2010/9/29

生駒市への転院を実行して  短歌

前にも書いたが、私は3ヵ月に1回の割合で血液検査を受けている。それは6年前に判明した「骨髄異形成症候群(略称:MDS)」という症状があるためである。病気ではないのだが、血液中の白血球と血漿板が規定値よりやや少なめなので、念のため定期的にチェックしているわけである。

過去のデータを調べてみたら、10数年前からずっと同じレベルで推移しているし、登山などの運動や食べ物、アルコールなどの制限はもちろん何もない。ある医師の曰く、「無病息災よりは一病息災と言って、むしろ一つくらいは持病を持っている人のほうが健康に留意するためかえって長生きをすることが多い」。納得できる実感である。

これまでは手際がよくてかつ説明もうまい名医がいるので通い慣れた守口市の病院にお世話になっていたのだが、自宅からはあまりに遠いので、名医に紹介状を書いてもらい、今月からは地元生駒市の病院に転院した。

早いもので、生駒市への転居からまもなく3年になる。日ごろの生活基盤だけでなく健康管理の点についても、生駒が基盤となってきたことをひしひしと感じる今日このごろである。

「骨髄は血液つくる工場と例へて医師は検査続ける」

「血液の成分少し不足して念のためなる検査を受ける」
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2010/9/27

高石ともやのコンサート来たる  短歌

昨日、高石ともやのコンサートが我が生駒市中央公民館で開催されたので妻と二人で聴きに行った。コンサートは、黒人のドラマーと二人の掛け合いのような形でテンポよく進んで行った。会場内は団塊の世代を中心に、やはり中高年が圧倒的に多いようだ。高石ともや自身も来年で70才になるそうだ。

冒頭から「想い出の赤いヤッケ」が演奏されると、たちまち彼の世界に引き込まれて行く。そしてこれも彼の代表曲である「受験生ブルース」になると懐かしさも頂点に達する。さらには「友よ」などでは観客にも一緒に歌わせる演出により、会場内は舞台と一体になる。

そのほかにも「あの素晴らしい愛をもう一度」や「戦争を知らない子供たち」、「風に吹かれて」など、フォークソングの有名曲が次々と紹介されていく。改めて、我々団塊の世代にとってはフォークソングこそが自分達の時代の音楽であったような気がする。チケット代一人1500円は間違いなく安いものであった。生駒市では、他にもトランペットの日野皓正などのミュージシャンが定期的にコンサートを開いている。生駒市はやっぱりいい町である。

「この町でフォークソングのコンサート客も演者も団塊世代」

「この身にもいまだ熱きの残れるやフォークソングの熱にしびれて」
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2010/9/24

今どきの大学生相手の講義を開始して  短歌

一昨日からいよいよ、ある大学で1年生対象のキャリアデザイン論の講義が始まった。開講にあたっては、なぜ人生設計という意味のキャリアデザイン論を大学として設定しているのか、そしてそれをなぜ1年次からやるのかという根源的なことの解説から始めた。しかしながら、半年前に高校を卒業して大学生になったばかりの受講者のほとんどは何らの目的意識もないまま講義に出席しているのが実情である。

すなわち、大学を卒業し社会人になってからを含めたあなたの人生を少しでも豊かなものにしていこう、そのためにはこれから先の4年間の大学生活をどう過ごすべきかを共に考えましょうという観点から14回に及ぶこの講義が設定されたのだ、という目的を冒頭で説明しても、残念ながらそれに対する反応は極めて希薄なものであった。ただ、講義の中で実施したグループワークの第1回目の報告書をつぶさに読んでみると、2クラス計160名のレポートの中には少しはその意図をわかってくれている気配の記述があったことが嬉しい。

思えば、自分自身のこのころを考えたら彼らとどれほどの違いがあっただろうか。何らの目的意識も目標もなく、ただ朝が明けたらやってくる毎日の事象に対症療法的にやっていた、そんな自分の毎日が明確に想い出されるから、私に彼らを叱咤したり責めたりする資格がないことだけは明白である。しかし若者というものはそんなものなのではないだろうか。同時に、だからこそ限りない可能性をもっているということもできるのではないだろうか。我々がやるべきことは何か、我々がやってはいけないことは何か・・・、今どきの大学生を相手の講義を開始して、そんなことに思いを巡らせた。

「今どきの大学生は何思ふ何も思はず暮らせり我は」

「繰り返す歴史の中に我ありて若者に問ふ人生いかに」
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タグ: 大学生 講義 今どき

2010/9/21

利き手は変えられる  短歌

7月の右手首の骨折以来、左手中心の生活が続いたせいか、パソコンのキーボードや箸などを左手で操作することがうまくなった。箸については、自宅ではいざ知らず外食の際には自分だけのためにわざわざスプーンやフォークを出してもらうのは気が引けるので、左手で箸を使う場面が多かったせいか、柔らかいそばや丸い豆やつぶれやすい豆腐でさえ箸でつかめるようになったくらいである。

その一方で、反動と呼べるようなことも発生している。例えば車の運転である。これまでの数十年間は特に何も意識はしていなかったが、どうやら右手が中心の運転をしていたようだ。しかし骨折以後は左手中心の生活をしていた反動か、運転もどうも左手中心になり右手よりは先に左手のほうが動き出すのである。そのせいで何となく左右のバランスがおかしな感じがするくらいである。

これらのことから考えて、利き手は変えることができるのではないかと思われる。普段ならそんなことは考えもしないが、今はそういう風に考えることができたようだ。人によっては、イザという時に備えてわざわざ左手の訓練をする人もおられるらしいが、私の場合は期せずして左右両刀遣いができるようになったようだ。人生何が幸いするか、まさに人間万事塞翁が馬であり、来たるべきCDAの2次試験のときにも利き手を抑えてカウンセラーとしての手のほうが前面に出るようにしたいものである。

「利き手とははかないものよ二ヵ月で左の腕(かひな)で右を補ふ」

「痛恨の骨折から早や二ヵ月で利き手補ふ左の成長」
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2010/9/19

一年ぶりの宿泊登山  短歌

昨日から今日にかけて、いつもの仲間達と大峰山系の山上ヶ岳に登ってきた。メンバーは四人、幸いにも二日間とも見事な日本晴れで、心から山歩きを楽しむことができた。実は私だけでなく我々名山会にとっても、宿泊登山は昨年9月の御岳山以来一年ぶりのことである。

計画では今年のゴールデンウイークは兵庫県最高峰の氷の山、7月は富士山、8月は南アルプスの甲斐駒ヶ岳と仙丈岳に登ることになっていたのだが、7月と8月は私の骨折のため、その他もメンバーの急な都合のためそれぞれ直前に中止となっていたからである。今回の登山についても、担当リーダーのお嬢さんの出産が二週間近く早まったため出発前夜に参加を断念することになった。そういう背景があっただけに、今回の登山は名山会にとっては大きな意義のある例会であった。また私にとっては、骨折から復帰の第一戦なので特に感慨深い登山となった。

思えばメンバーの年令構成は71才から44才に分布し、自分自身や家族の健康、家庭、仕事の問題などが突発的に起こりやすい時期にきているのかもしれない。いわゆる「ライフステージ」に伴う問題である。私自身の体力も確実に衰えを感ずるときがある。名山会にとっても私自身にとっても、ひと昔前に立てた長期計画の見直しが必要になっているのかもしれない。天候にもメンバーにも恵まれ、素晴らしい大自然の景色を堪能した山行ではあったが、一方ではそういうことも考えさせられる例会であった。

「会として一年ぶりに成立す遠征登山に思ひ複雑」

「大峰は父も好みし山なりき我も見下ろす西の覗きで」
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