中国遼寧省大連で生きるおっさん

〜 「若者」もすなる「ブログ」というものを「おっさん」もしてみんとてするなり  一人の名も無きおっさんが、浅学菲才ながらも、自分の言葉と写真で、毎回一生懸命書いている大連ブログでございます 〜

 

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「支那」という言葉について考える

07年最後のエントリーとなる今日は「支那」という言葉を取り上げたいと思います。この言葉、多くの方には「差別用語」として、口に出すのも「ダメ!」と認識されている事と思います。

 

現在、実際のところ、この言葉が蔑称かどうか日本国内では意見が分かれており、議論の余地有りだそうです。従って(?!)現在は「放送禁止用語」でもなく、テレビにおいても発言時に「ピー」という音声が入れられる事もありません。某知事さんがマスコミを通じて多用する事は御存知の通りです。

 

現状の一般的な解釈としては「中国に批判的な人が使用することの多い言葉」といったところでしょうか。中国人でも日本に批判的な人が何でも「日本鬼(日本野郎、クソ日本)」を枕詞に使用するのと同じ感覚ですね。

 

日本の小・中学生の義務教育の教科書、また皆様のご家庭にもある日本地図、世界地図には九州の西方及び沖縄県の琉球列島の北及び北西側を指す海域の呼称として、東「シナ」海という表記が堂々とされています。当然この単語、日頃、多くの方々が特に違和感も感じず普通に使っています。ニュースでも『現在、台風○号は東「シナ」海を時速○キロの速さで北上中・・・』など台風シーズンにはおなじみのフレーズですね。

 

「シナ」も「カタカナ使用なら良い!」とか「漢字使用はダメ!」という討論はこの際止めましょう。口に出してしまえば発音・アクセント共に一緒であり、日本語が堪能な中国人の前で『あっ、今私が使った「シナ」という言葉は「カタカナ」の「シナ」だから誤解(気を悪く)しないでね!』などとは言えないでしょう。

 

では中国側はどう捉えているのでしょうか?こちらの方も千差万別というのが現状のようです。ここ大連ではパソコンで「支那」という言葉を検索しようとすると自動的にアクセス禁止になります。一方で「カタカナ」や「ひらがな」での検索は問題無く繋がります。まあ中国ですから「カタカナ」や「ひらがな」までもの検索(日本語フォント)は未対応というのが現状でしょう。日本人の「中国に批判的な意味での使用」に対しては当然のことながら認めない!でありますが、ではこの「支那」のいう言葉を完全に抹殺しているかというとそうでもありません。

 

ここに一枚の世界地図があります。大連の新華書店で購入した普通の一般中国人向け、中国製の物で、国名、地名などはもちろん全部中国語(漢字)です。

『世界全図』、出版は「ハルビン地図出版社」、発行は「2007年1月・第11版」、値段は6元でした。もちろん誰でも簡単に買う事ができます。

 

それを見ると中国雲南省とミャンマーの国境、そのミャンマー北部に「密支那」という都市があります。中国販売の世界地図に載っているぐらいの都市ですから中国側から見てそれなりの大きい都市、または何らかの意義がある都市と思われます。日本で販売されている日本人向け地図ではこの都市は「ミッチーナ」と表記されています。

 

私なりに調べましたところ、この中国・ミャンマー国境のミャンマー北部には四川省・雲南省の中国南部から日中戦争・及び国共内戦時の戦火を逃れるため、国境を越え、この地に移り住んだ方が多いとのことです。今ではこの多くの方々が「華僑」となり、実際、この地において小学校建設など「故郷」の再興、近代化に熱心に活動されている方は多いです。私は旅行先でこの方々とたまたまお会いした時、この「密支那」という地名の由来について聞いた事があります。

 

それによると

1、単に地名の「音(発音)」を漢字に当てはめた。

2、上記の歴史的背景を考慮した上で漢字を当てはめた。

の2つの意見を頂きました。

 

「支那」という言葉の解釈は今でこそ「日本人の中国に批判的な人が使用することの多い言葉」となっていますが、以前は逆でそうでなかったのは御存知の通り。中国側が自ら使っていた事も確認できます。

 

「自分に甘く、他人に厳しい」中国人、そして他国に対し内政干渉とも受け取られかねない行動もママ見られる中国政府、「支那」という単語のアク禁、そして言論・出版の自由が無い(検閲)というこの「性格」、現状を考えると、自国出版の老若男女、いや外国人まで誰もが買えるこのありふれた一般的な地図に他国の都市名とはいえこの単語を自ら(ここが大事!)使用、当てはめる、それも07年製現在の物にまで、ということは「決してありえない」、それどころか「極めて異常」と考えるのが当たり前なんですね。自国ならまだしも、どうでもいい他国の都市名ですから単なる当て字=似たような発音の漢字を当てるだけで良い。「中華」の国がわざわざこの「いわく付き」の字を選び、当てる必然性は無いのです。

 

蛇足ながらこの地図、日本海はしっかりと「日本海」と記されています(!)。どこかの国がわがままで主張する併記や改称はありません。

 

我が国の「東シナ海」呼称、表記、教育も「日中友好阻害、差別、反中・蔑視教育」を名目・理由に中国側から問題提起されれば「親中」福田政権、それも訪中のこの時、そして最大の野党も「親中」という今の「親中」一丸の日本の国会情勢では日本側としては対応せざるを得ない。「靖国問題」以上に相手(中国)側の主張に筋が通っている(正論?!)事が多い上、今の日本では「平等公平・格差是正」の実現には無条件に対応しなければならないということが「常識」になっているからです。でも実際、中国側はしてこない。「過去(自らの使用)」と「現在(「密支那」の使用)」があるからでしょう。

 

韓国の首都・ソウルもつい2,3年前までの呼称、表記は「漢城」でしたが、「マイナスイメージ」を含むという韓国側の提起もあって、今では韓国側の提起呼称「首爾」の使用が一般的です。実際今では大連の飛行場や港、またこの07年版地図でも呼称、表記は「首爾」です。お堅いイメージの中国が相手側提起による呼称、表記の変更をあっさりと「認め」使用しています(驚!)。大連からソウルまでは飛行機で片道約50分。各エアラインが計1日5往復も飛ばしています。空港での「首爾」表示となった時の新鮮さは今でもはっきりと覚えています。

 

「支那」という言葉に敏感な方も「東シナ海」という言葉を使っていないかというとそうではない。この方たちが「東中国海(?!)」、または中国での正式呼称「東海」を使っているかと言うとそうでもない。長期滞在日本人の「自称・日中友好論者」に至っても「東シナ海」を平気で使い、口にし、「東海」に至ってはその名も知らないなんてのがザラにいます。「超」敏感な方でも日本政府に「東シナ海」呼称、表記、教育の疑問・変更を提起していない。中国政府に「密支那」呼称、表記の疑問・変更を提起していません。

 

「シナ」は良いが「支那」はダメ(?!)、「東シナ海」は良いが「シナ人」はダメ(?!)、と言われると私如きの人間にはよく分かりません。「しな」という言葉、口に出したら「発音・アクセント」共に同じで、使った事には変わらないんですから。私程度の人間でもすっきり分かる「公式見解」の日中早期発表をお願いしたいぐらいです。

 

もはや「言葉狩り」です。

 

長々と述べてしまいましたが、多くの方のおっしゃりたい事は『一般認識では「支那人」というのは中国人に対する蔑称表現であり、使うべきではない』という事でしょう。それは私も十分に承知しています。私も「日中友好、平等公平、平和共存」の理想を持つ日本人です。でもやはり現実は難しいですよ。この地に来ると、仕事が絡むと、尚更です。

 

日本における中国人のイメージは決して良いものではなく、マイナスイメージの方が強い、現実に外国人犯罪も国別に見れば中国人が際立っています。凶悪犯罪も少なくありません。これは事実です。この日本人の持つイメージ、現実を裏切らず(?!)そのまま踏襲してしまう一部の人間が私にとってのこの区別対象です。先日のこちら大連におけるスタバでの事件、タクシーにおける事件もこのような人間による一方的な犯罪です。一歩間違えれば最悪のケースを迎えていたかもしれません。こちらは何も(ほとんど)非が無いのにです。

 

日本と違い、こちらの暴力による喧嘩では必ず「とどめが刺されます」。具体的に言えば相手が自分を追いかけてこられない状況にするということです。そのためには動けなくなるように目や胸などの急所もためらわずに狙います。勝てなければ仲間を呼びます。そして疾風の如くその場から逃げます。それがこの国の「現実主義」思想に沿った「当たり前」の喧嘩の仕方ですし、前王朝を頑なに否定し、その関係者は消すという、この国の歴史に沿った「常識」でもあります。極東の一小国・日本の文化「卑怯や武士の情け」はこの国では無いし、理解にも苦しまれます。こんな「具体的な事」も日本人は知らないし、知る由もありません。

 

私は中国人を「中国人」・中国人・「支那人」の3つに区分していると前々回のエントリーで執筆しました。お叱りは最もです。ただやはりどうしてもこういった前述の人間を等しく、同じに中国人として見る事はどうしても出来ません。またこの国、それも「満州帝国の玄関」と称されたここ大連に長期滞在している自分としては、何度現状分析を繰り返しても出来ないのです。どうしても「支那人」としか「括れ」ないのです。「かぎ括弧」を付けたのはせめてもの私の抵抗です。来年からは日本の教科書表記通り「シナ」とカタカナを使うようにする。これぐらいまでしか出来ません。

 

私の意図は「支那人」という言葉の使用を勧めるものではありません。あくまで私がこの弱小ブログ内で上記のような「人間」を「括る」ために使用した言葉です。最も御理解いただき易い言葉だと思ったし、この「支那」という言葉を自分なりに分析した上で「かぎ括弧」を付け、自分なりに区別を付けたつもりです。

 

面積は日本の約26倍、人口は10倍以上、56民族。やはり中国というのは本当に特殊な国です。中国を日本の感覚で何事も「一つに括る」のは無理です。初めてこの地に渡り、ある一人の日本長期滞在経験のある中国人との出会いを経て『この国では「全て」信じるな、日本とは「全て」反対と考えろ、多角的な視点を持つ人間になれ』と言われました。極論ですよ。初めは全く意味がわかりませんでしたが、最近は徐々にわかるようになりました。本当に最近です。

 

日本も今年一年を表す言葉に「偽」という言葉が選ばれました。少なくとも明るい一年ではなかったと言えます。また『「異・違い」を考えるという事も必要なのではないか』と改めて再認識、再確認され、これは同時に「市民権」が得られたことでもあります。個人情報保護法の呪縛、マスコミ報道の真偽、オレオレ詐欺、食品の偽装・・・。悲しい、認めたくない現実ではありますが、時代は確実に動いています。

 

最後になりましたが、読者の皆様、どうぞ良いお年をお迎え下さい。今年一年、駄文にお付き合いいただきどうもありがとうございました。

 

 

                                                「中国遼寧省大連で生きるおっさん」管理人

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投稿者:dalian4649

このブログは差別主義者による情報?! (3)

今日のエントリーはかつての執筆シリーズ「このブログは差別主義者による情報?!」に戻ります。ある日本人女性ブロガーの主張を取り上げ、私なりに分析、語り、読者の方にも是非御一考いただける機会にという趣旨は変わりません。今日は彼女の主張の中から特に「犯罪に関係のない中国人やその他の国の人たちをラベリングし、批判や中傷をしたり、差別用語で表現するのは如何なものか」(要約、原文はもっと辛辣な言葉ですけど)を取り上げます。

 

中国ではあらゆる方面で「二重の構造」が常在しており、誰もがそれを当たり前と認識しているという点は当ブログカテゴリー『私論「中国人」と「支那人」』で事あるごとに述べてきたとおりです。具体的に言うと「言動不一致」、「階級社会」、「建前」と「本音」、「理想」と「現実」であり、これらがしっかりと区別、そして認識、更に当たり前とされているということです。

 

日本(人)はこの中国の現状、つまり「二重の構造」という存在を一方的に「悪」と捉え、目を瞑り、現実を受け入れないという現状があります。「郷に入っては郷に従え」とは言うものの、無意識に、都合良く解釈を変えてしまいます。「日本(人)の基準でマイナス面と思われる箇所は見るな、従うな、プラスの面だけを積極的に!」という解釈を足してしまうのです。そしてそれでも支障が出ないと考えているのです。

 

中国人というのは極めて「現実主義的な考え=損・得・見栄」しかしない民族です。「保障、補償、保証」の『3つの「ほしょう」』に無縁という国情も一因でしょうが、「自己中心主義」(自分が一番かわいいのは「当たり前」)、「拝金主義」(お金があれば何でも買える、手に入れられるのは「当たり前」)がとりわけ際立っている点は良い例だと思います。私はこの「現実主義」信仰を少しでも自制する事こそが「大人」、民度の向上、真の国際化に繋がると思っていますが、現状は全く改善されていないどころか、次世代も「小皇帝」の言葉が表している通り、「更に」悪化の一途。

 

日本も日中交流促進の副産物か、はたまた特定アジア各国との「思想共有」。そして「孤立」を避けるためか(笑)、最近この「現実主義的な考え」の導入、台頭が著しく、将来への危惧の念を抱かずにはいられません。今や決して「対岸の火事」では済まされなくなっています。

 

「二重の構造」の常在。「現実主義」思想。

こういう現状ですから中国人は自分以外の相手に対する「区別・分別」もはっきりしています。例を挙げます。上海人は自分が「世界の二巨頭国家」中国、しかもその中国の中でも最も発展した都市に住む(働く)人間であることに一際メンツを持っています。この事ははっきりと人前で口に出す人も少なくありません。他都市、省の人間と自分たちは違うとしっかりと「線」を引いています。まあ事実、上海でビジネスに関わっているはやはり収入も多く、有能な人が多いです。この街で一見さんの起業→成功なんてのは夢物語ですしね。わざわざ口にされたからといって強ち否定できないんです。事実ですから。また中国では未だに「都市戸籍」と「農村戸籍」という「区別・分別・差別」が存在し、この戸籍選択に自由が無いといった現状も上海人のこの「特別意識」を後押し、公的証拠(?!)となっています。

 

そうそう蛇足ながら上海人の「中国で最も発展した都市の人間というメンツ」、北京人の「首都人というメンツ」の衝突は一度ぐらい目や耳にしたことがありませんか?

 

このように中国では「区別・分別・差別」の常在はとりわけ珍しいことではありません。また戸籍の例のように実際、公的(?!)にも存在し、社会も中国共産党「のみ」という党治システムであるため、日本(人)であれば絶対揺るがない「差別はダメ、平等公平!」の考え方は「郷に従っていない」ということになります。

 

いやそれどころか党の人を前にして「平等公平」を声高に叫ぶのは人間関係を壊すばかりか、場合によっては危険ということになります。あなたへの評価も「二重の構造」が理解できていない=「中国が理解できていない」と侮られ、交渉などにおいては「組み易し」と確実にナメられます。耳に優しい非現実・理想的な言葉「友好、平等、公平・・・」を巧みに持ち出され、反撃を封じられます。

 

「二重の構造」が常在し、「超現実主義」思想である中国は当然、政府の外交も実に上手く、成果も必ず目に見える「実(じつ)」を取って来ます。交渉とははっきり言って「妥協」なのですが、地理的どころか経済も大国となった今では妥協などいざ知らず、「実」どころか「名(メンツ)」までも相手から分捕って帰ってくることが少なくなくありません。ビジネスや外交といった利益、国益の獲得がまず第一!といった席では「理想」よりも「現実」に凝り固まることがいかに大切か、日本(人)はその傾向と対策を真剣に学ぶ必要があるでしょう。

 

日本の外交はどうでしょうか。「実」など殆ど取れず、「名」も取れない。いやそれどころか交渉時に「主導権」ですら握れず、「カード」も使いこなせない(いや「無い」か?!)・・・。ただ、「勝つ」=「現実主義」に傾くには「非情」が避けられません。性善説の日本(人)には自己否定をも避けられない、大きな、厳しい課題と言わざるを得ません。

 

このように日本とはまるで逆。「区別・分別・差別」が当たり前(公認?!)の中国に滞在している以上、私は私なりに中国人をしっかりと「区分」して考え、付き合っています。

 

中国は社会主義・共産主義国家ではありますが、現状は達成されているとは言い難いです。教育、収入など差は広がる一方で、その格差は資本主義・民主主義国家である日本など比べ物にならないほど大きく、厳しい現実を見せつけています。

 

この格差。この国の仕組み、歴史、現状。そして言論、報道の規制。「二つの構造」、「超現実主義」。この国の「郷」を自分なりに分析し、考え、自分が「郷に従う」ためには、やはり中国人同様、この地に住んでいる人を個人的に分けざるを得ないのです。それが「用心、気をつける」ということに直結することであり、日々安心に暮らす第一歩、人間、社会の理解、ビジネスの成功だと考えているからです。

 

中国人の家族親族中心主義、人は見た目で判断する(相手をじっと見る、服装で判断)という基本常識はこの自己防衛の極めて初歩的な、いや現実主義の表れだと思います。中国人は初めて目にする、自分の知らない中国人(特にレストランの店員)などに対してはエラい高圧的、無愛想な態度で臨むでしょう?

 

在瀋陽日本国総領事館大連(駐)事務所(いわゆる大連領事館)もそのHPで「職にあぶれた労働者達が春節期の帰郷に際して金品の強奪を目的に犯罪に走る事件が増える傾向にあります」と表記しています。はっきり名指しこそしてはいませんが、「民工」と呼ばれる人々のことであり、日本的な考え方(=言葉狩り)からすれば「職にあぶれた労働者に対する侮辱、蔑視表現だ」ということになるでしょう。でもね、オブラートに包んで表現はしているものの、やっぱり「現実」は無視できないのです。領事館も「理想」で安全勧告をしない(仕事をしない)わけにはいかないし、防げないんです。

 

当ブログのカテゴリー『私論「中国人」と「支那人」』を全てお読みいただいた方はお分かりのことと思いますが、私は個人的にこの地に住む人を

 

1、中国人:中華人民共和国に住み生活している一般的な人々。

2、「中国人」:私なりに知識、仕事だけではなく人間的にも得る、学ぶ事が多い「中華」の名に劣らない中国人。現状はやはり海外渡航経験があり、自分の目で実際に見、しかも「分析・考える」ということが出来る人が多いのは仕方が無いところでしょうか。学歴は一切関係無いです。

3、「支那人」:2とは全くの対極的な位置にいる人々で言わずもがなでしょう。ただ某知事さんが多用する中国人全体を指す言葉としては使っておりません。ブログ開設以来、一貫して全て「かぎ括弧」を付け、個人的に意味、使用幅を限定した上で使っています。

 

の3つに分けて考えています。

 

一方で中国人の日本人に対する蔑称である「日本鬼子」も無条件に日本人全体を指す言葉として使うということには閉口ですが、時と場合による、「かぎ括弧」付きなら私は全然かまわないと思っています。例えば中国で「日本人の大人が飲み屋で泥酔し、娼婦と共に店員やタクシーの運転手に絡む」こんな状況なら日本人でも同胞意識が湧いて来ないし、「日本鬼子」と呼ばれていても個人的にはどうしても同情できないのです。

 

次回は「支那」という言葉について考えてみたいと思います。

 

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投稿者:dalian4649

このブログは差別主義者による情報?! (2)

今回のエントリーも前回の続きです。ある日本人女性ブロガーの主張を取り上げます。どんな意見にも賛成・反対は付き物、どんな人物にも長所・短所は付き物。どんな国にも良い点・悪い点は付き物。感情で動くだけでは意味がありません。「議論、対立無くして進歩、発展無し」という考え方もあります。私なりに分析、語り、読者の方にも是非御一考いただける機会に というのが趣旨です。

 

今回のエントリーはこの方の批判「大連の治安が極度に悪いようなことを言うのは如何なものか」(要約、原文はもっと辛辣な言葉ですけど)を取り上げます。確かにこの方の批判、多くの大連滞在(または経験がある)日本人が聞いたら「うん、そうだ」でしょう。では私の主張を述べます。

 

この国は日本とはあらゆる面で異なり(思想、仕組み、歴史・・・)、そのため「正しい」情報など無い、また「正しい」情報など発表されない、する必要も無い ということは前々回のエントリーで申し上げた通りです。またこの国に長期滞在する日本人にとって当然知っておかなければならない中国人理解の三大注意事項(「自己中心主義」、「拝金主義」、「言動不一致」)も今までのエントリーにおいて所々で取り上げています。

 

「大連は治安が良い」というのは良く使われる言葉ですが、この国では情報統制(良い意味も悪い意味も)が「必ず」(ここが大事!)働いていることを考えると、この言葉は「建前(理想)」に過ぎず、「本音(現実)」は・・・。情報の無条件全面享受は危険、いやそこまでいかなくても「何かある」と考えるのが普通、いや当然なんですね。

 

「そんな事言うけど、でも本当に良いよ。考えすぎじゃ?」と主張される方がいるかもしれません。確かにそうかもしれません。でもそれは「良い」のではなく、単に「知らない」つまり自分の無知でしかないのです。良い面だけしか見てない、見えてないだけなのです。

 

例を挙げます。中国の様子が他国に紹介される時、良く取り上げられるのが上海のあのロケットのような「東方明珠塔」(通称テレビ塔)周辺ですね。あの映像を元に外国人は「中国も発展しているなあ、ウチの国と変わらない、いや良いぐらいだ」となるわけです。が、中国は7割以上を越す人が農民で、当然彼らが生活している場所は説明するまでも無いと思います。大多数を占めるこちらの風景、人々、暮らし、そして彼らの月収が日本人なら気楽に泊まれる大連の4つ星(5つ星ではありません!)ホテル1泊分の料金にすら達していないという現実はまず海外発信されません。

 

上海は旅行した方なら分かると思いますが、「貧富の差」は凄まじく、ちょっと路地に入れば「これが同じ都市、いや同じ時代か?!」という場所にぶつかります。現地ガイドさんも心得ていて、「自由行動時間」の前には必ず旅行者(特に修学旅行の学生)に注意ための集会を行ないます。現地の人はしっかりと「現実」を把握しており、それを我々に伝えます。上海でこれです。中国で発展している「沿岸部」が全中国でどれだけを占めますか?

 

「現実」ってのは本当にシビアなんです。そして知られたくないんです。知って欲しいのは「虚像」なんです。何事も。

 

大連は旧満州エリア(東北三省)で最高の「国際」都市という地位を事実上得ています。その発展も留まることを知りません。ただこの発展は地理的要素、また国家、省、市の努力に加え、関係者も尽力も大きいでしょうが、その最大の理由はなんと言っても外国企業の進出によるものが大きいんですね。最近は開発区に米「インテル」社の誘致にも成功。実際に動き始めています。この誘致の成功は今までの外資系企業の誘致の成功とは「桁が一つ」違いますよ。従業員の居住区はまさに「アメリカ村」、従業員の子供たちが通うインターナショナルスクールの開校もあります。

 

話題をオリンピックに移します。瀋陽、青島、天津、秦皇島とは違い、大連では北京オリンピックの種目は一切行なわれません。大連市政府のキャッチフレーズ「建設大大連」は有名ですが、北京オリンピック開催決定と共に新たに「オリンピックは北京で、観光(買い物)は大連で」のキャッチフレーズが掲げられるようになりました。

 

外国企業に依存せざるを得ない現状、そして大大企業の誘致に成功した今。オリンピックをまさに間近に迎える「最重要」時期である今、またつい先日「ダボス会議」という世界的規模の会議を成功させた実績。今、まさに「マイナス事項」はことごとく、平時以上に、神経質に、「消去」しなければならないんです。

 

もうどういうことが分かるでしょう?更に書き加えましょうか?

 

この「最重要時期」を無事に乗り切ることは省・市の威信、メンツの関わることももちろんですが、市政府関係者にとってそのあらゆる意味での「手腕」を「中央にアピールする」(ここが大事!)、そして評価に直結してもらう、こちらもまたとてもとても大事な、またと無い機会でもあります。失敗どころか些細なマイナス点もあってはならない、いや「消去」しなければならないんです。

 

この感覚と考え方は別に大連に在住している方でなくても、また日本・中国・職種等一切関係無く、管理職に関わった方なら誰でも簡単にご理解いただけると思います。こんな事例、「仕事の世界」では避けて通れぬ道です。

 

ここはやはり中国。大連とはいえやはり「極度に悪い」所は悪いんです。先進都市だけに非先進都市からも日々人が集まります。情報統制が行なわれている国では「マイナス面」の報道はしない(少ない)というのが「常識」ですが、そんな「常識」があるにもかかわらず、現地新聞(大連晩報、半島晨報)ではこの手の報道が後を絶ちません。こういう「極度に悪い所」の「悪い」という報道がね。じゃあ実際はもっと凄い?!。言わずもがなです。

 

無差別にタクシーに乗る、解放広場(職安周辺)、一二九街(職安周辺)・・・をフラつく。地元の人間ですら気を引き締めるぐらいですから、やっぱり極度に悪い所と言わざるを得ません。日中はまだしも、特に日が落ちた後は。

 

この日本人女性ブロガーが大連が好きなのは分かります。ただね「恋は盲目」という言葉が有る通り、「好き」になると周りが見えなくなりがちです。その上、海外に長期滞在していながら「日本人ムラ居住限定」、「現地語ダメ」、「現地人との現地語での交流ダメ」、「現地新聞ダメ」では更に手の負えない「スーパー盲目」と言わざるを得ないんです。今まで安全だったのは「運」としか言えませんね。

 

「大連は治安が良い街」、「大連は親日都市」

私はこの言葉を「単純」利用する人の意味、意図とはこれだと思っています。

1、我々日本人にはとっては耳に優しい言葉

2、中国側(大連市政府、大連人)にとっても嬉しい(望ましい)言葉

3、企業にとっては日本人人材を集めるのに最適な言葉

4、長期滞在している以上、そうあって(あり続けて)欲しいという願望

5、日本にいる家族親族を納得させるには最適の言葉

6、そういう言い続けることで自分も勇気付けられる言葉

 

こちらにソコソコ居ると解釈も変わります。当然人格も変わりますって(笑)

 

「治安」の良し悪しの発言は「命」というかけがえの無いものに関わる重大な問題です。ただでさえ日本は性善説の国。日本人は疑うということを知りません。それどころかそれを失礼とまで考える民族です。「疑う」ということを始め、「市民権を一時的に得る」ようになったのは「偽」という言葉が「一年を表す言葉」に選ばれた今年2007年。つまり今年が「デビュー」でしょ?

 

つい先日もタイで日本人女性旅行者が観光ではお約束の「世界遺産」、それも特に治安が悪いところに行ったわけでもないにもかかわらず最悪のケースを迎えてしまいました。彼女のブログの中には「こちら(タイ)の人はとても良い」の言葉があったそうです。

 

自分のブログで自分の意見を書くのは自由ですからかまいません。ただ他ブログを辛辣にこき下ろす前に、現地に滞在している日本人である以上、少しでも真実に近づく努力(疑問を持つ、情報収集する、交流する、言葉の向上を図る、そして最後にじっくり考える)を怠らず、それをブログに反映させる。これこそが自他共に認められる海外からのブログ更新の意義の一つだと思いますが如何でしょうかね。今日は特に長文で失礼しました。

 

 

 

 

参考:

今年の漢字は「偽」、食品偽装など反映か

 

 日本漢字能力検定協会(京都市)が募集する「今年の漢字」が12日、発表された。今年を象徴する一文字は「偽」と決まり、京都・清水寺で披露された。

 昨年は41年ぶりの男子皇族となった秋篠宮ご夫妻の長男「悠仁さま」のご誕生や、相次ぐいじめ自殺などにからみ、「命」が選ばれたが、今年は船場吉兆をはじめとする食品偽装事件や年金、防衛省汚職など国民が、さまざまな偽りにだまされた一年を象徴した格好となった。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071212-00000927-san-soci

 

 

 

福田首相、今年の漢字は「信」…

 

 福田康夫首相は13日、「今年の漢字」に「偽」が選ばれたことに関し、「どういう言葉が適切かというと『信』なんですよ。今こそ信を取り戻さなければいけない」と述べた。参院外交防衛委員会の集中審議で語ったもので、首相は防衛省不祥事や年金公約問題で招いた国民の不信感の解消に向けた決意を示した。

 ただ、民主党議員は年金問題で「公約を覚えていない政権があり得るのか。だから今年の世相をあらわす言葉が『偽』なんだ」と批判した。政府・与党への不信感は高まっており、政界では総選挙で国民に「信」を問う時期は遠のいたとの見方も。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071213-00000963-san-pol

投稿者:dalian4649

このブログは差別主義者による情報?! (1)

あるブログの日本人管理人より名指しこそされてはいませんが、当ブログに対し「差別主義者による情報」で「振り回されるな」との記載がありました。だいぶ誤解されているようなので少し反論してみたいと思います。せっかくの機会なので数回に分けて続けます。御了承下さい。

 

(1)「この国で正しい情報は無い」ということ

この国では言論、報道の自由が認められていません。共産主義国家でありながら平等公平の「現実」はありません(勝g小平「先富論」参照)。この現実を日本人は「矛盾」と捉えますが、こちらでは「中国独自」としています。参政権も一部党員に限られています。中華人民共和国は全ての面において永遠の中国共産党指導による国家です。当然党員と一般人には明確な差があります。つまり格差に加え階級国家と言えます。階級国家である以上、情報が上から下の人まで全ての人間に正しく伝わるなんて事はありません。場合によっては言論、情報の無差別共有が国家の崩壊に繋がるからです。

 

「正しい情報は何か」を知る、知らせる必要はお上の一存であり、義務も全くありません。ですから「正確な情報」を「正確」、「正確」を「デマ」、「デマ」を「正確」、「デマ」を「デマ」と発表する(まあ普通はいちいちしませんが)のもお上の一存。一般人は自己責任のうえで四者択一。「正解」は知る由も権利もありません。

 

ついでに中国で「正しさ」を追求するのも非現実的です。この国がどのように成り立っているのか(歴史、仕組み)を学べば情報封鎖、歪曲はむしろ当り前、普通の事なのです。日本とは違うのです。「正しさ(情報)」、「本物(DVD)」、「誠実(人)」、「正確(バス・飛行機)」・・・。こちらでは全て「理想」に過ぎず、「現実」は反対で十分なのです。実際にこの国は発展著しく、機能しているどころか国連五大国、「アジアの雄」、それどころか「世界の二大巨頭」の座は時間の問題です。

 

「領事館から発表があれば正確」や「デマ情報の判断」もあなたの勝手です。ただ日本国領事館には独自の捜査権が認められていなく、中国側からの連絡を待つしか手立てがありません。今回の「オリンピック広場における殺傷事件」の犯人逮捕は極めて難しい、当然保障も絶望と考えるのが現実なんです。

 

まだ記憶に新しい、西安における「日本人留学生、西北大学寸劇事件」で事件の一部始終、その上「正解」が外務省、領事館から公式発表されましたか?真相は結局「うやむや」でしょう?

 

この国は「人治国家」=「人脈が何より大切な国家」であり、かつ「中華思想」による「自己中心主義国家」です。人脈を持たず、中国人にも該当しない外国人(それも日本人)のために中国の警察が今も犯人を捜してくれているなんてことはまずありません。福田政権からも分かるように日本国外務省は今こちらの政府に対して極力争うことは無く、「輪」(弱腰?!)を第一としています。瀋陽、大連の領事館では共に日本人館員と会うことすら一苦労、十分な「サシ」での話し合いはなおさら一苦労ということもお忘れなく。

 

私の発言の何を持って「不安・危険を煽る」と考えられたかは疑問ですが、言葉に不自由しなくなり、人脈も広がり、現地の人との交流が増えてくると中国の真の姿(はっきりいって「怖さ」のみ)が自分なりに見えてきます。言葉がダメ、通訳必要、交流が苦手では「絶対に」真の姿は見えません。こんな国です。あらゆるシュミレーションを考え、常に最悪を考えるのは保身の必要最低限の行動です。

 

「理想」と「現実」。このギャップに板ばさみになってこの地を去る外国人(日本人のみならず)は後を絶ちません。一方でこれが悠久の歴史を持つ国の強みです。わが国に例えれば外国人が日本の「わび・さび」を理解できないのと同様、外国人が中国の悠久の歴史、文化、風習、習慣、お約束を簡単に理解するなんてことは無理どころか絶対に不可能なんです。

 

中国はコスト、人件費が安い?!巨大市場?!(笑)

実際に進出してきた日本人、企業で経済的に「バカ勝ち」した(し続けた、している、し続けている)人、企業がどれほどありますか?中国理解の難度は中国語習得「以上」の高さです。「バカ勝ち」は理想、現実は留学生も含め「ボロ負け」、撤退、撤収、短期で帰国、でしょう?

 

平等・公平・参政権・交通安全・医療・保険・家・土地・・・いや、それどころか日々の3食。子供の頃から全てが保障されていない「修羅場をくぐってきた」中国人にはどう足掻いても勝てないのです。「バカ」は性善説、平和ボケ、「アジアの盟主」気取りであった我々だったんです。

 

「正しい情報の提供?!郷に入っては郷に従え。嫌なら会社諸共日本に帰れ」中国人にどう反論します?

 

次回は(2)「事件を利用・悪用する連中がいる」という主張について反論させていただきます。

投稿者:dalian4649
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