2010/3/31

ミズバショウが咲きました  短歌

「ミズバショウ」と言えば、有名なのは尾瀬であろうか。尾瀬ではなくとも、初夏から夏にかけての高山で見かける植物であるが、それが近畿地方、それも大阪近郊の低山でも見られるのはあまり知られていないのではないだろうか。

私の知るその生息地は大阪府と奈良県生駒市の境目にある交野山(こうのさん)キャンプ場近くの八橋付近の湿地帯である。そこのミズバショウが1週間くらい前にもう咲き始めていた。それが下の写真である。

咲く時期としては例年より少し早い。しかも数年前と比べると花の数が増えているようである。こういう珍しい花を身近で見つけると嬉しいものである。

そう言えば愛犬の散歩で通る道端でも、桜だけでなくオシロイバナやヒメオドリコソウなど、春の野草が花を開き始めている。さあ明日からは新年度が始まるのだなあ。

「近郊の野山にひそりミズバショウ身は小振りでも凛として咲く」

「道端の植木の裾に咲く野草誰のものでもなき美しさ」

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2010/3/30

リピートオーダーのありがたさ  短歌

昨日はあるお会社の、新年度の目標管理の個別面談に立ち会うため、そこを訪問してきた。そのお会社とは昨年度から中堅社員の能力開発の仕事を受注させてもらっており、この3月末でひとまずの区切りを迎えていたのだが、引き続き新年度の受注、即ちリピートオーダーをいただいたわけである。

今回は、社員のやる気を向上・持続させるための仕組みづくりと個人別カウンセリングの仕事である。経営的に厳しいこの時期に人材育成など社員のことにお金をかけようとするくらいだから、たいした経営者であり、頭が下がる思いである。道理で、この経営者は顧客先からの信頼が厚く、商売だけでなく様々な相談にも乗ることが多いらしい。その結果、こんな景況にもかかわらず何とか赤字は出さずに持ちこたえているそうだ。

実は、このお会社の他にも当社が継続的に人事顧問を担当させていただいているメーカーがある。ここは当社としての第一号の契約先である。このお会社も赤字は出さずがんばっておられるのが共通点である。おかげで、私としてはやりたいことがやれるし、当社としても一息つけるわけであり、こういう時期にも拘わらず仕事がいただけるのは何ともありがたいことである。

リピートオーダーがいただけるということは、最初の仕事に満足していただけた、あるいは私の仕事に信頼あるいは期待していただいているということであり、私にとってはこれほどありがたいことはない。

またそのほかにも2件ばかり、私を講師として登録したいと言っていただけるお会社が現われた。関係の方々のご恩に報いるためにも、私にできる精一杯のお手伝いさせていただく覚悟である。


「今どきの景気の厳しさものかはのリピートオーダーげにありがたき」

「人々のやる気高めることこそが会社を伸ばす道と知りけり」
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2010/3/28

「春雷」から想い出されること  短歌

先日来、全国各地で春の嵐が吹き荒れている。人々が長い冬から春の訪れるのを待ちかねている様を表わすかのように春にまつわることばは多いが、中でも「春の嵐」や「春一番」「春雷」など、春特有の気象を表わすことばが多いのに気づく。そう考えていて、ふと高校時代であったか「春雷」という劇を演じたことがあるのを思い出した。戯曲の作者名もその内容も忘れてしまったが、なぜかその題名だけは今も記憶している。

私と演劇活動とのかかわりは小学生時代にさかのぼる。教科の中でも特に国語が得意であった私に、ある小学校の教諭の傍ら児童劇団を主宰している先生から入団のお誘いがあったのは、確か4年生のころであったろうか。その後、中学に入ってもすぐに担当の先生からご指名がかかり何の抵抗もなく演劇部に入部したら、すぐに「城跡」というその先生の創作劇の練習にとりかからされた。そしてその年の夏休みには何と、NHK教育テレビの1時間ドラマとして放映されたのである。昭和35年ごろの話だから当然白黒テレビであったが、いい記念になった。当時はまだ家庭用のVTRもなかったから、普通のカメラで三脚を立て、シャッター速度をテレビの走査線と同期させた30分の一に合わせて画面を何枚か撮影したのが残っている。

そこでまた思い至ったのは、もしかしたら最近CDAやEQの勉強をしている中で意外にEQのスコアが高く表われるのは、昔、児童劇団や中学・高校・大学時代を通じて演劇部で活動していたことが作用しているのかもしれないということである。活字だけのシナリオから、せりふやト書きによって、自分の演ずる人物像を徹底的に「プロファイリング」し、それを演じて見せるという作業を繰り返したことで、EQで言うところの「情緒的表現性」や「情緒的感受性」「ノンバーバルスキル」が知らず知らずのうちに育まれていったのかもしれない。そう考えると、子供時代の経験もその後の人生や仕事とも深く関わりがあるのかもしれないと思えた。

「春雷を演じた記憶薄けれど情動理解に役立ちいたとは」

「演劇は部長経験だけでなく情動能力高める効果」
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タグ: 春の嵐 春雷 演劇部

2010/3/26

高津宮の献梅碑  短歌

最近は車でなく電車での移動が多いので、街を歩いていると色々な発見があり、ちょっと得をしたような気になれる。昨日は大阪市内南部の高津宮の前を通りかかる機会があったので、初めて境内に足を踏み入れてみた。入口の広さの割には、また街中の神社の割には境内は意外に広い。私自身は、この神社のことは文楽や古典落語などによく取り上げられている神社として名前くらいしか知らなかったのである。

高津宮は、浪速の地を都と定めた第16代仁徳天皇を祭神とする神社である。天皇が高殿に昇られ人家の炊煙の乏しいのを見られて人民の窮乏を察し、直ちに諸税を止めて庶民を救済したという話はよく知られている。その仁政を慕い、平安初期の清和天皇が貞観8年(866年)に勅命によって築殿したのが始まりで、1583年に豊臣秀吉の大阪城築城に際し、比売古曽社の地に遷座となり現在に至っているそうだ。

境内をゆっくりと歩いていると、本殿の南側に献梅碑があった。我が国に論語十巻と千字文一巻を伝えたとされ百済から日本へ帰化した学者である王仁(わに)博士が、梅花に和歌を添えて仁徳天皇に奉ったという故事をもとに、毎年二月十一日に献梅会の氏子らが梅花を神前に奉納しているらしい。その石碑の説明文にあった王仁博士の歌が下記のもので、大阪市の市歌ともなっているものである。

   「難波津に咲くやこの花冬ごもり今は春べと咲くやこの花」

境内にはもう、梅ならぬ桜がみごとに咲きはじめていた。


「難波津を詠へる歌の多くあり文化の香り未来へ継がん」

「谷町を西へ歩きて高津宮 和仁博士らの遺徳を偲ぶ」
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2010/3/24

つい出てしまった「クセ」  短歌

昨日はある上場企業の新任管理職向けの研修会で90分の講演をやらせていただいた。今回の機会を提供いただいたその企業の元常務取締役で現在は顧問を勤める方も最後まで聴いてくれていた。

講演終了後その顧問に感想をお伺いしたら、実に率直に感想を述べてくれた。要するに、内容は今回の受講者には難しかったということと、時間の割にテーマが多すぎたということであった。即ち、ちょっとピンボケであったということである。私は、しまったと思った。

実は、先週までのCDAの勉強やEQの勉強の中でも、自分の「クセ」が出ていたことを思い出したのである。それは例えば、カウンセリングをする際の質問のときに、クライアント中心の質問とすべきところをカウンセラー中心の質問になってしまうことである。またカウンセリングというのはあくまでもクライアントの自問自答への支援であるべきなのについつい問題を解決しようとしてしまうことであった。

昨日の失敗も結局は私の「クセ」が出てしまったということである。今後はくれぐれも「クセ」が出ないように意識しなければならないと再認識した。またそれに気づけたことは収穫であったし、率直に感想を述べて下さった顧問に改めて感謝している。

「仕事では日ごろのクセが出ないやう留意しゐるもつひ顔を出す」

「意識して相手の立場に立つことをやるもなかなかうまく果たせず」
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