2009/9/30

会社員との決別と起業スタート  短歌

前述のように本日をもって現職を退職した。同時にサラリーマン、会社員との決別の日であり、40年の日々との決別の日である。

この私が起業、それも株式会社を立ち上げるなんて、誰が予想できただろうか。自分自身でも、しかも今に至ってもまだ信じられないのが実感である。しかしながらそれが現実のものとなってきたのである。

現職の会社のT社長ほか関係者の皆さま方のご理解とご支援によって、この1ヵ月間は起業のための準備に十分な時間をいただくことができたことには筆舌に尽くしがたい感謝の念を感じている。

お蔭さまで、新会社の事業コンセプトづくり、それを会社法に適した形で文書化した「定款」づくり、それを踏まえた「会社設立登記申請」についても2回にわたる事前相談によって、完璧とも言える準備が整った。あとは会社設立日である明10月1日の早朝に法務局へ申請書を届けるだけですべての手続は完了する。

本日も、今後の事業コンセプトを書き留めた資料を持参して、応援いただけそうな研修会社や組織診断ツール開発会社を表敬訪問してきた。皆さんそれぞれ、私のことを先生と呼んだり社長と呼んだり、代表と呼んだりするのである。肩書きは何でもいい、私は私なのだから。それでもこれまでとは何かが違う、何かを感じた。これがサラリーマンと経営者との唯一最大の違いなのかもしれない。

「六十路きて己が理想に旗揚げるちと恥ずかしも胸躍るもの」
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2009/9/26

現職の退職と起業の決意  短歌

この9月末日で、3年間お世話になった会社を退職させていただくことになった。松下電器産業を2年前倒し退職して、業種も歴史も規模も全く違う水道用給水機器のメーカーでの勤務であった。

思えば3年前も、前職で定年後に備えてそろそろ今後の仕事のことを考えようとしていた折に、たまたま「人事責任者を探している会社があるので行くだけでも行ってみないか」と信頼する友人から声をかけられたのがそもそもの始まりであった。しかし今回は何かが違う。

早いもので、あれからちょうど3年間が経過したが、おかげ様で周囲の皆さんからは信頼いただける関係が築けてきたので、今後は私の経験と自信のある人事の分野でお役に立てそうだ、これからお返しができそうだと考えていただけに、ここで退職させていただくことにはかなりの躊躇があった。またあまりにもやりかけの仕事がたくさん残っているだけに、関係者の皆さんには申し訳ない気持ちが強いし、心残りもある。

しかし今回は、今後やりたいことがはっきりとしていたため、あることを契機として、思い切って決断させていただいた。やりたいことというのは、親友のIさんが一年半前から始めた人事コンサルティングの事業を私もやりたいというものである。それは、「一人ビジネス」というコンセプトで、誰も使わず、誰にも使われないというものである。

彼の場合、定年の半年後に起業して、今では固定客もでき安定した事業運営ができているそうだ。彼の場合は、かなり前から下準備を入念にやっていたからこその現状なのであろうが、私の場合は何しろ急な退職となっただけに将来への不安は大きい。

しかしながら、やるとすれば今しかない、そう考えての起業である。一度しかない人生、今後は自分のやりたいことをやりたいようにやってみたい。その上での失敗なら納得もできるというものである。逆に、もしその事業活動を通じて一人でも多くの人のお役に立ち、私の人生テーマである「人と組織の活性化」が少しでも図れたとしたら本望である。

「六十路きて会社勤めに決別し起業の二文字武者ぶるひする」

「これからは何をやるにも全責任負ひて進める背水の陣」
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2009/9/23

秋の気配  短歌

「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かれぬる」・・・古今集の中の藤原敏行の有名な歌である。秋のお彼岸の時期だが、身の回りには季節感を感じるものがたくさん見られる。

雲はいつの間にか夏らしい入道雲が姿を消し、すじ雲やうろこ雲、いわし雲に主役が変わっているし、野山には赤い彼岸花が咲き誇っている。自宅周辺の田では稲穂がかなり頭を垂れ始めている。先日までは7時過ぎまでは明るかったのに、ふと気づくと6時過ぎにはもう薄暗くなってきている。

愛犬と朝の散歩に出かけても、つい先週くらいまでは汗ばむくらいだった陽射しが、暖かくて気持ちいいなと感じる程度に変わっている。人々の服装もまちまちだが、それでもやはり長袖の人が増えているし、中には薄めのコートを羽織っている人まで見かける。

昨日は墓参りのため、母親を載せてマイカーで和歌山まで出かけてきた。お寺には数組の家族が墓参りに来ていて、お互いに「ようお参りです」と挨拶を交わす。気持ちのよいものである。

人はこのように、自然の営みの中や毎年の行事や慣習など、身の回りのできごとの中に季節を感じるのだなあと改めて思った。「こういう時候になったなあ」としみじみと感じられるのはやはり四季の中では秋だけではなかろうか。四季の変化を楽しめるこの国に生まれてよかったとつくづく感じる瞬間である。

「天高し雲の動きを眺むれば常に姿を変へて流れる」

「天高し今年の夏は短くて何とはなしに秋の近づく」
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タグ:  季節感 四季

2009/9/20

「ちょい山」を愛でる  短歌

絶好の秋日和の中、昨日は「ちょい山」に出かけてきた。メンバーは、先日も木曽の御嶽山に同行した親友のIさんと、事情があって同行できなかったMさんと私の3人であった。

行き先は、彼ら二人が住む寝屋川・枚方地区からほど近い交野山(こうのざん)周辺の低山である。彼ら二人は、枚方市、私市(きさいち)経由でくろんど池を目指し、私ひとりは生駒市から高山町経由でくろんど池を目指した。

私が生駒市に転居するまではメンバー全員が同じ駅に集合し、全行程を同じく行動していたのだが、ここ2年はそれが大きく変容した。それでも、いつものとおり睡蓮池のほとりの管理棟で合流した三人は、そこいらの駅前で待ち合わせたかのように、ごく自然に合流しその後の半日を共に過ごすのである。

既にこの1月に古希を迎えたMさん、私と同期生ながら数ヵ月の時間差で62才になったIさん、そして2月までは61才の私の3人は、いつものコースをいつもの足取りで目的地まで歩くのである。

口には出さないが、全員が「いつもの東屋(あずまや:本来は「四阿」と書く)が空いていればいいのに」と願うのだが、あいにくシルバーウィークと名づけられた5連休のせいもあってか、四阿は先客に占領されていた。やむを得ず、そこをやり過ごして、次のスポットに向かった。

「定位置」というのか、そこで3人は水を得た魚のように元気を取り戻し、先ずは缶ビールで乾杯、そしてお互いの近況報告を肴に、次から次へと話し始めるのであった。下山後も、JR駅前に近いスーパー銭湯でひと汗を流し、そのあとも生ビールで乾杯である。そこにはストレスもノルマもない。あるのは、自然な感情のやり取りだけである。

これが「ちょい山」の真骨頂である。一方ではトレーニング、一方では懇親会、また一方では相互の激励会でもある。これぞ「ちょい山」の真髄と感じた。今後も、3000m峰への挑戦は続けるが、一方では何があっても「ちょい山」は続けたいものだと改めて感じ入った。

「古希を過ぎ家族に足止め食らひたる友の姿に我の先見る」

「メンバーで一番体力ある君の脱落を見て我も脱力」
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2009/9/18

2年ぶりのクラス会の計画  短歌

先日も書いたが、東京で勤務している高校時代の友人から「二年毎のクラス会は今年開催だったよね?」とメールがきた。確かにそのとおりで、前回までは5年毎であったクラス会を2年毎に変更したのを思い出した。

彼の希望としては、日にちは11月の三連休の初日なら帰阪できるとのこと、ここは遠来の友に都合を合わさざるを得ない。とりあえず日にちだけは仮決定ということにして、幹事グループのメンバーに打ち合わせの日程調整の連絡をした。

そういえば、前回は、一部の参加者から会場について変更の提案が出ていたので、それをどうするか検討せねばならない。

このクラス会は、高校三年生のときのクラスであり、55人クラス17組のひとつである。思えば団塊の世代向けのマンモス高校であったことを思い出す。

あるとき、その学年全体の同窓会が和歌山市内で開催され、我々のクラスが比較的たくさん出席したのを契機に、数年後にクラス会を開催し、以降5年毎に続けてきたものである。

同窓生はやはり地元和歌山市に残っている人が一番多いが、大阪にいる人も同様に多く、遠くは東京、横浜、高知からも参加してくれるのがありがたい。

さて今回は会場を変えることによって会の運営をどうするか、考えどころである。

さあ、案内状のための往復はがきを買い込まなければ・・・、私にとっては二年ぶりの楽しい時期がまたやってくる。

「アラ還の二年ぶりの再会へ案内状の文案を練る」

「久々の再会果たすクラス会打合はせさへ楽しむ我は」
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