2010/4/29

あれからもう1年ですか  短歌

昨日ふと気づいて、このブログの第1回目を見直してみた。日付は2009年4月26日であった。そうです、これを書き始めてからちょうど1年が経ったのです。「自分に『はじめまして!』」と題した第1回の記事は、私が先輩から勧められて1年半前から短歌を始めたことと、その上達のためにはできるだけ多くの人に作品を公表して大いに恥をかきそこから学ぶこと、そのための手段の一つとしてこのブログを始めたことを伝えていた。

短歌も一人前になればその背景などをいちいち説明しなくても十分なのだろうが、気の向くままに我流で作歌している私のような初心者にとってはその歌を詠んだ背景や伝えたかった気持ちを補足説明する必要性があるし、仮にそうでなくても記録としての価値はあるので説明つきの短歌も悪くはないかと考えて始めたものである。その程度の軽い気持ちで始めたものだから、こんなに長く続けられるとは思っていなかったし、1年間で230件も書けるとは夢にも思わなかった。230件と言えば3日に1件の割合である。

こうして1年が経った今まず思うことは、短歌というものの腕前は全く上達していないなあということである。それは、短歌が先にあって即ち主題が先にあって、しかる後にその解説をするという当初考えたスタイルになっていないからであろう。ブログというものがまさに日記と同様にこんなに気軽に書けるものなので、ついつい心に浮かぶよしなしごとを徒然なるままに書き綴りやすいからかもしれない。感じたことをダラダラと書き、それを短い文章で言い直したものがここでの短歌になっているのである。即ち短歌ではなくブログを書くことが主目的に変わってきているのである。これでは本末転倒かもしれない。

しかしながら、それはそれでもいいのではないかと思っている。短歌を始めたきっかけも自分のその時々の心境や感じたことを何かの形で残しておきたいと願ったことであったのでそれもいいか、これも自分のスタイルなのだから、と考えることにした。現に、この1年間には実にいろいろな経験をした。中でも半年前の前職の突然の退職は自分自身にとっても青天の霹靂であった。またそれ以上に周囲の人達に大きなご迷惑をおかけした事件であった。しかし今ではあの退職に関わった人達全員に感謝している。そしてその後も多くの方々のご支援やご配慮があってここまで立ち直れることができた。さほどに、書き残しておきたい心境にかられる事象が次々と出てくるのである。

そんなわけで今後もこのブログは従来どおりの展開をしそうなので、「短歌集」の発刊には縁遠くなってしまったが、ある程度の件数がたまった時点でブログの製本化は検討してみたいと思っている。あの先輩社長のように。

「つれづれに書き綴りたるこのブログ一年続くと誰ぞ思わん」

「つれづれに心に浮かぶよしなしを書き綴りたるブログに頬ずり」
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2010/4/28

進化、変化の進み方  短歌

進化や変化の進み方というものは、誰の目にも明確にわかるように一気に進むものではないのかもしれない。例えば季節の変化でも、気温は昨日と今日で10度も上がったり下がったりすることがあるし「三寒四温」という表現があるとおり、単純に上がり続けたり下がり続けたりするものではないようだ。

企業や個人の体質の変化や進化についても同様で、行ったり来たりしながら徐々にある方向に向かって行くものではないだろうか。もしそうだとすれば、大切なことは、方向性が狂っていないかという確認をすることと、結果が出るまでじっと待つという姿勢なのではないだろうか。社会現象と自然現象とでは表れ方は違うのだろうが、一旦変化や進化の方向性が決まったら焦らずあわてずに待つ、辛抱するという姿勢が大切である。人材育成の上で促成栽培は望めないと言われる所以であろう。

一方、私の好きなことばに『士別れて三日なれば刮目して相待すべし』というものがある。三国志に出てくる呉の武将である呂蒙があまりにも無学であったため、主君である孫権から「博士にまでなる必要はないが多少は教養を身につけよ」と諭されたのに発奮して猛勉強し、博学の武将となったエピソードである。このように、しばらく会わなかった人と再会した時には、その人はまるで別人のように成長していることもあり得るから先入観だけでその人を見てしまってはいけないという側面もある。

逆に言えば、しっかりとした目標をもちそれに向けてたゆまぬ努力を必死でやっている人は必ず何らかの成長をしているものと言えるだろう。目にはさやかに見えなくとも、いつの間にか変化や成長している人物は多い。

例年どおり桜が散ったあと麓から順に薄緑色に染まっていく新緑の我が生駒山を見上げていて、そんなことを考えた。

「変化とは目にはさやかに見へぬもの昨日と違ふ何かを秘めて」

「新緑を裾から順にまとひたる生駒の山の青さふくらむ」
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タグ: 進化 変化 進み方

2010/4/26

短所を長所化する  短歌

世の中には、長所は長所として活かしながら短所までも長所化している人達がいる。先日も、東京から大阪へ帰る新幹線の中で、隣席の二人のビジネスマンが激論を交わしていた。話の内容から想像すると、化学系の中小企業メーカーの社長さんと中堅商社の部長クラスという感じの二人であった。話題は両社の取引先の新製品についてであり、どうやら化学製品としては失敗作なのだが、これを農業用に使うと素晴らしい性能が期待できる、というような内容であった。

これを聞いていて、スリーエム社が大ヒットさせた「ポスト・イット」のことをふと思い出した。多くの方がご存じのように、あの商品は自動車メーカーの塗装工程で使うマスキングテープとして開発されていた中で、接着力が弱すぎるので失敗作とされていたものである。それをある技術者が日曜礼拝で歌う讃美歌の歌集の付箋代わりに使ったところ、粘着力が強くないのでどのページにもくっ付くし、はがしてもあとが残らないことがわかり、付箋用として発売したところ世界中で大ヒットしたそうである。

これを人間に置き換えてみても、同じようなことがあるのではないだろうか。人間という存在は当然ながら長所も短所も持っている。しかしながら例えば、よく気が利くという長所は小さなことにこだわりやすいなど、長所というものは短所の裏返しであることが多いのではないだろうか。そう考えると人間なんてまんざらでもない。自分の短所も使い方次第・考え方次第で長所にもなり得るのである。全く気にしないのもどうかと思うが、自分の短所のことをあれこれと悩むことはない。大切なのは自分の性格の色々な面を理解しておき、その長所と言える側面が発揮されやすいように行動すればいい、要は使い方次第なのではないだろうか。

「あれこれと自分の短所で悩むよりそれを逆手に長所へ変へよ」

「人として短所ばかりと嘆くまい 短所は長所の裏返しなり」
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2010/4/24

「おなかに赤ちゃんがいます」というメッセージから  短歌

昨夜、東京から大阪への帰りの新幹線の中で、近くの席の若い女性のバッグに「おなかに赤ちゃんがいます」というメッセージ・カードがかけられているのに気づいた。なるほどまだ若いその女性はビジネスパースンらしい大きなバッグも持ち、分厚い本を読むことに熱中しているが、まだおなかの大きさは目立つほどではないようだ。そのカードがなければ妊婦であることは誰にもわからないだろう。

自動車のリアウィンドウに「Baby in Car」というメッセージは見たことがあるが、こういうのは初めて見た。しかしながら、それを見た印象としては何かほのぼのとした気持ちになれた。結局その人に声をかけることはしなかったものの、その人と赤ちゃんを応援したい気持ちになったし、何となく守って上げたい気持ちになり、その人に何か災いが近寄らないようにと、時々はその人のほうを見守っていた。

こういうケースのように、さりげなくでいいから自分の状況や事情を第三者に伝えることは大切だと思う。伝える努力をしないことには周囲の人はわからないのである。また逆に、一見年老いて見える人であっても自分の体力に自信のある人は「私はまだ若いので、座席を譲っていただかなくて結構です」というのがあってもいいかもしれない。要は、外見ではわからないその人の事情や考えというものは、できる限り周囲に伝えるようにした方がいいのではないだろうか。予期せぬトラブルや勘違いの予防のためにも伝える努力は必要だと感じた。

「世の中の弱者は不要なためらひを捨てて己の弱み伝へむ」

「伝へずにわかってくれぬと嘆くより伝へ相互の理解深めん」
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2010/4/23

社会人の顔つきになってますよ  短歌

昨夜は、東京でのHRD研究会の例会であった。2月の例会が流れて久しぶりの開催であったせいか、大阪からのメンバーの一名を除き、全員参加となった。

今回のテーマは、夫の海外赴任を機に欧州を訪問して見聞した教育会社女性幹部のグローバル教育の実情レポートと、大学を卒業してこの4月から社会人の仲間入りした最年少メンバーの新入社員研修体験記であった。

その中で新入社員である最年少メンバーは、期待と不安で迎えた入社式やその後の研修の感想やエピソードを語ってくれたが、彼女の顔つきは四ヵ月前の前回とは違い、既に社会人の顔つきそのものになっていた。

入社式で社長など幹部の前で新入社員代表としてスピーチをしたという彼女の表情からは、社会人入りした安堵感と、たくさんいる同期生の中で既にリーダー格としての期待に応えつつあるビジネスパースンの自信のようなものが漲っていた。さすがは現役大学生の頃から大人の社会人中心のこのHRD研究会に参加していた人物だけのことはある。

この人物の力量や可能性を見抜いて採用した会社もなかなかのものだと思うが、そういう会社を見つけ出してきた彼女のすごさを改めて感じさせられ、同時に嬉しくなった。今後の成長がますます期待され、楽しみである。

「人間の大きさ魅力は年令や性別でなく備はるスケール」

「スケールの大きな人と話すときなぜかこちらの心も膨らむ」
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