2015/11/29

私が髪を短くした理由  短歌

9月中旬に思い切って髪を短くした。50年以上も変えていなかった髪型を思い切って変えたのである。丸刈りとまではいかないが、かなりバッサリと刈り込んだ。

私が決死の覚悟で理髪店に行ったのは、9月の利尻山登山に出かける前日のことである。出発日の朝、同行した4人のメンバーはすぐに気づいたが、私がその理由を説明したのはその日の夕方、稚内から利尻島に渡るフェリーの中であった。

長年の夢であった利尻山に登るため、今年は4月から毎月2回ずつ近くの山に登ったり、スポーツジムでのトレーニングを再開したりしていた。利尻島に向かう4日前には登山用品はまとめて宅配便で現地に送っておいた。

その翌日に左膝に違和感を感じたのである。それはかすかなものではあるが、チクリと刺すような痛みであった。初めての経験ではあたたが、直感でこれはまずいと感じた。

利尻山は標高こそ1720mと大したことはないが平地でさえ高山植物が咲いているくらい、厳しい気象条件の島である。その上、山には小屋はないから1500mの標高差を日帰りでピストンせねばならない。さらに、8合目から上の登山道はかなり崩落し荒れている。

無理をして強行すれば行けないことはないだろうが、私は他のメンバーの足を引っ張ることを恐れ、出発前日に断念することを決意したのである。

何よりも入念にトレーニングを積んできたのに残念でならなかったものの、今はその決断は正しかったと断言できる。というのは、その後の2回のハイキングのあと、左膝が急激に痛み出したのである。

その後のレントゲン撮影に基づく診察では、膝の軟骨が磨り減っており、周りの筋肉の強化により凌ぐしかないとの診断であった。短期間のうちに急激にトレーニングをやりすぎたせいだろう。

今はリハビリ科で週1〜2回の治療を受けている。今後は膝に負担をかけずに筋肉を鍛えるためジムのプールでのウォーキングも計画している。

かれこれ50年のキャリアを持つ山男としての自負は微塵に壊れ自信を喪失した。再び難度の高い山に登れるようになりたいものだ。

「左なる膝の痛みを抱へつつひたすら通ふリハビリの朝」

「これまでの山への自信なくさせる膝の痛みは急に来たりて」
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2015/11/23

大阪ダブル選挙に思う  短歌

昨日投開票があった大阪府知事と大阪市長のダブル選挙の結果は大阪維新の圧勝に終わった。事前の予想を大きく上回る差がついたのには私も少し驚いた。

しかしながら落ち着いて考えると当然の結果と言える。何しろ維新の候補の対抗陣営は「反維新」というだけで集まった烏合の衆であり「野合」と言われるのもうなづける。

自民党の候補者に民社党や共産党までが相乗りして支援するという全く理念もなくプライドもない闘いに嫌気を感じて自民党支持層までが維新候補者に流出したというニュースも事実だろう。

私は橋下徹氏が訴える「都構想」には賛成である。今の政治や行政の仕組みや枠組みは明治維新のあとの時期、つまり140年も前につくられたものが大半である。この100年間の日本と世界は飛躍的な変化を遂げたのだから、それらは見直さなければならない。

だから今回の結果には満足している。しかしこれはあくまでもゴールではなくスタートである。これを政局のネタにするのではなく、橋下徹氏と維新の会はさらに丁寧にわかりやすく構想と目指す姿を示す義務があるだろう。それを期待している。

「この国の統治の仕組み見直して改革せねば未来は暗し」

「様々なほころび目立つ行政の仕組み枠組み見直すときぞ」
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2015/11/17

朝ドラ「あさが来た」のモデル  短歌

NHKの朝ドラ「あさが来た」の主役のあさのモデルは、京都の豪商三井家の分家から大阪の豪商・廣岡家に嫁ぎ家業を支えた廣岡浅子である。

ある団体の100年企業研究委員会の委員長を引き受けた関連から、大阪商工会議所が主催する「企業家フォーラム」などに参加していたら、江戸時代から明治時代にかけて活躍した豪商達の実情が少しずつわかってきた。

三井や住友や鴻池や伊藤家はある程度知っていたが、恥ずかしながら廣岡家のことは名前すら知らなかった。先日のフォーラムではその廣岡家のことがメインテーマとして取り上げられていた。

それによると、廣岡家の屋号である加島屋久右衛門は文久三年の「大日本持丸長者鑑(かがみ)」によれば、鴻池家と共に日本全体の中で東西の横綱を張る大豪商だったのである。まさに「びっくりポン」である。

主人公の廣岡浅子は、女性ながらに加島屋の事業を支えて、加島銀行や大同生命を興したり、日本初の女子大学(日本女子大学)の設立にも深く関わったそうである。

それらがあまり知られていないのは、三井や住友家に比べて当時の文献が少ないことが大きな理由だそうだ。しかしここにきて、姻戚の名家に避難的に預けられていた古文書が大量に見つかったらしいので、今後の研究成果に期待したい。

「江戸期より日本の経済支えたる浪速の豪商知りて学ばむ」

「維新とは政治経済のみならず女性進出その始まりか」

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2015/11/13

我が家から空港への行き方について  短歌

我が家から空港へ行く手段は大きく分けて3通りある。一つはリムジンバス、次は電車とリムジンバスの組合せ、最後はマイカーである。枚方に住んでいたころならこれにモノレールが付け加わっていた。

伊丹空港か関西国際空港かや時間帯で多少の違いはあるが、大抵はリムジンバスを利用することが多い。それは我が家から徒歩で5分のところにバス停があるからである。

先週の東北旅行の際は少し迷ったものの、難波まで電車で行きそこでリムジンバスに乗り換えた。理由は、伊丹空港での集合時刻があまりにも早い時間帯だったからである。

昔マイカーを使っていたのは、ゴルフ道具など往復共に荷物が多い場合である。その際のマイカーは空港近くの駐車場で預かってもらうのだが、予約をしておけば駐車場から空港ターミナルビルまでは業者の車で送迎してくれる。

いずれの手段にも一長一短があるのだが、少なくとも旅行からの帰路に疲れて帰る際にありがたいのは、自宅近くまで乗り換えなしで帰れるリムジンバスであろう。これが最大のメリットである。

生駒に転居してきてから間もなく8年・・・。どこへ行くにしても便利な場所であることを改めてありがたく感じている。

「何につけ我が家の便利さ身に染みて八年前の転居を評価」

「八年も経てば我が家のよさわかる住めば都のたとへのとほり」
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2015/11/12

東北旅行の思い出  短歌

昨日までの三日間は、妻と二人で東北地方へのツアー旅行に出かけていた。主な行き先は、十和田湖、奥入瀬、中尊寺、松島などである。

趣旨は、8年間同居していた母が一ヵ月半前に近くの老人ホームに入居したので、これまで世話をしてくれていた妻への慰労会である。行き先については私が訪れたことのない秋田県と青森県を含む東北にしてもらった。

1日目の朝の伊丹空港への集合時刻はたいへん早かったので慌てたが、何とか間に合った。1時間半くらいのフライトで着いたのは秋田空港である。初めての地の空気は、大阪のそれとは何となく違う気がする。

2日目の十和田湖と奥入瀬は、時々小雨の降る天候ではあったものの、カラオケの定番の一つである「奥入瀬」の歌詞に出てくる「阿修羅の流れ」もしっかりと瞼と写真に記録できた。

3日目の中尊寺と松島も初めての訪問であったが、天候の回復も相まってなかなかの満足感が味わえた。特に中尊寺の金色堂は、ここに来ないと感じられない本物の存在を感じさせられた。

ふと気がつくと、いつもより多くのお土産を買っていた私がいた。もとは妻への慰労会であったが、どうやら結果としては、しばらく多忙であった自分自身への慰労会にもなったようだ。

「秋深き北上川のななかまど紅き葉もなく実のみ残れる」

「みちのくに秋を訪ねて金色堂つはものどもの夢のあと追ひ」

  中尊寺「金色堂」前にて
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