2012/12/23

「人生時計」という考え方  短歌

セカンドキャリアの講師をしている中で私が使うツールのひとつに「人生時計」という考え方がある。これは、人生80年を一日24時間に置き換えてみるというものである。つまり、午前0時を0歳とし、24時を80歳とする考え方である。

これに従えば、大学を出て社会人として仕事を始める23歳のころが出社時刻の午前7時、脂の乗ってきた40歳が正午12時、将来のことを考え始める50歳が午後3時、一般的な定年の来る60歳が終業時刻くらいの午後6時、人生の深みが増す70歳が午後9時、という具合である。どうだろう、一生の年代と一日の時間とが不思議と一致してくる気がしないだろうか。

セカンドキャリアの研修の場合、受講者は50歳過ぎの人が大半なので、「今は午後3時、午後の休憩かおやつの時間くらいですね。さてこの後あなたはどういう時間の使い方をしますか?あと3時間無難にこなして定時で帰りますか?または夜遅くまで残業ですか?それともこれまでの延長上の仕事ではなく、新しい仕事に着手しますか?」というような質問を投げかけていく。

因みに、ある研究によれば、20歳から60歳までの40年間の平均的な労働時間(睡眠時間と食事時間は除く)は約10万時間だそうで、これは60歳から80歳までの生活時間の長さとほぼ一致するそうである。不思議な一致だが、ここでまた私は受講者に問いかけるのである。「さて残された30年という時間は、あなたにとっては『まだ30年もある』でしょうか?それとも『もう30年しかない』でしょうか?」と。

答えの分布は毎回微妙に違うが、トータルすれば大体半々くらいになるようである。私の場合は、新年が明けて2月には65歳になる。平均寿命からいえばあと15年くらいか。「えっ、もうそんなくらいしかないの?」というのが正直な実感である。従来以上に1日1日を大切にして充実した人生を送りたいものである。

「一年を八十年の人生に置き換へてみる人生時計」

「歳とれば一日が長く一年が短くなると先達の謂ふ」
2

2012/12/16

ある研究会の新生スタートを喜ぶ  短歌

先日、東京で人材開発の研究会に参加してきた。2009年に始まり17回めを迎えた研究会の今回のテーマは、一年の終わりにあたり研究会の今後の内容や進め方をどうしようかというものであった。

創設者の一人で実質的には会長格である先輩社長が欠席の中での研究会なので、どんな論議になるのか事前には少し心配されたのだが、どっこい5名の参加者はまさに侃々諤々と論議を交わした。

特に今回は、例の社長が欠席ということを皆が意識したのか、逆に発言しやすい雰囲気ができたせいかはわからないが、皆さんの発言には強い積極性と自主性が見られたのが印象的であった。

その結果としての結論も必然的に前向きで建設的、挑戦的なものとなった。つまり、これまでの研究の集大成として書くつもりでレポートを作成しようということになったのである。もちろん現段階では出版までは考えていないものの、1冊の本を書くつもりでまとめようということである。

またその他には、我々は学者ではなくあくまでも実務家の集まりなので生煮えの理論を振りかざすのではなく、我々の理想とする人材育成のモデルとなる企業を選定して集中的に研究したり、場合によってはその企業を訪問してトップのお話を伺ったりという、所謂フィールドワークもやってみようということになった。

その他、会の運営面でも、たまたま何らかの事情で欠席した人でもすぐに追いつけるよう、またこれまでの経過がいつでも誰でも振り返れるように、議事録は毎回残すことや、それらの共有化と蓄積のために、FacebookなどのSNSの活用も検討することになった。

雨降って地固まる、この研究会のさらなる発展とメンバーの結束強化を強く確信したー日であった。

「雨降りて地固まるのたとへありいっそ前より堅く固めん」

「利害なき研究会ならこそ皆の志をば力とやせん」
1

2012/12/13

プリンターも使い捨ての時代になったのか  短歌

3年前の起業の時から使っていた愛用のモノクロプリンターの調子が悪くなり、メーカーのサービス部門に電話して引き取りにきてもらった。電話で日時を指定するとその時刻に来てくれるし、梱包用のダンボール箱もメーカーが指定した宅配業者がちゃんと準備してくれるのですごく楽チンである。

東京出張からの帰路の新幹線の車中に電話があり、修理内容と料金の連絡があった。聞いてみると、故障の原因は定着器という主要部品の故障であり、その交換や送料を含めた修理代は何と2万5千円だという。それなら新品を買う方が安くて早いと考え、元のプリンターの処分を依頼した。

そうこうするうちに、次はカラープリンターまで不調となりネットで修理代を調べてみると、そのメーカーは出張修理しか受け付けておらず、出張代を含む修理代は何と3万円を超えそうである。当然ながらこちらのほうも新品に買い替えることにした。

考えてみれば、カラーテレビを修理に出しても所謂修理はせずに部品をいくつか組み合わせたモジュールの交換で済ませるようになったのはいつの頃からであろうか。プリンターもそういう時代を経て、今や一旦故障したら本体ごと交換する、つまりは使い捨ての時代になったのである。

やれデフレの時代だとか、環境の時代だとか言われるが、現実は日本人の高い人件費が産業や製品の様々な面に影響を与え、ビジネスのあり方そのものまで変えてしまっていることを痛感した。

「今どきは故障をすれば修理せず買ひ替へるべき時代となれり」

「デジタルの時代となれる所為なのか修理するより買ふが安きとは」
2

2012/12/10

「メートル読書会」という名の賭け  短歌

あの先輩社長の肝煎りで「メートル読書会」という名の賭けをやっている。これは一年間で厚さ1メートル分以上の本を読もう。もし達成できなければ達成できた人に東京の一流レストランでディナーをご馳走する、というものである。漫画や週刊誌は対象外である。

期間は今年の2月から来年の1月末までで、対象者は人材開発研究会の東京メンバー7名である。従ってもし私が負けた場合には、他の6人におごらなければならないので、最悪は30万円くらいを覚悟しなければならない。

1メートルといえば大したことがないようだが、毎月平均7冊くらいの本をコンスタントに読まねばならない。元来「積ん読」派の私にとっては一苦労の課題であるが、勢いで参加してしまった。

11月を過ぎ、残された期間はあと2ヵ月である。状況はどうか? 参加各メンバーとの刺激の与え合いなどのおかげで、11月末現在の実績は90センチを何とか超えることができた。あと2ヵ月での10センチ超は多分大丈夫だろう。

今さらながら、本から学ぶことや気づかされることは多い。実戦や経験でわかっていたことでも本によって理論づけることができたり、関連する研究によりきちんと裏づけされているものがわかったりすると、改めて自分の考えに自信が持てるようになることもある。

それにしても、こういう賭けが存在すること自体が刺激的であった。おかげですっかり読書の習慣が身についた。今では公私で知り合った人たちにも自信を持って読書を勧められるようになった。

何ごとも勉強、いつまでも勉強、ということを痛感したできごとであった。

「無手勝の我流で学べることあれど読書に優る先生ぞなし」

「やる前は気乗りせずただ億劫な読書もゲーム感覚でせん」
3
タグ: 読書 賭け 習慣化

2012/12/9

自殺者数の減少  短歌

昨日の新聞のある小さな記事が目に留まった。それは、昨年まで14年連続で3万人を超えていた全国の自殺者数がやっと3万人を下回る見込みというものである。

その理由まではまだ明らかにされていないが、これまでの増加要因の主なものとしては、うつなどのメンタルヘルス不調が挙げられていたことを考えると、その部分で何らかの変化があったのかもしれない。

まだ2万8千人くらいの自殺者がおられることを考えると手放しで喜べる状況ではないが、それにしても自ら命を絶つ人が少しでも減少したのは明るい話題ではある。

また自殺の背景や原因の一つとして景気の動向が挙げられることがあるが、もし今回の減少がそれを反映したものであるとすれば、ダブルで嬉しい事象である。

科学技術が飛躍的に発展して人間にできないことが少なくなった現代にあって、地震予知などの自然現象についての研究も大事なことであるが、こういう社会現象についての分析などの研究ももっと進んでほしいと考えるのは私だけであろうか。

「世の中をはかなみ己の命絶つ人の気持ちは知らねど辛し」

「世の中がギスギスすれば自らの命を絶つる人の現はる」
1



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ