2012/8/29

今宮戎のご利益は大きいぞ  短歌

先輩社長の強い勧めに従って今年の1月には初めて今宮戎神社に参拝し福笹を買い求めて、デスク上方の壁に掲げている。

そのうえ毎朝、東側の朝陽に向かって「お天道様おはようございます」と両手を合わせたあとで、西側に向かって「生駒さんおはようさん」と「えべっさんおはようさん」と挨拶することを日課にしている。

ふと感じたのだが、最近になって事業が順調で次々と新しいクライアントが紹介されるのは、もしかしたらこの今宮戎神社の福笹のご利益ではないだろうか。

気のせいかもしれないが、私がやっていることで去年までと違うのは福笹くらいしかない。だからどうしても福笹との因縁を否定はできないのである。

昔から、「お天道様は見ている」というのが私の信念であるが、やはりそのとおりであることを再認識している。

「初めての今宮戎の福笹に毎朝あいさつすればご利益」

「福笹に挨拶すれば今年より事業の機運昇り一筋」
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2012/8/23

人名あれこれ  短歌

先日ある会合で名刺交換した人の名前を見て、私の眼はその名刺に釘づけとなった。というのはその方の名前は「わきた」さんなのだが「脇」の字の右上の「力」の文字が突き抜けずに「刀」になっていたのである。実に色々な人名の方と名刺交換してきたが、こういう「わきた」さんは初めてであった。

失礼ながら人名に関心がある人間なので、とお断りしたうえでご出身地をうかがってみると和歌山県の田辺市のほうであった。ただ祖父の代に大阪府の堺市から移り住んできたので、田辺市よりは堺市のほうに同名は多くみられるというお話であった。ご先祖は何か刀関係の職業の方であったのか、それとも単に奇をてらったのかは末裔としても調べようがないらしい。

そうこうしていたら本日の新聞の文芸欄に「圷(あくつ)」さんという名前の方の記事が出ていた。以前にも書いたかもしれないが、「圷」というのは土地の質が「下」すなわちよくないという意味であり、もともとは「悪津」が語源である。それでは見た目もよくないため上記の表記になったもので、他には「阿久津」や「安久津」と表記されることもあるようだ。

「津」というのは港やじめじめとした湿地帯のことを指す語であり、「あくつ」さんのどれもほとんどはそういう土地の出身者であることが多い。特に代表的なのは日本一の湿地帯である霞ケ浦を抱える茨城県に多くみられる人名であり、くだんの新聞記事の方も茨城県の方であった。日本人の苗字にはこのように出身の土地柄を表すものが多い。

たとえば和歌山県に多い人名を挙げれば、「太田」、「有本」、「津本」、「西本」、「得津」、「岩出」、「根来」、「雑賀」、「寒川(そうがわ)」などがあり、そのほとんどは和歌山に特有の地名からきているようだ。

また全国に目を転ずれば、愛媛県に多いのは「白石」や「越智(おち)」さんであるし、「北別府」、「中曽根」、「下温湯(しもぬり)」など3文字で表記するのは圧倒的に鹿児島県であり、隣接する宮崎県にも比較的多い。これは、独立意識旺盛な薩摩藩が徳川幕府からの隠密をはじめとする部外者をひと目で見分けるための対策であったと聞く。同じ目的で、独特のイントネーションもそのために編み出されたものだそうである。

人名ひとつを取りあげても実に奥が深い。興味ある研究対象である。

「人名や訛りで人のルーツをばあれこれ思ひめぐらすもよし」

「その人のルーツを示す苗字さへシャッフルされて方言も消ゆ」
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タグ: 人名 土地柄 ルーツ

2012/8/8

穂高岳縦走を終えて  短歌

今年の夏山は北アルプスの最高峰、奥穂高岳(3190m)から吊り尾根を経由して前穂高岳へ、そしてそのあとは岳沢(だけさわ)を上高地へ降るコースであった。このコースはかなり前にも経験済みだが、今回は色々な意味で前回とは違っていた。

一つは私自身の体力がかなり落ちてきているということである。二つには今回のメンバー7名の内の3名がこのコースは初めてのため、我々経験者が無事に彼らを引率せねばならない点である。結果としては、3日間とも好天に恵まれて無事に下山できたのだが、反省点が2つあった。

一つは昨年と同様2日目の登りでやはりバテてしまったということである。直前の1ヵ月は毎週のように六甲山や生駒山で強化トレーニングを行ったため、脚力のほうは何とか持ちこたえたのだが、如何せん高山でのきつい登りでは心肺機能がついていけなかったようだ。

もう一つは、コース設定である。3日目はよく考えると1日で1700m近くも降るコース取りとなった。しかもそのほとんどは吊り尾根などの険しい岩峰群の急激な降りである。このため初心メンバーの一人が下山途中で膝の踏ん張りが利かなくなるというハプニングが起こり、私ともう一人のベテランがそのメンバーの荷物を交代で持ち、通常の2倍以上の時間をかけて下山することになったのである。

その他の4名は予定どおりのバスに乗れるよう、途中の岳沢小屋で2チームに分かれることになったのだが、最後まで全員で同じ行動を取れなかったことは残念でならない。

このように、大きな反省の残る山行ではあったが、北アルプスの雄大な自然と景色を楽しめたことは最大の収穫であり、心身のリフレッシュと今後の頑張りへの大いなるカンフル剤となったのは幸いなことであった。

「岩峰を重ね聳ゆる奥穂高三点確保に緊張の増す」

「満を持し北アルプスの最高峰登りし我の夏は終はりぬ」

涸沢(からさわ)ヒュッテ(標高2300m)からの奥穂高岳(左上)
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穂高岳山荘(2996m)から見上げる奥穂高岳。翌朝これをよじ登る。
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奥穂高岳から前穂高岳への岩峰群の「吊り尾根」を右前方へ降る。
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