2012/2/29

ワンゲルOB会に思う  短歌

先日、大学時代のワンゲルOBの雑談会を開催した。言うまでもなくワンゲルとはワンダーフォーゲル部のことであり、我がワンゲル部は体育会でも最も厳しいトレーニングで有名であった。昨年末にも集まったのだが、もっと数多く集まろうとの一部の先輩のご要望に沿って2月に開催したものである。

他の行事と重なったせいか参加者は7名と随分少なかったが、今回も個性的な面々が集合してくれた。中には、少し酔うと記憶の一部が急に消滅してしまう某先輩もおられる。話題は、年代が50代後半から60代後半なのでどうしても自分や家族の健康の話や孫の話、旅行の話が中心となる。そしてやはり、昔あの山へは誰と行ったとか、誰がバテたとか、その山へは去年行ったとかいう山の話である。

しかし今回は、7月に予定しているOB総会の話が大きなウェイトを占めていた。6年前の前回は80名くらい集まったが、今回の幹事を任された私たち同期の怠慢により長期のブランクを作ってしまったので、50〜60名くらいしか期待できないかもしれない。責任を感じている。

ワンゲルOBがこれほど集まりを求めるのは、もう母校にはワンダーフォーゲル部が存在しないからであろうか。私より7年先輩が作り27年後輩の時にクラブは消滅したのである。それに加えて、昔は学部ごとに分かれていた学舎が私たちの卒業後に統合・移転されたので今そこを訪れても母校という気がしないのである。これももう一つの理由なのかもしれない。

思い出とか風土というものはその場所に根差すと言われる。その場所が変わってしまったのだから、あとはその場所を共有した者同士が集まることによって思い出を共有しているのかもしれない。

「懐かしの学生時代を振り返る話題は山と家族の話」

「その時は辛く厳しき思ひ出も今は楽しく懐かしきかな」
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2012/2/24

時間単位の仕事か成果単位の仕事か?  短歌

人事コンサルタントの仕事をしていて最近感ずることは、我々の仕事というものは成果重視でなければならないということである。ということは、その報酬の体系も成果単位のものであることが基本であると考えている。

ところが、最近お世話になったある地方公共団体の制度ではそこに登録されている専門家の報酬体系は時間単位のものになっている。つまり、顧客企業を訪問してそこで打合せや指導をした時間に応じて謝金が支払われるのである。

ものづくりなど、その企業を訪問して現場で指導しなければ話にならないようなテーマはそういう体系も妥当であるしお互いの感覚に馴染むのかもしれないが、人事の仕事については必ずしも現場でやらなければならないものばかりではない。むしろ氷山の根元のようにその企業以外の場所で行う作業のほうが多いのが現実である。

にもかかわらず、ある世界ではいまだに時間単位の評価がまかりとおっているのである。極端に言えば、こんなことがまかり通っているから日本が世界の発展から取り残されているのではないだろうか。つまり「ビジネスモデル」の変化についていけていないのではないだろうか。いい加減に成果重視の視点に切り換えないと世の中の動きからどんどん切り離され、取り残される気がしてならない。

「世の中の動きも見へで世の中を語るもをかし空き缶を蹴る」

「新しきビジネスモデルの変化とふ革命に遭ひ居場所ゆなくす」
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2012/2/20

「技術人事」は「専門職人事」に通じるんだ  短歌

先日はここに、当社の新しいコンセプトとして「技術人事」の助っ人ということに気づいたことを書いたが、その後何人かの人と話しているうちに「技術人事」は多くの「専門職人事」に通じるということに気づいた。

先ずは旧知の弁護士さんからの相談に乗った時のことである。まだ若い彼はその弁護士事務所の中で最近「パートナー」になったそうである。つまりは一弁護士の立場からその事務所の経営側の一員となったわけである。その彼の悩みと相談は、部下や後輩たちの人事評価をつけたり指導することは何か雑用のような気がして、弁護上の難題に取り組むほどには意欲が湧いてこない、というものであった。

しかも先輩や上司からは「君の好きなようにやっていいよ」と言われ任せてくれるのはありがたいのだが、何にも指導をしてもらえないことに戸惑いを感じていたのである。聞けば、弁護士事務所やいわゆる「士業」の事務所の実態というのはどこもほとんど同じようなものらしい。

また美容関連の若手社長さんからの相談に乗っていた時も、サービス産業の宿命というかそこにはどこまでが「残業」でどこからは「残業」でないのかという区分が不明確であり、それが原因である課題を抱えているということを知った。

思えば、研究所勤務の時も医療機関を抱えた健保組合勤務の時も、そこは専門職の世界でありプロフェッショナルの世界であるだけに、部下管理や育成などマネジメント業務は自分たちとは無関係と考える風潮があり、その結果として縦割りの風土が強く横の連携がよくないという課題が蔓延していた。

しかしこれは何も研究所や病院だけの特徴ではない。およそ専門職が中心の組織には共通の課題なのである。ここ最近の人的交流を通じてそういうことに気づいた。だとすれば、「技術人事」の経験はメーカーだけでなく広く色々な業種ででもお役にたてるのである。また中小企業に限らず大手企業にとっても大きな課題であるだけに、まだまだ活躍のチャンスがあることが見えてきた。よし!これをきちんと整理しまとめてみよう!

「長かりし技術人事の経験を他の専門職の世界で活かさん」

「還暦を過ぎて今なほ世の中のお役にたてる幸噛みしめる」
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2012/2/15

「リーディングアサインメント研修」を進化させる  短歌

先日の東京でのHRD研究会に出席した。今回からは新しく男性の新入会員が参加した。ある大手企業のSE出身の人事課長さんである。今回の参加者数は彼を入れて5名と少しさびしい状況もあったが、当初予定の進行係が急に出られなくなったので、例の先輩社長が前回に続いて取り仕切ることになった。

継続的なテーマは、21世紀の産業界を盛りたてリードできる「ニューミドル」の研究であるが、今回もリーディングアサインメント方式で臨むこととなっていた。今回の課題図書は「個を活かすダイバーシティ戦略」というもので、単なる国籍や性別だけでなく年令や価値観など様々な「多様性」があるということと、ダイバーシティを戦略として取り組めば業績向上に役立つということが主な内容であった。

それはともかく今回の進行係は、皆が事前に何度も本を読んだうえでせっかく何枚も「事前課題」への回答を作成して行っていたのに、それは机上には出すなという指示をいきなり出した。そればかりでなく彼は、事前課題とは別の課題を書き出したペーパーを取り出して、それをもとに議論を始めたではないか。これには新入会員だけでなく他の常連メンバーたちも思わずのけ反りそうになってしまった。

しかしながらおっとり刀で臨んでいるうちに、議論はどんどんと深まって行くではないか。それは課題図書の受け売りではなく自分自身の中である程度こなれたものをやり取りするからにほかならない。そしてそれは自論の展開を余儀なくされるので受身感がなく、また頭をフル回転させなければ議論に取り残されそうになるという緊張感と快感を与えてくれた。

またしてもあの先輩社長に一手取られてしまった感があり少々悔しいが、まだまだ進化の余地はありそうだ。次回の担当はこの私なので、その進化をどのようにメンバーに感じてもらえるか考えなければならない。またひとつ新しい課題が増えてワクワクしてくるばかりである。

「リーディングアサインメント方式の魔力に魅かれ課題図書読む」

「回を追ひ進化を遂げる学習の方式に触れ背筋伸びたり」
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2012/2/8

樹氷と霧氷  短歌

冬の風物詩のひとつに「樹氷」がある。有名なのはやはり山形県の蔵王の樹氷ではないだろうか。樹氷とは、針葉樹のアオモリトドマツが日本海から吹き付ける季節風に触れて氷結し、雪を付着させながら風上に向かって成長してできるもので、3月上旬まで鑑賞できるという蔵王の樹氷は、今年は特にがっしりとしたものが多いそうである。

ところが、この「樹氷」とよく間違われるものに「霧氷」がある。霧氷というのは樹木の枝に付着した雪が凍りついて花が咲いたようになったものである。それはさながらまっ白い線香花火のようにも見え、繊細な日本人の感覚にもしっくりと合う風物詩である。

というわけで、大阪など関西地区では樹氷は見ることはできず、霧氷が見えるのみである。にもかかわらず、奈良県と三重県の県境付近の高見山(たかみさん)や三峰山(みうねやま)、大阪府下最高峰の金剛山で見えるものが一部では樹氷と呼ばれることには私は違和感を覚える。

人間や会社の名前である固有名詞を間違えるのはもちろん言語道断であるが、こういう自然現象についてもやはり正確な名前で呼んであげるのが大切ではないだろうか。

「世の中によく似て非なるもの多し固有名詞の間違ひ防げ」

「霧氷とふ雪の芸術また観むと白息吐きて高見山往く」

  一般的な「霧氷」
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  蔵王の「樹氷」
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タグ: 樹氷 霧氷 蔵王



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