2012/10/31

戸籍の移転を完了  短歌

昨30日の大安の日に妻と二人で生駒市役所へ出かけた。行先は市民課、目的は転籍の手続きのためである。私を家長とする我が家族の本籍地はまだ和歌山市に置いていたのだが、パスポートの申請手続きほか面倒だと感ずることが時々あったので、本籍地を生駒市に移転することにしたのである。

思えば母との同居のために30年以上住み慣れた大阪府の枚方市から転居してきて丸5年が経過しようとしている。この間、一度も不自由を感じたことはなく、むしろ転居してきてよかったと思うことが増えるばかりである。そういう背景もあって、このたび思い切って本籍地を変えることにしたのである。

5年前に実家を閉じると共に仏壇も生駒の我が家に移したし、今回は本籍も移転したので、あとは先祖代々の墓(とは言っても私の父の死亡時に新しく建てたものだが)をどうするかが課題として残っている。母親は、自分が亡くなった後のことは私にすべて任せると言ってくれているので少しは気が楽だが、課題であることに変わりはない。

母親があと半年で米寿を迎え、自分自身も年初には前期高齢者の仲間入りする時期にあって、おかげさまで仕事のほうはますます忙しくなっている。先輩社長から教えてもらった「人生のグランドデザイン」では、そろそろ人生4期のうちの第3期の後半にさしかかっているのかもしれない。

「ふるさとを離れ四十数年を経て本籍を生駒に移せり」

「懐かしき生まれ育ちしふるさとよ本籍移せど我がふるさとよ」
2
タグ: 本籍地 転籍 生駒市

2012/10/25

なぜブログを続けるのか?  短歌

このところブログへの書き込みがグンと減ってしまった。以前なら間が空いてもせいぜい3日間くらいであったものが、最近ではひと月くらい空いてしまったこともある。

その理由の一つには今年の後半は仕事が忙しくなってきたことがある。昨年度からの大手企業でのセカンドキャリアの研修講師のほか今年の後半は同じく大手の農業関連企業の技術者活性化のテーマが入ってきたため、山歩きなど好きな趣味に割く時間も制限されがちなのは確かに事実ではある。

また書きたいネタもないわけではなくむしろたくさんある。しかしながらペンが進まないのだから、それは単に忙しいだけが理由とは思えない。

やはり書くことには大きなエネルギーが要ることが主な原因であるのではないだろうか。これは先輩社長のブログが私のブログ以上に長い間中断されていることからも肯ける事実である。    

だがたとえ大きなエネルギーが必要であったとしても、私は書き続けたいと思っている。それは、このブログに書き続けることによって自分の考えやその時々の心情を自分にぶつけるだけでなく、読まれた方からの反応もある程度知ることができるからである。

発信方法としては、今では face book などのSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)もよく利用されてはいるし、現に私もそれらに加入はしているが、私はどうももうひとつ入り込むことができない。どうやらこの種の発信方法にも自分に合うリズムというか相性に似たものがあるようだ。

それは一方的な発信だけのように見えるが、読者との間で交わされる一つのコミュニケーションだからではないだろうか。私にはブログがちょうどいいコミュニケーションツールなのである。

「書くことのよさと悪さはあるものの書ける喜び優るものなし」

「書くことは己の心情吐露せるを他人に問ひて会話すること」
2

2012/10/22

直言  短歌

最近ある短歌の会合で滋賀県の彦根へ出かけた。歌会では出席したメンバーが作者名を伏せた歌稿の中から優秀作品を互選することになっている。

今回は私の歌は選には入らなかったのだが、出席者の多くの先輩からお褒めのことばをいただいた。その歌は次のとおりである。

「耳痛き直言くどし我が友に刃向かひつつも心は謝して」

技術的には、二句止めというらしいが、「くどし」で一旦区切り、次にそれとは裏腹の心情を述べている点がよかったらしい。

しかしながらそれ以上に褒めてもらったというか共感を呼んだのは、私がいい友人を持っているという点にあった。

確かに、自分自身でも何かと気にかけてくれて、嫌がることでもズケズケと言ってくれる彼には何度も助けてもらっているし、大いに感謝するばかりである。他人に嫌がられる耳障りなことは誰だって言いたくはないはずである。

ただしその彼もややくどさが増しているのと、他人には直言するが他人からの直言を受け入れない傾向があるのが気にかかる点である。

いくら恩のある彼ではあっても、それでは釣り合いがとれないし、わがままと言われてもしかたがないと思う。たまに私からも直言をしてあげるべきかもしれない。

「直言を自分がやると言ふならば他人(ひと)の直言受け容れるべし」
2

2012/10/11

「インバスケット」に開眼した  短歌

最近、先輩社長の応援業務で、ある大手企業の管理職候補者達の特訓会に参加しているが、その中で「インバスケット」の演習を全面的に任せてもらっている。「インバスケット」(略称「インバス」)とはいわゆる「未処理箱」「未決箱」のことであり、一定の制限時間内にたくさんの未決案件を処理させることを通じて、その人の判断力の適切さや指示力の的確さのレベルを判定するツールである。

そもそもは1952年ごろにアメリカ空軍から依頼を受けたプリンストン大学の研究機関が開発したもので、その後は民間企業などにおいても管理職の選抜試験や能力評価・教育の手段として使われるようになってきたものである。最近では大手企業を中心に、実際に昇格選考への活用が拡大しているようで、上記の企業においても採用されているのでその特訓を任せてもらっているのである。

私がこの手法と出会ったのは30年くらい前になるのだが、一度受講生の立場で体験しただけであったので、先輩社長から機会をもらったからにはと思い切って参考書籍を3冊くらい取り寄せて猛勉強したおかげか、初回の本番での評判はまずまずであった。それに気をよくしてさらに2冊くらい購読してこれまでに3回くらい指導体験を重ねたし、問題集もたくさん購入した。また独自の採点基準も作成できるたので、今はひとかどの専門家になった気でいる。

なかなか深いというか、やればやるほど興味のわく手法、ツールであるが、それはこの演習では本人の日常の仕事のスタイルやその長所と短所が明確に見分けられるからであろう。さらに経験を重ねて磨きをかけ、この10月から開業4年目に入った当社の特長のひとつにしたいものである。

「新たなる武器を手にして気がはやるインバスケットの魅力に触れて」

「四年目に入りし事業に新機軸 磨きし技をさらに磨かん」
1

2012/10/6

いつの間にかコスモスが咲き始めていた  短歌

先日久しぶりに通りがかった道端に、いつの間にかコスモスが咲いているのを見つけた。定番の青紫や赤紫のほかに白や黄色の花も見える。大阪府の一番北の端にある能勢町には何万本も咲き誇っている大きなコスモス畑があり、いつか家族みんなで出かけたことを思い出した。

朝夕の日差しはぐんと和らぎ、風も心地よいというか早朝にはむしろ寒いくらいになってきた。愛犬カイ君との朝の散歩道も、これまではできるだけ日陰を探して歩いていたものが、最近はむしろ日なたを探して歩いている。服装も少し厚手の長袖でなくては寒い。

空に浮かぶ雲も先日来、わた雲(積雲)や入道雲(積乱雲)がうろこ雲(いわし雲:巻積雲)やすじ雲(巻雲)などに代わり、雲の高さもかなり高くなってきている。道端に鳴く虫の声も真夏のそれらとは全く別のものが聞こえてきている。そう、何もかもが秋一色に染まってきているのである。

季節の変わり目にはいつも感じることだが、大自然の営みはすごい。ついこの間まで猛暑にうんざりとしていたのに、今では完全な秋が訪れているのである。今週からは衣替えも始まった。さあ、スポーツの秋、読書の秋、味覚の秋、そして仕事の秋を楽しもう。

「赤青のコスモスの花そよそよと風に揺られて香るごとくに」

「コスモスのゆらり揺れゐる長き茎 か細きゆゑにたをやかに生く」

  クリックすると元のサイズで表示します
3



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ