2009/8/30

孫の宮参り  短歌

きょうは三人目の孫の宮参りがあり、里帰りしている娘と孫に配慮して、婿殿は私の自宅の近くにある生駒神社を宮参りの場所に選んでくれた。大安のせいか、同じように宮参りに来た家族が次々と社務所で手続きを済ませ、順番に本殿に招き上げられていく。

生駒神社は往馬大社とも呼ばれ、少なくとも1500年以上の歴史をもつ由緒ある古い神社である。

神主の祝詞を真剣な表情で低頭して聞く若い夫婦は、子供が二人目のせいか、なかなか落ち着いたものである。

ご祈祷が終わり形ばかりのお神酒をいただくと、あとはお決まりの写真撮影である。生後一ヶ月の赤ちゃんを、先ずは父方のおばあちゃんが抱き抱えて記念撮影に収まると、次は母方のおばあちゃんである我が妻が抱き抱えて写真に収まる、ようやく母親自身が我が息子を抱かせてもらって写真撮影である。

大騒ぎのうちに写真撮影が終わると、次は直会(なおらい)というのだろうか、参列者による会食である。

主人公である孫は、終始堂々として落ち着き払っており、周囲の喧騒にも泣きもせず、ミルクを飲む時以外はひたすらすやすやと眠っていた。

そのこと自体も「この子は大物になるかも」など、両親や両祖父母達の話題となる、そんな親馬鹿で和やかな一日であった。

「宮参り両親よりも祖母達のはしゃぎたるさま宮司困れり」

「産まれ落ちひと月過ぎて宮参り親も祖母らも巻き込み育つ」
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タグ:  宮参り 生駒神社

2009/8/30

キャリアの棚卸し  短歌

先日、管理職向けの研修のお世話をしていた時に、転職の経験のある一人の講師が「キャリア」のことを話し出した。その講師は前職で海外企業に単身で6年間も出向したこともある素晴らしい人物なのだが、50代半ばで転職することになったとき「職務経歴書」を書く必要に迫られた際に、自分の専門スキルは何か、他人に誇れる自分のキャリアとは何かが明確でなくて、たいへん困ったと述懐されていた。その人は「エンプロイアビリティ」(employability、他社からでも雇用され得る能力)を磨く必要性も訴えていた。

また先般のHRD研究会に参加していた時にも、自分のキャリアというものを明確に自覚していて、その上で新しい仕事にチャレンジしたりそこでバリバリと活躍している人がいる一方で、それを見つけるためにもがいている人もいたので、私自身もはたと自分のことを考えるに至った。

思えば3年前、前職を定年前倒し退職して現在の会社にいるのだが、果たしてこの3年間で私は何をやってきたのだろうか、やれてきたのだろうかと、ふと考えたのである。3年前の時点では、私は、これとこれをやってきたので、こういうことでお役に立てます、ということを胸を張って言えたし「職務経歴書」にも堂々と書けた。しかし現在の自分はどうなのだろう。

この3年間は、そういう角度から自分の仕事や自分のやってきたことを考えることが全くなかった。現状に埋没してそういうことを考える余裕がなかったのが現実である。しかし3年というひとつの大きな節目に立って、一度キャリアの棚卸しをしてみる時期に来ているのではないかと感じた。3年ぶりに「職務経歴書」を書いてみることにする。

「来し方を振り返りつつ三年の成功失敗書き出してみる」

「これからの人生いかにいくべきか経歴書書きそれを探らむ」
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2009/8/28

人脈の重要性  短歌

人脈の重要性については今さら言うまでもないことだが、現実に太くて広くて深い人脈を持ち、それを活かしている人物が近くにいるので、たいへん勉強になる。

ただその人の素晴らしい点は、人脈を利用することばかりしないで、むしろ与えることを優先していることである。その結果、その人の周りには強固で幅広い人脈が着々とできあがっていくのだろう。

そういう人がいざ何か困った時や相談した時には、彼の人脈のどこかには必ずと言っていいくらい、適切な助言や支援をしてもらえる人物がいるし、またその人の人脈を使ってさらに適切な人物へとつながっていくこともあるようだ。

まさにテイク&ギブではなく、ギブ&テイクと呼ばれる所以である。

同時に人脈の広さや深さというものは、その人の、周りへの力の尽くし方や、その人の生き様を反映したものではないかと感じた。

「人脈の広さ深さはその人の人生映す立体鏡」

「人脈は人に尽くしたそのあとに尽くし度合ひに応じてできる」
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2009/8/25

企業再生に必要な人材  短歌

先日「社長のノート」という本を読んだ。それは、これまでに2000社を超える企業の再生事業に参画し、赤字会社の大半を建て直してきた長谷川和廣さんの書かれた本である。

この本の随所に、勝ち組に変わる仕事の考え方、進め方、仕組みづくりのヒントが書かれていたが、すごいなあと感じたのは、著者が実際にやってきた体験から出たものだという迫力であった。

それらの中で私が関心を持ったのは、次の内容であった。それは、赤字会社の再生が成功する要因が町おこしや村おこしのケースとそっくりだという指摘であった。町おこしが成功するために必要な人材は、@若い世代、Aイベントにのめりこむ人、Bよその地域の人だそうだ。

一方企業再生のプロジェクトに必要な人材は、@成功へのロードマップを素直に受け入れる人、A成功を信じて改革を推し進める人、B自分のセクションを離れてプロジェクトを俯瞰し、会社のもつ力を十二分に利用できる人、だそうである。

これら2つのケースに必要な人材に共通しているのは、@先入観がない人、A成功させようという熱意がある人、B客観的な目で進行状況を眺める人、ということになるそうだ。

なるほど、ものごとの成功にはやはりそこに共通する何らかの法則というかセオリーというか、成功するための要素、条件というものがあり、たまたまではないのだということを感じた。

「町おこし成功するには先入観捨てて熱意で進める人材」

「意外にも内部で固めず外からの知恵も集めて町おこし成る」
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2009/8/24

水道水の品質  短歌

我々は日ごろ何気なく水道水を使っていないだろうか。

私は現在、水道用の給水器具のメーカーに勤務している関係から、水道についての知識を得られやすいが、日本の水道水の品質は世界でも最高水準にあるそうだ。

蛇口をひねってそのまま何も気にせずに水道水を飲めるのは、世界の人口の中で約3%くらいだそうだ。

人口を66億人と推定すると約2億人くらいしか安全な水が飲めていないことになる。日本の人口が約1億人だから、それ以外の国々を合わせて約1億人が残りを分け合っている勘定である。即ち、国全体のまとまりで安心して水道水を飲める国は日本くらいしかないということである。

その貴重な「安心して飲める水」をあまりにも無駄に使っていないだろうか?使っていない時も水を出しっぱなにしていないだろうか。そう考えると、入浴や洗髪などの際も、こまめに蛇口を閉めて少しでも無駄な水の使い方をしないよう留意せねばと感じさせられた。

このように、自分たちにとっては当たり前であっても、客観的に見れば当たり前ではなく「ありがたき(めったにない)」こということが我々の周りにはずいぶんとあるのではないだろうか。人間というもの、それに対する感謝の気持ち、即ち「ありがたさ」を
忘れたらだめだろうなと、つくづく感じた。

「水道が無尽蔵だと見る日本ところ変はれば品さへ変はる」

「水道の水をがぶ飲みできる国世界で日本と稀な国のみ」
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タグ: 水道水 品質 安心



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