2013/2/26

ドック健診を受診して  短歌

会社勤めをしていたころは従業員の皆さんに定期健康診断をもれなく受診するように勧める人事部の立場であったし、さらに健康保険組合に勤務の時代には人事部にその推進をお願いしたり全社の健康づくりのお手伝いをしていた。

従って、どんなに忙しい時期でも健康診断を欠かしたことがなかったのだが、会社勤めを辞めてからは誰からも督促されず自分自身で受診の時期や内容を決めなければならないので、ある年度に一度だけ受診しなかったことがある。

それを反省してからは毎年の誕生日の月にドック健診を受診するように決めている。昨年度はオプションの脳ドックを受けたし、今年度は初めて胃カメラ、しかも経鼻式カメラを体験することにした。

幸いなことに中小企業での3年間の勤務を終えて独立してから75才までは元の健康保険組合の特例退職被保険者(略称:特退)になることができたので、国民健康保険より保険料も安いし、ドック健診の案内状が毎年送られてくるのがありがたい。前期高齢者となった今年度からはますますそのありがたさを感じることだろう。

嬉しいことに、先日受けた今年度のドック健診の結果は、どこにも異常が見つからなかった。胃もきれいだし、骨密度も20代平均の98%のレベルだと聞かされた。ただ残念なのは、中性脂肪がやや高くメタボ予備軍だと指導されたことである。現役時代はグループ全社の社員とその家族を対象に健康づくり活動の推進責任者をしていただけに恥ずかしい思いをした。気づいたときが百万両とか、最近サボり気味であった腹筋運動やウォーキングを強化しなければなるまい。

「ドキドキと高鳴る胸で結果聞く一年ぶりのドック健診」

「健康は公私の生活基盤とて年に一度の健診受けむ」
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2013/2/23

チャレンジTOEIC会  短歌

尊敬する先輩社長は何かにつけて色々な「会」を作りたがる性格で、多くの人をそれに巻き込んでいる。1年に1メートル以上の厚さの本を読む「メートル読書会」もそうだったが、「チャレンジTOEIC会」もそのひとつである。

それは、自分の現在の英語力を申請して1年後にはTOEICのスコアを200点上げようというものである。読書の会と同じく、目標が達成できなかった場合は達成できた人に最高級ホテルで最高のディナーを奢らなければならないという罰則つきである。そのレースは昨年2月にスタートして今年の1月まで行われた。

ただ私の場合昨年の前半は割り合い忙しく特にテストの実施される日曜日には何かとほかの行事と重なったため受験することさえできなかったので、英語の勉強のほうもほとんどできず、せっかく意気込んで買ったテキスト類もほこりをかぶったままであった。結果はどうあれ受験だけはしておこうと、12月には1回目のテストを受けた。およそ20年ぶりであった。

記憶では20年前は450点くらいであったと思うが、今回は415点であった。残念ではあるがあまり下がっていなかったことに少し安心した。時間配分なども大体わかったので、1月度も連続して受験してみたら、今度は90点上がって505点とまずまずのスコアであった。

「グローバル人材であれ、そのためには英語力くらいは身につけておけ」と若い人たちに要求してきたからには自分自身もチャレンジすべきと考えて取り組んだのだが、どうせやるならもっと真剣に、計画的に取り組むべきであった。今年もまたチャレンジと反省から始まる一年のスタートとなった。

「グローバルに仕事をするにあたっての前提として英語学ばむ」

「乾きたる砂地に水の染むごとくやればやるだけ進歩感ぜり」
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2013/2/20

10日間天気予報  短歌

昨年からだと記憶しているが、天気予報の予報期間の長期化が認可され、週間予報つまり7日間の予報が10日間まで許されることになった。

今でも、テレビなどの天気予報では7日間の予報が継続されているが、ウェザーニュースなど民間の予報会社のサイトでは既に10日間予報が実施されている。

別に天候に左右される仕事をしている訳ではないのでそれほど長期の予報の必要性はないのだが、それでも山登りや旅行の計画があるときなどは少しでも先の天候がわかるに越したことはない。

それよりも驚くのは、10日先の天候まで予測できるほどの科学技術の進歩である。特にどこかの家電メーカーと違って、技術のための技術ではなくきちんと顧客のニーズを見極めた技術であることは評価したい。

「これまでの常識破りの技術かな天気予報の長期化進む」

「七日より十日先まで見通せる科学技術の恩恵嬉し」
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2013/2/17

高さ日本一のビル  短歌

大阪市の阿部野橋駅前に高さ日本一のビルが建った。名前は「あべのハルカス」で、高さは300メートル、鉄道や百貨店を事業とする近鉄が建物の主である。既に建屋は完成し来春の営業開始に向けて内装工事が急がれているようだ。

地上から100メートルくらいのところからは少し細くなり200メートルくらいからはさらに細くなるこのビルは、確かに周囲の高層ビルよりは図抜けて高く堂々とした威容ではある。ところが不思議なことに、このビルはそれほど話題にのぼっていない。とにかく盛り上がりに欠けるのである。

東京スカイツリーに比べたら半分以下という高さのせいなのか、はたまた地味な形だからか、それともまだオープンしていないからなのかはよくわからない。

しかし少なくとも言えることは、このビルにはいわゆる「花」がないのである。何のために300メートルなのかも、こんな高いビルが何の役に立つのかもハッキリし
ていないのである。もしかしたらあるのかもしれないが、近鉄沿線に住む私ですら知らないのだから、やはりそれはないに等しい。

また、単に一つのビルだけ建ててその周辺の地域開発の方向性が明確に示されていないのは、同じ時期に建設中の大阪北ヤードとは大きく異なる点である。

人間でもそうだが、背は低いより高いほうがいいし、知能指数も高いほうがいいに越したことはない。だが、それよりももっと大切なのは目的というか意義というか、それが何の役に立つのかや誰の役に立つのかが明確かどうか、ではないだろうか。

「建物の高さ比べの競争も大義なければ受け容れられず」

「大阪のミナミの空にすくと建つあべのハルカス望まれしものや」
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2013/2/13

空気の研究  短歌

少し前の話になるが、山本七平さんの著書「空気の研究」を読んだ。この本では、日本人に特有の「空気」について、数多くの事例をはさみながら述べられている。

この本の中では第二次大戦での重大な局面における旧日本軍の判断とその誤りの原因について詳しく分析されているが、特に説得力のあったのは、ほぼ勝敗の見えたあの時点での戦艦大和の出撃の決定プロセスについての部分である。

総責任者である伊藤長官は当初は大和の出撃を躊躇していたそうだが、副官である三上参謀の「陸軍の総反撃に呼応し、敵上陸地点に切り込み、ノシあげて陸兵になるところまでお考えいただきたい」ということばにより、この一言の意味するところがわかりそれがもう議論の対象にならぬ空気の決定だと理解し、即座に出撃を決意したそうである。それまでの科学的・論理的な考え方がその場の空気によって一変した典型的なケースであろう。

相手のアメリカ軍が科学的・戦略的に戦いを進めていたことに対して真逆の意思決定のやり方であり、まさに戦略なき戦いであったのである。

日本人がこういう「空気」を重視することの背景には、様々な物質や物体に感情移入し何らかの「臨在感」を感じそれに支配されることがあるからだと山本氏は述べている。

この考え方は、人の霊がその遺体や遺骨の周辺にとどまり、この霊が人間と交流しうるとする記紀万葉以来の伝統的な世界観に基づくものであり、西欧にはないものであるとしている。つまり西欧では、肉体を牢獄と見、そこに霊が閉じ込められているが死はこの霊の牢獄からの解放であり解放された霊は天界の霊界へ登って行ってしまうと考えられ、残された「牢獄」は物質にすぎないと考えられているのである。

ただしこの本によれば、空気を読む習慣は日本だけのものではなく中国にもあるらしい。しかしながら、空気を読む力の使い方は日本人と中国人ではかなり違うものがあるように思えてならない。それは、一時はやったことばの「KY」も、元々の「空気が読めない」人を指すのではなく「空気を読むことしかできない」日本人が増えていることを指す「新KY」と無関係ではないように思えるのである。

「KYは空気が読めない人でなく空気しか読めない人のこと」

「大敗をわかりて進む日本軍 大事なことこそ空気で決めて」
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