。それからというものは、暖房の効いた病院から外へ出ても寒さは感じないし、駐車場から見える生駒山は何となくのどかに見えるから不思議なものである。

早速、親友たちにメールで知らせたら、待ってましたとばかりに返信が返ってきた。彼らも今日が診察日であることを知っていたから、ずっと気にかけてくれていたに違いない。ありがたさが湧いて出た。

さあこれで、これまで何となく手につかなかったいくつかの懸案にも集中できる。何となく慎重になり億劫にもなっていた運動も再開して、弛んで鈍った身体を引き締めなければならない。でも今夜だけは妻と二人でささやかな全快祝いをすることにしよう。

「大病の完治を聞きて眺めればいつもの山も違ひて見ゆる」
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