2011/6/30

雲はもう夏色なのだ  短歌

先日は、梅雨の合間の晴れの日を選んで北摂の山林ハイクを楽しんできた。茨木市の山奥にある忍頂寺というところから歩き始め、竜王山を経て高槻市の摂津峡に至る約11キロのコースである。

歩き始めて30分くらいで到着できる竜王山の山頂からの摂河泉(せっかせん、摂津・河内・和泉の三国の総称)の眺めは最高である。眼下の茨木市や高槻市の向こうには大阪平野のすべての町が見渡せ、はるか彼方には我が生駒山や葛城山、金剛山、和歌山県との境の和泉山脈、そして淡路島までが一望である。

おかげで、このコースを予め一人で下調べハイクをしていたリーダーの私は大いに面目躍如である。参加の四人の皆さんに喜んでもらえることが最高に嬉しい。

景色を楽しみながらふと眼を少し上げてみると、そこにはモクモクとボリウム感たっぷりの白雲が湧き出している。これがもう少し発達したらみごとな入道雲(積乱雲)になるだろうと思われるような積雲である。

そういえばまもなく7月、絶好の夏山シーズンである。1ヵ月後に迫った3回めの後立山登山が楽しみである。そう、雲は間違いなく、もう夏色なのだ。

「梅雨空にふと見上ぐれば白雲のもくもく湧きて夏近づきぬ」

「北摂の雨乞ひ場なる竜王山けふは降らすな白雲たちよ」
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2011/6/28

後追いの法律と先倒しの法律  短歌

先日のテレビ報道番組で電力事業に関する世界各国の取り組みが紹介されていた。

その中で、アメリカのテキサス州では発電と送電が分離されて一社独占が排除され、結果として一般市民の生活が向上しているそうだ。これひとつを見ても、法律ひとつでこんなに市民の生活が変わるということがよくわかる。

言うまでもなく、日本では法律というものは決して先回りするものではなく、あくまでも現実に沿って後付けで作られるものであるとの認識があるが、広く世界に目を転ずればそうではない国や組織が存在するのである。

すべての法律がそうあるべきとまでは言わないが、内容によってはそういう側面があってもいいのではないだろうか。法律とは何のために生まれてきたのだろうか。それは人々の生命や財産を守り生活を豊かにするためのものとして生まれたはずである。

そういう原点と、法律は手段であって目的ではないということを忘れずに法律を運用している国と、法律が目的となってそれに縛られ過ぎている国とでは彼我の差はあまりにも大きいのではないだろうか。人事の仕事を担当する者にとっても肝に銘ずるべきことである。

「法律は目的とせず人々の幸せつくる手段と思へ」

「法律の運用ひとつで人々の暮らしを変へることを忘れず」
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2011/6/26

「漁業特区」を考える  短歌

昨夜のテレビで大震災への復興構想会議による政府に対する提言のニュースを流していたが、その中に「漁業特区」が盛り込まれたことを知った。また同時に、この「漁業特区」に対して宮城県など地元には賛成意見と反対意見があることも知った。

反対意見は、いずれは大企業と正面から戦わなければならなくなるという漠然とした恐れからのもので、ますます人の確保が難しくなるというものであった。賛成意見は、逆に若い人や新しい人の確保や技術の向上に期待するというものであった。

要するに、どちらの立場にある人も、共通した悩みは後継者不足であり優秀な人材集めなのである。では、いつから、なぜ、そういう実情になってしまったのだろうか。

私の知るかぎりでは、その原因の多くは既得権を守り主張する漁業や農業関係者と、それに迎合してこちらも自分達の利益を確保してきた政治家にあると思う。具体的には、各種の規制であり、助成金制度である。

つまりは、特区など規制の解除や緩和をこれまで放置してきたことが日本の漁業や農業の弱体化、競争力の衰退を招いたのである。だとすれば、今こそ規制緩和の絶好のチャンスである。ピンチのあとにチャンスあり、とはよく聞く話ではないか。全力を挙げて推進すべきであろう。

「そこここに規制緩和の要ありと聞くが進まぬ訳はなへんに」

「ニッポンの漁業は規制に助けられ守られすぎて力を落とし」
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2011/6/24

ドラマ「JIN-仁」を観て  短歌

テレビの「JIN-仁」を毎週楽しみに観ている。ブルーレイに録画して二回観たりもしている。観ておられる方も多いと思うが、舞台は幕末の日本である。

内容としては、現代の若い医師・南方仁があるとき幕末の江戸にタイムスリップして、意気投合した坂本龍馬の命を救ったり、次々と新しい医術で周囲の信頼を集めていく、という物語である。結末はまだわからないので、毎回手に汗を握っている。幕末という舞台設定もいいのかもしれない。

毎回のように引き込まれるのは原作がしっかりとしているからである。構想も大胆であるし、時代考証や人物描写も外していない。医学に関する知識や表現も適切である。そう考えてエンディングを注意深く見ていたら、何とこのドラマの原作は漫画であることを知った。

いくら骨太の原作が不足しているからとは言え、最近のドラマや映画の原作が漫画やアニメが多すぎることを苦々しく感じていたが、しかしいいものはやはりいい、と漫画やアニメに対する偏見を少しだけ見直してしまった。

「アニメでも原作よければ大胆にドラマとなりて人を魅了す」

「昔から小説嫌ひの我なれど時代小説には引き込まれ」
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2011/6/22

英語で道案内してしまった  短歌

朝からのいくつかの打合せが順調に進んだため昨夜は久しぶりに行きつけの縄のれんを訪ね、ほろ酔いで環状線に乗っていたら、大学生くらいの中国人男女ペアが交通案内図と駅名の表示とを見比べながら慌ただしく話し合っていた。

大震災以来、中国人観光客が激減したと聞いていたのと、程よい酔いも手伝って、「Can I help you?」と思わず尋ねている私がそこにいた。麻雀用語以外の中国語が話せない私は英語で尋ねたのだが、香港から来たそうなのでちょうどよかったのである。

聞けば、なんばに行きたいとのことなので、それなら私と同じ鶴橋駅で地下鉄千日前線に乗り換えたらいいと教えた。少し回り道にはなるが、わかりにくい地下鉄の乗り場まで案内して帰りかけたら切符の自動販売機の前でまた揉めているようだ。

しかしありがたいことに自販機には日本語の他に英語の表示ボタンもあったので、ここも何とかうまく切り抜けたようだ。どうやら彼らは最終的には心斎橋駅まで行きたかったようである。笑顔で二人に見送られてから、英語で道案内してしまったことに気がついた。

英語で話したのは何年ぶりであろうか。だからお世辞にも正しい英語、適切な英語であったとは思えず、急に冷や汗がどっと湧いてきた。しかしながら、そのあとには何とも爽やかな気分よさが残っていた。こんな時のためにも、もう少し英語を話す練習もしておかなければならないなあ。

「外人と薮から棒の英会話ほろ酔ひならばこそ大胆に」

「外国で道のわからぬ心細さ覚へのあれば進み教へり」
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