2014/1/30

ブラスバンド今昔  短歌

ケーブルテレビで地元の高校生や中学生のブラスバンド部の演奏が放映されていた。総勢40名くらいの大所帯だが、聴いていて何となく違和感を感じた。よく見ると何と女子が8割くらいを占めている。

行進曲(マーチ)の曲目も「ベストフレンズ」だとか、題名からして柔らかいというか何となく女性好みの雰囲気である。それに伴い音色も優しく綺麗である。

私が中学生や高校生のころのブラスバンドの代表曲の「錨を揚げて」や「軍艦マーチ」や「士官候補生」などの勇壮な曲目群とは趣が全く違っている。思わず我が目と耳を疑ったが、まあ40年以上前と同じはずはないか、それも時代かと一人で納得することにする。

それにしても、今やあらゆるスポーツや職業への女性の進出は目を見張るほどである。居酒屋で女性ばかりの飲み会を見かけることも珍しくなくなった。日本の成長力確保のためにも、固定観念は捨てなくてはならないなあ。

「時を経てブラスバンドも変はり果てぬ曲の変化も奏者に応じ」

「世の中の変化枚挙にいとまなき中でも女性の進出凄し」
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2014/1/25

からたちの人  短歌

昨年11月に75歳で亡くなった島倉千代子さんの最後の曲のCD「からたちの小径」を購入した。

作詞は喜多條忠と南こうせつ、作曲は南こうせつで、島倉千代子自身と南こうせつのプロデュースとなっている。早速聴いてみる。

さすがに持ち前のかすれそうでかすれない、あの独特の高音は出るはずもなく、まさに絞り出すような声である。亡くなる3日前の自宅での録音だそうだ。

しかし、力尽きようとしている段階であれだけの声が出せるのはやはりあの人らしいし、余人には真似のできないことであろう。

何度も何度も繰り返し聴いてみる。20回くらい聴いたら何とか歌えるようになった。

16歳のデビュー曲は「この世の花」であったが、20歳の時に歌った「からたち日記」で開花した人の最後の曲もまた「からたちの小径」である。からたちで始まりからたちで終わるとはお千代さんらしい。

その声にはもう力はほとんどないが、そうまでして最後まで歌うことにかけた執念には他を圧倒するほどの迫力が感じられる。

3番の歌詞に「ああ、あなたが歌ったうた忘れはしない」とある。私もずっと「からたちの人」の歌を忘れないようにしたい。

「若き日にからたちの歌うたひしを最期の曲もからたちの歌」

「人生の最後の最期まで歌ふこれぞプロ中のプロの歌ひ手」
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2014/1/20

「下剋上」とは価値観の転換のことである  短歌

先日のBS歴史館で、千利休の研究と解説をしていた。そこでは「下剋上」ということについての研究成果も報告されていた。「下剋上」とは単に目下が目上をやっつけることと思われがちだが、それだけではなくその本質はむしろ「価値観の転換」にあるそうである。

あの時代は、長かった戦国時代が終りを告げようとしていた時代である。ということは、武将の功績やそれに対する恩賞のありかたも大きく変わろうとしていたらしい。戦国時代なら武勲のある武将には国や土地や城を恩賞として与えることができたが、戦争が一段落したら武勲のあり方も恩賞のあり方も大きく変貌したのである。

つまり、武勲に対する恩賞として国や土地を与えることができなくなり、代わってその役割を果たしたのが茶碗などの茶器だった。その結果、有名な茶碗は一国と引き換えに扱われたこともあったそうだ。そういう時代背景の中で急速に存在感を示したのが千利休である。

その勢いが度を外れていたため、利休を寵愛していた秀吉により切腹を命じられる運命をたどったわけだが、これこそ信じられないくらい急激な価値観の変化の中で引き起こされたできごとだったのだろう。

現代においても、土地や城のような目に見えるものから、ソフトウェアやサービスなど目に見えないものに価値観が移り変わる中で、ある種の下剋上がたくさん発生しているのかもしれない。

「つはものが一命賭して守りしを価値観変はれば茶器となりたる」

「価値観の転換伴ふ変化こそ下剋上とぞ利休の示せる」
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2014/1/10

今年の戎参りはひと味違った  短歌

ふと気づいたら今年も既に一週間以上が過ぎた。ここ数年は、この時期にはあの声の大きな先輩社長から今宮戎参りのお誘いがあったのだが、今年はない。彼も忙しいのだろう。

それもまあいい、こちらも公私に暇という訳ではないから、今年からは路線変更をすることにする。

この機会に、戎参りの行き先もこれまでの今宮戎から地元の生駒戎神社に変更することにした。生駒戎神社は往馬(いこま)大社に併設された神社で、1500年以上の歴史をもつ往馬大社ほどではないにしても相当の歴史があるようだ。

実際に出かけてみると、今宮戎のような気違いじみた喧騒はなく落ち着いた静けさである。福笹も大小の二通りしかない。少し迷ったが、小さいほうを求めた。代金も今宮戎より格段に安い。

うるさいくらいの大きな声でますます手を広げている先輩社長とは違い、事業についてはむしろ意識的に抑えつつある私にとっては、静かな神社、小さめの福笹はちょうどいい塩梅である。

福笹も事業も、身の丈に合ったもので行こう。生駒戎神社ではそう誓った。

「福笹の大きさにみる姿勢こそ今年に臨む我が決意なれ」

「これまでの主体性なき戎参り今年は改め身の丈に合はす」

  今年の福笹(何と1000円! 昨年の5分の1)
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2014/1/4

今年も初登りに行きました  短歌

昨日は三が日の中でも一番天気がよさそうなので、生駒山へ恒例の初登りに出かけた。同じ考えの人は多いらしく、登山道には結構人が多い。一人で登るときはいつもそうだが、どうしても早足になってしまう。生駒駅前から表参道を山頂までは正味1時間で登ってしまった。

ただし実際には、途中の生駒昇天さん「宝山寺」で初詣でをした。今年は2日に出かけた往馬大社(生駒神社)でもすべてのお社を参拝したが、ここでもいつもの本堂だけでなく祀られているすべてのお堂に参拝した。本堂よりも2段上に建てられた奥の院までたどり着いたのは今回が初めてであった。さっぱりとした気持ちで山頂に向かう。

山頂の遊園地は12月初旬から3月中旬まで閉園になっているが、いつもの大屋根の下で缶ビールとおにぎりでの軽い昼食をとった。残念ながら大阪平野は薄曇りに覆われ、山頂からの眺望のほうは今ひとつである。例年なら淡路島や、空気が澄んでいれば明石海峡大橋まで見えたこともあったのに、これもPM2.5の影響なのか。

山頂から暗(くらがり)峠までの赤土の降り道も、ここ数日の晴天のおかげで乾いていて歩きやすい。暗峠からさらに南下して鳴川峠から奈良側へ左折し、近鉄の東山駅方面へ向かう。目的地は「音(ね)の花温泉」である。ここの泉質は、入浴中はヌルヌルとしているが風呂から出るとサラリとしているという素晴らしいものである。

今年の三が日は実に穏やかな天候であった。2ヵ所の初詣でも念入りに行った。速足で歩いたのに脚の痛みも全くない。今年も充実した一年になりそうな予感がする。

「一年の計を立てなむ昇りゆく朝日に向かひ背筋を伸ばす」

「一年の事始めなる初登り生駒の峰の風穏やかに」
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