2009/6/30

いとこ会の開催間近  短歌

いよいよ7月25日にいとこ会を開催することになり、正式案内状を6月28日に発送した。

この計画が持ち上がったのが3月22日だったから、正式案内状まで実に三ヶ月要したことになる。

いとこの人数は15人、配偶者を入れると29人である。事前の予備調査では、その半数くらいは参加してもらえそうである。

年代は40代から70代後半までに広く分布するが、まだ全員存命なのはありがたいことである。

みんなが元気なうちに集まれるのは今しかないと思うので、できれば全員集合したいところであるが、自分自身や配偶者の健康に不安があったりするので、どうしても全員というのはなかなか難しい。
しかしそれでも、何とか一人でも多く集まってほしい、というのが幹事役の期待である。
そのため、当初の宿泊での会合はあきらめ日帰りに変更したし、会場も和室中心の旅館ではなく椅子席のホテルにした。会費も、パーティープランを利用して比較的リーズナブルな料金に抑えた。

さあ、あとは何人から参加の連絡があるか、楽しみに待つばかりである。

「いとことは言へど歳の差三十才会での話題に今から悩む」

「いとことは実に不思議な間柄兄弟でもなく他人でもなく」
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タグ: いとこ会 幹事 健康

2009/6/28

映画「剣岳・点の記」  短歌

今日は久々に家内と映画館に行き、「剣岳・点の記」という映画を観た。

ご存じの方も多いだろうが、これは新田次郎の同名の小説を映画化したものである。

内容は、地図作成のために陸軍測量部が明治20年から開始した三角点設置の物語である。明治40年、最後まで残された剣岳への初登頂を、数年前に設立され欧州の最新の登山技術と最新の道具を用いる日本山岳会のメンバーに先んじて果たすことを、陸軍の名誉にかけて命じられて、それを見事に果たした測量技師達の苦闘の記録でもあった。

この作品は、カメラマンの木村大作氏が初めて監督を務めた作品ということでも話題になっているそうだ。なるほど、ヘリコプターやCGを一切使わず、スタッフやキャストまで全員、自分の足で山に登らせて二年がかりで撮影しただけあって、その迫力はなかなかのものであった。

山岳会との登頂競争を強いられ、新聞や社会からも注目され煽られる中で、測量技師の柴崎は苦悶した上で、「何をやったのか」よりも「何のためにやったのか」が重要だと悟るのである。そして、自分のために登る山岳会よりも人々のために初登頂を果たしたのである。

しかし死との闘いを越えてやっとのことで初登頂に成功してみたら、そこには行者の使う錫杖が残されていた。既に1000年前に登頂された形跡が見つかったのである。だが、だからこそ「何をやったのか」より「何のためにやったのか」と考えた柴崎たちの行動は錆びつくどころか大きな意義があったのである。

測量技師達の苦闘の物語のテーマは、「孤高の人」や「聖職の碑」にも通じており、「さすが新田次郎の作品だ」と、原作の素晴らしさを改めて感じさせられた。

我々登山愛好家達は、全国各地に10万以上設置された三角点のお世話になっている。その点からも、記憶に残る映画ではあった。

「本物の山に登りて撮らばこそ自然の迫力目にせまりくる」

「懐かしき剣を映す大型のスクリーン観て手に汗にじむ」

「漫然と登るも高き目的を持ちて登るも同じ山なり」
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2009/6/26

友との語らいの時間  短歌

昨夜は、ある有名企業の人事責任者および、これまた巨大企業の労組幹部との会食の機会を得た。お二人ともアラファイブというのか、50才を過ぎたばかりの働き盛りである。

彼らとは、それぞれ別のある時期に私と共通の課題に取り組んだことがあり、私にとっては、言わば戦友という感覚を感じている関係の二人である。たまたまその彼ら同士も顔見知りであったため、昨夜の会合が実現した。

最近は、体重管理のためと嗜好の変化のせいで肉料理の機会はグンと少なくなっているのだが、昨夜は久しぶりに美味しいステーキを十二分に楽しむことができた。

アルコールが進むうちに、話題は自然とそれぞれの仕事の話になって行った。

それぞれの会社の経営環境の厳しさ、幹部後継者の育成の難しさ、企業風土の強化の具体策など、互いの課題意識や抱負などを語り、それに対する意見や提案などを述べ合っているうちに、時間はあっと言う間に過ぎて行った。

こういう知的な話題のときに流れる時間は、極めて早く感じられる。昨夜は特にそれを感じた。同時に、叶うものならば彼らとまた共通のテーマで闘いたいという気になったひと時であった。

「友ありて食し語らひ聞くうちに時計の針はいつか戻りぬ」

「戦友と思ふ人との語らひは心なごみて疲れ知らじも」

「友と逢ひ数年ぶりの語らひにしばし昔の吾取り戻す」
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2009/6/25

夏遠征先検討の楽しみ  短歌

6月も後半に入ると、例年ならもう夏山の遠征先が決まっているころなのだが、今年は何かと事情があり、まだ行き先は決まっていない。

幸い、日程と担当リーダーが私になることだけは先日調整して決まったのだが、行き先が決まらないことにはなかなか気持ちの高まりは望めない。

しかしながら、久しぶりに遠征の担当リーダーが私に決まったので、その検討が楽しみである。

一昨年・昨年と南アルプスが続いたので、今年の行き先は北アルプスがいいだろう。

北アルプスと言っても、もうほとんどは行ったことがあるので、かえって行き先検討に悩むのである。

しかも今年は、事情があり長期の休暇が取れないのが悩みである。

また交通手段はJRにしようか、新幹線も組み合わせようか、夜行列車や夜行バスだけは避けよう・・・などと思いは広がる。

「この夏の遠征登山の行き先は槍か穂高か思ひめぐりて」

「一年の総決算の夏山は意欲と体力ありてこそなり」
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2009/6/24

ライバルの重要性  短歌

今朝のテレビで、日本の女子短距離競技で二人の二十歳選手が違いをライバルとして意識しあい、結果として次々と好記録を更新していることを伝えていた。

思えば、スポーツの世界を中心として、ライバルの存在が偉大な記録に結び付いた事例はたくさん聞く。

しかしながら、ライバルの存在が互いの成長や大きな成果に結び付いた事例は、なにもスポーツだけに限ったことではない。

情緒が論理をコントロールするというEQ理論を持ち出すまでもなく、人は感情を持った動物なので、感情のありかた次第で潜在的な力を発揮できる例は多くの人が体験済みではないかと思う。

だとすれば、自分の成長のためには、いかに適切な「ライバル」を見つけ出すことは極めて大切なことである。意識してライバル探しをするべきである。


「ライバルは容易に得られがたきものもし得られたらそは宝もの」

「ライバルと競ひ合ふうち吾もまた成長せるをふと気づくものかな」
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