2014/12/30

歳を取ると怒りっぽくなるのか?  短歌

人間というものは、歳を取ると怒りっぽくなるのか、と最近ときどき考えることがある。どうやら自分自身にその傾向がありそうだと感じたことが契機である。車を運転しているときもそうだし、都心の地下街などの雑踏でもすれ違う人たちの行動を許せなくなったり、ちょっとしたことに妙に腹が立ったりすることが増えた気がする。

要はわがままになり、周りを許したり気を配る余裕がなくなっているようなのだが、どうやらそれは年齢のせいであるように思える。というのは、24年前に亡くなった親父が歳と共に極端に怒りっぽくなったことを時々思い出すからである。

また寒がりになったことも、親父と似てきたようである。親父は初冬から早々と長袖のシャツと股引を履いていたし、布団には電気毛布を入れ、厳寒期にはその上に湯たんぽや足暖用の豆こたつまで入れていた。年齢と共に体重が少なくなり痩せていたことも影響したのかもしれない。

体重と言えば、私は先日、数年ぶりに風邪をこじらせて数日間寝ていた。一番ひどい時には39.9℃の高熱が出たので、さすがにフラフラとしていた。そのせいで約1週間はお酒を控えたところ、何と3キロも体重が落ちた。そうなると辛抱が効かなくなって短気になった気がする。

人間というものはどうやら歳をとると同じような傾向に陥りやすいのかもしれない。怒りっぽくなるのも寒がりになるのも、身長が縮むのも体重が落ちるのもそうなのかもしれない。70歳という若さでこの世を去った親父だが、自分がその年齢に近づいたせいか、何かにつけて時々フッと親父のことを思い出すのである。

「年末を控へ寒さに向かふとき亡父(ちち)に似てきた我の振るまひ」

「三十歳離れし亡親父(おやじ)の古希のころ我は仕事に必死なりしも」
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2014/12/26

ぽっくり寺  短歌

奈良県南部の斑鳩町は法隆寺で有名だが、近くにはその他に吉田寺もちょっと有名なのである。寺名は「きちでんじ」と読むのだが、この寺は「ぽっくり寺」として知られている。寺伝によれば天智天皇の勅願により創建されたとされ、近くには妹・間人皇女(はしひとのひめみこ)を葬る古墳がある。平安時代の永延元年(987年)に天台僧・源信(恵心僧都)が開山したとも伝えられる。

日本にはPPK(ピンピンコロリ)協会というのがあるが、ピンピンコロリとは、病気に苦しむことなく元気に長生きし、病まずにコロリと死のうという意味の標語である。1980年に長野県下伊那郡高森町で北沢豊治が健康長寿体操を考案、1983年日本体育学会に「ピンピンコロリ(PPK)運動について」と題し発表したのが始まりで、長野県は男性の平均寿命が1位をキープしていることもあいまって、この運動の普及に力を入れている。2003年には県内でも有数の長寿を誇る佐久市に「ぴんころ地蔵」が建立されている。

またNPOニッポン・アクテイブライフ・クラブ(通称=ナルク)は別名「ぴんぴんコロリ協会」や時間預託協会とも呼ばれている。 定年退職後「第2の人生を生き生きと過ごすために自立を求める中高年が、他人のため、地域のために奉仕をする団体であり、元気なうちは困った会員のために働いてボランテイア時間を貯め、自分が困った時には引き出して助けてもらう時間預託システムによる助け合いが最大の特徴である。 できることを、できる時に、できる方法でボランテイア活動をして、出会いとやりがいを感じながらぴんぴんコロリを目指す団体である。

さすがは平均寿命では世界第一位であり、世界第一の長寿国である日本ならではの活動や団体である。しかし、そういう趣旨のお寺が1000年以上も前に創建されていたとは、桜の散り際をよしとする日本人独特の死生観はずいぶん昔から変わらず生きてきた考えなのかもしれない。世界が高齢化社会に向かう今こそ日本の取る行動とそれが示す方向性が諸国から注目されているのかもしれない。

「今まさに世界注視の高齢化 日本のたどる道よいずこへ」

「ぴんぴんと生きてころりと死ぬるぞの願ひどほりに生く難しさ」

 
 多宝塔(重要文化財)− 寛正4年(1463年)の建立と言われている。
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2014/12/21

「ジビエ」という考え方  短歌

最近は「ジビエ料理」など「ジビエ」ということばをよく聞くようになった。「ジビエ」というのは、本来はフランス料理の用語で、狩猟によって獲られた野生の鳥獣のことを指すことばである。

このことばが広まった背景には何があるのだろうか?気になったので自分なりに調べてみた。そうすると、そこには鹿害という事実が浮かび上がってきた。人間からはどちらかというと親しまれている動物が今では害獣として扱われている現実がそこにはある。

そう言えば数年前に四国の剣山では1900メートル近い山頂近くの樹木まで樹皮が鹿に食べられるという鹿害が拡大しているのをつぶさに見た。その後、大台ヶ原でも鹿が大きな顔をして生活をしていた。子供はバンビと呼ばれたりして人間からは親しまれている鹿も、今や大自然にとっては害獣なのである。

しかしながらよく考えてみると、鹿たちも何も山の奥や高山の山頂にまで好き好んで進出しているわけではあるまい。元々住んでいた地域が住みにくくなってきたからこそ、従来は行かなかったところにまで行かざるを得なくなったと見るのが妥当であろう。

ということは、その原因を作ったのは人間にほかならない。科学や技術の発達は望ましいことだが、あまりにもその使い方が激しかったり急速度であったために、自然界のバランスが崩れてきているのであろう。この地球を生かすも殺すも人間次第というわけである。

改めて、人間という動物の尊大さ、傲慢さを見せつけられた思いがした。

「文明の力で進化せる人間どもは自ら己れの首締む」

「害獣だ益獣だとの区別せる人間は誰の審判受ける」

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タグ: ジビエ 鹿害 害獣

2014/12/16

最近のクルマ事情  短歌

ふと気づいたのだが日本車の中で急激にセダンが減り、一方でワゴンやSUVが増えた。ドアが4枚で後部に車室とは明確に分けられたトランクを備える旧来型のセダンは3分の1もないようだ。

また外国車が増えたこともあってか、クルマの色も多彩になった。同じ黒色でも実に様々な黒がある。ピンク色の高級車が話題になったことがあるが、今ではピンク色の小型車もある。

動力源も、ガソリン車だけでなくハイブリッド車や電気自動車、さらにはクリーンディーゼル車も登場したし、究極のエコカーと言われる燃料電池車も近いうちに実用化されるようだ。

これらの背景には何があるのだろうか?一つには生活様式つまりライフスタイルの変化があるだろう。また個人の価値観が多様化したことも関係しているだろう。

クルマも実用一点張りの時代から個性化、差別化の時代に入ったようだ。

「車さへ一台一台その色やデザイン競ふ時代となれり」

「実用の時代の長き自動車も もはや個性を競ふ時代へ」

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2014/12/12

生活習慣の輸出に日本の活路を見出だす  短歌

先日のNHKテレビで、日本の生活習慣の新興国への輸出の成功例が報道されていた。

一例は、北京でのスーパー銭湯である。銭湯という習慣がなかった中国で受け入れられた理由は、清潔さがポイントの銭湯で、日本企業の品質管理の高さが認められた結果だと言えるだろう。

同様に、チベットでは集団検診が初めて導入されたそうだ。またベトナムでも、日本式の食堂が大評判だそうである。味もそうだが、栄養のバランスや衛生面での感覚が受け入れられ始めているようだ。

新興各国の大学においても、栄養学部が新設されているという。つまり食事においても、単に味だけでなく食習慣にまで関わっているということである。

そう考えると、日本企業の役割もこれまでのハード単品からハードインフラへ、そしてサービスインフラへと進化していることがわかる。ハード製品の貿易収支が赤字になったことを嘆いてだけいる場合ではない。日本と日本企業にはまだまだ成長の余地はありそうだ。

「ビジネスの変化はお国の成長の色を映しつ個性を見せつ」

「この国の成長支へる産業の変化は国の成熟示し」

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