2016/12/23

「断捨離」のその後  短歌

8月末に自宅近くの踏切の線路上で転倒し左膝や右前頭部を打った怪我の症状が2ヵ月後にあたる10月末に発症し、「硬膜下血腫」の診断を受けて手術をし10日間の入院をしたが、その後は思いのほか元気になり安心していたところ、11月末に受けた手術後1ヵ月検診では医師から「まだ血が残っている。現時点での再発リスクは3割である。次の検査次第では即日に入院して再手術の可能性がある。」と言われて少々落ち込んでしまった。

その3週間後の一昨日は再度、恐る恐るCT検査を受けたら「血は減ってはいないが増えてもいない。これなら再発リスクはかなり低下した。次の検査は1か月半後、いや2ヵ月後でいいでしょう。」と言われたので、ホッとした。正直なところ年賀状などは手につかないし、万が一の入院に備えて検査日から年末までの仕事やボランティアは延期や中止をしていたので、ある意味では拍子抜けであったものの、やはり胸のつかえが下りた思いである。

今年の正月に「一年の計」を立てた。その主眼は「断捨離」であった。まもなく古希に手が届く時期にあって、仕事だけでなくボランティアや趣味の会など少々手を広げ過ぎたという自覚があったので、もっと家族との時間を確保するためにもいくつかの活動を今年限りとしようと考えていたのだが、なかなかはかどっていない時にあの入院があったのである。

お蔭さまでというか、これで自他ともに思い切って断捨離ができるし、辞めると言い出しても引き留められないので助かった。先ずは細々とやっていたゴルフは全面的に辞めることにし同期のゴルフ会も退会した。他には、6年くらいやったハーモニカ同好会も退会し、8年くらいやった短歌の会も退会した。仕事のほうでも6年間続けたセカンドキャリアの研修も辞めさせていただくことにし了解をいただいた。山の会も来年からは段階的に回数を減らしていくつもりである。

残された人生、ただ一度の人生は、年初の目標どおり家族との時間を大切にして過ごすことにシフトしたい。時間の使い方を変えるということは価値観を変えることにも通じる。さあ新たなスタートを切ろう。

「残された時間を妻や家族らと過ごさん我の決意は断捨離」
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2016/12/5

見栄を張ることの大切さ  短歌

かねがね感じていたが、人が見栄を張ることは大切なことだと思う。なぜなら、一度きりならともかく見栄を張り続けるためにはそれなりの裏付けが必要であり、裏付けを得るためにはそれなりの努力とそれを続ける決意が必要だからである。

そして見栄を張り続けることができたとき、人はそれに見合う実績と評価を得られる。それはそうだろう。見栄を張り続けるためにはそれだけの頑張りと努力をしてきたはずだから、それに見合う実績とその結果としての自信やプライドが得られて当然である。そうでなければ報われないし空しいし、また不公平でもある。

私のように若いとき、特に学生時代に見栄もプライドもあまり意識せずに何となく過ごしてきた人間からすれば、大きな見栄を張り続けている人はすばらしいし、羨ましいとさえ感じる。見栄を張り続けることができる人はまた有言実行の人でもある。性格行動特性のエニアグラムで言えば、多分タイプ1(達成者タイプ)であろう。

私は時々、あのころもっと頑張っていたらと反省や後悔することがある。しかしながら尊敬する先輩社長は、「人生は学歴より学習歴だ」と言う。確かにそのとおりだなあと強く思うし、ある年代からは精一杯の勉強と頑張りをしてきた自負はある。とは言うものの、「覆水盆に返らず」「後悔先に立たず」とか。一度しかない人生、やはり少しでも早い段階、若いうちにそのことに気づき努力を始めるべきである。

「久かたの光りまぶしき小春日に下呂への旅へ妻と二人で」

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