2014/11/29

国益を考える政治システム  短歌

衆議院議員選挙が予定され、あちこちで選挙カーが慌ただしく走り回り始めた。しかしながら今ひとつ盛り上がりに欠けるのは、慌ただしい年末に急に降ってわいた大義名分のない選挙だからというだけではない気がする。

私が感じるもっと大きな理由は、今の政治や選挙のシステムに納得できない点があるからではないだろうか。例えば、国会議員は本当に国や国益を考える存在になっているのだろうか?現実は、自分を選んでくれた選挙区の利益代表だけに終わっている気がする。

投票する立場から見ても、小選挙区制では自分の住む選挙区の候補者にしか投票ができないので、その選挙区に共感する政策を掲げる候補者がいないときは投票に行く気がしないのも無理からぬことである。

国は、投票率が低い理由を国民の無関心だと決めつけず、むしろ逆に国民が投票に行きたくなるような政治システム、選挙システムに変えていく努力にこそ注力してほしい。言い替えれば、国民が政治と直結しているなあと感じられる、自分達の意見や考え方をより反映してくれるシステムにしてほしいものである。

「国民が政治に参加してゐると感ずる仕組みつくり上げねば」

「この国の政治と選挙を変へずんば民意は遠く離るるばかり」
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2014/11/23

何でも漫画か  短歌

最近、大和郡山市を舞台にした金魚すくい漫画で、9月に第一巻発売されたのがあることを知った。タイトルは大谷紀子の「すくってごらん」というものである。読んでいないので中味はよくわからないが、金魚の産地の大和郡山市にちなんだ金魚すくいにまつわるストーリーなのだろう。

それにしても最近は何かにつけて漫画化する例がたくさんあるように感じる。通常は難しい書物とされる本で漫画化されて読者が増えたケースも少なくない。例えば「もし高校野球の女子マネジャーがドラッカーを勉強したら」という本は、ドラッカーの原著に負けずにベストセラーになった。

それ以降、今でも人気のあるのが「三国志」「海賊と呼ばれた男」などで、最近では「まんがで身につく孫子の兵法」や「7つの習慣」、「ザ・ゴール」まである。その数は枚挙にいとまがないほどである。それらが受け入れられるる理由のひとつは、原作がしっかりしている点にあるのは間違いない。

そういえば電車の中などでも漫画を読んでいる人をよく見かけるが、最近は40代以上の中年男性や女性にも多いことに気づいた。「いい歳をして情けない」と憤慨していたが、一方では最近は書籍どころか新聞さえ読まない若者が増えていると聞いた。何もかもネットで調べネットで知識やニュース情報を得る世代が増えつつあり、読書離れが進んでいる。

そう考えると、たとえ漫画であっても文字情報に接している人たちはたちまち非難すべき対象とは言えず、読書好き候補者群として大切にせねばならないのかなあ、とも感じた。複雑な思いは残るものの、媒体は違えども貴重な原典に触れようとしている若者を、頭ごなしに避難するのは控える方がいいのかなあ、とも感じた先日の一コマではあった。

「名作を若者向けに漫画化し伝へてゆくも我らの責務」

「頭ごなしに漫画だからと謂ふなかれ手段はともかく名作はよい」

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2014/11/17

「公益資本主義」とは?  短歌

先日は大学のOB会主催の勉強会で、ある県の県会議員をしている後輩の講演を聞いた。その中で私が一番共感したのが「行政のムダ」の話であった。その県には政令指定都市が一つあるが、その都市で選出の県会議員の役割は何だろうかという話題になったとき、頭をハンマーで殴られた思いがした。

それはそうだろう。その市には当然、市会議員もいるのだからそれとの違いを説明するのは誰にとっても難しいのではないか。しかも議員定数は人口数に比例して決められているから、市会議員とは別に何と23名もの県会議員がいるのである。市会議員との役割の違いはどこにあるのだろうか?

折も折、その後すぐ「公益資本主義」を推進する協議会のセミナーに参加する機会があった。アメリカの金融資本主義でもなく中国の国家資本主義でもない、日本らしく経済性より社会性を重視する考え方である。そこでも、日本の各都市の図書館や刑務所の運営が民営化されて劇的に効率化され赤字を脱出したりサービスが向上した実例が報告されていた。

民間企業における「真のリストラクチャリング」とは、単に人員削減をするのではなく、あたかも体重を減らして同時に体力を強化するように組織の活力も強化するものである。行政における真のリストラクチャリングも、ムダの削減と、業務の質・サービスの向上の両立を同時に果たせるものでなくてはならない。それができなければ、民営化あるのみである。

「維新より百年以上の時過ぎて 変化に合はせた策ぞ待たるる」

「長ひのと長すぎるのは大違ひ 変化に合はねば滅びるのみぞ」


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2014/11/10

ヒポクラテスの誓い  短歌

最近ふと思い出したのだが、医療の世界に従事する人たちから聞いたことばに「ヒポクラテスの誓い」というのがある。それは医療に従事する人たちの倫理観や矜持を表す考え方で、紀元前4世紀ごろ「医学の父」と呼ばれたヒポクラテスという医学者のギリシア神に対する宣誓文である。

内容としては、患者の生命・健康保護の思想や患者のプライバシー保護などで構成されており、「この誓いを守り続ける限り私は人生と医術とを享受し、全ての人から尊敬されるであろう! しかし万が一この誓いを破る時、私はその反対の運命を賜るだろう。」とのことばで締めくくられている。

この宣誓文は1500年ごろにドイツの医科大学で採用されてからフランスへ、アメリカへと伝わり、その後日本にも伝わったようである。今では日本だけでなく欧米の医科大学でも卒業式などで唱和するところが多いらしい。

これは人の生死、人の尊厳と深く関わる立場、職業ならではの矜持をよく表したものである。いくら高い専門知識と技能を修めたと言えども、人が同じ存在である人の生死を左右することにはそれだけの覚悟をもって臨むべきだという戒めも含まれているのだろう。

企業で人々の評価や昇進昇格、異動などの人事業務に携わる私たち人事担当者にも、同じような共通の憲章かドクトリンがあってもいいのかもしれない。そういう業務に長く従事しているうちに自分が何か偉くなったような勘違いをしないためにもそれは必要であろう。心がけたい一例である。

「人々の健康尊厳守らむとヒポクラテスの誓ひぞ貴(たか)し」

「組織にて人事の仕事に携はる人の矜持ぞ常に高かれ」

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2014/11/4

芸術の秋を満喫する  短歌

暑かった夏が過ぎたと思ったらたちまち寒さが忍び寄ってきて、冬かと思うくらいだが、季節としては短い秋に入った。秋といえばその形容詞は「天高く馬肥ゆる秋」や「食欲の秋」、「人恋しき秋」など様々だが、今年の私にはどうやら「芸術の秋」がピタリとくる。

というのは、大学の先輩と同期生から相次いで絵画展の案内状が届いたので、先日はその2件を観賞してきた。先輩のほうは最近始めた水彩画で、まだ初々しさが残る画風だが、同期生の作品は50号の堂々とした作品で、さすがは県展の入選作品だけのことはある。

芸術と言っても、絵画だけではない。音楽もあるのだ。登山クラブの友人からは今年もブラスバンドの定期演奏会の案内が届いた。

音楽ならこの私も負けてはいない。所属するハーモニカ同好会ではこの秋も演奏会が3件も入っている。他にも、短歌の同人からは秋の歌会の案内が来た。

私にとって秋は同窓会の季節でもある。来週は、最近は毎年開いている高校3年次のクラス会である。故郷の和歌山でみんなと会えるのが今から楽しみでワクワクしている。

「秋の日の刈穂済みたる焼き畑に煙ひとすじ真上にのびて」

「天高く芸術の秋盛りなり絵画音楽短歌楽しむ」
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