http://www.youtube.com/watch?v=CNFj-PdXJ6o
日本神話にも登場する神様『
武甕槌神(タケミカヅチオ) 』がご祭神。 名前の「ミカヅチ」は雷のことであり、雷神は剣の神でもあり、雷神、刀剣の神、弓術の神、武神、軍神として信仰されています。
鹿島神宮(茨城県鹿嶋市)に祀られていることから鹿島神(かしまのかみ)とも呼ばれています。 写真は、近くにある鹿島スタジアム。
地震の守り神としても有名な鹿島神宮。 大ナマズの頭を踏みつけて封じ込めている 鹿島大明神様。
総朱漆塗りの2階建ての楼門。 1642年(寛永19年)に初代水戸藩主徳川頼房の手により造営。
本殿、石の間、拝殿は、1618年(元和4年)に江戸幕府の二代将軍徳川秀忠の造営で、拝殿は白木作りの簡素な意匠に対し、本殿は朱塗りに極彩色の鮮やか色彩。
1605年(慶長10年)、徳川家康により造営された奥宮。 当初は本殿として使われたが、1619年の造替に伴い場所を移して奥宮となった。総白木作りの簡素な意匠。
江戸時代には、鹿島境内の要石(かなめいし)は、地震を起こす大鯰の頭を抑える杭と言われ、見た目は小さいが地中部分は大きく、決して抜くことはできないと言い伝えられています。
要石は、凹んでいます。 陰陽学でいう陰。
櫻川磯辺稲村神社の要石は、凸。 陰陽学でいう陽に当たります。 大鯰の尻尾を押さえつけていると言われています。
御手洗池(みたらしのいけ)
奈良の春日大社の鹿とともに、鹿島神宮では神の遣いとされている鹿。 鹿の枝角は、英語で antler、鹿島アントラーズのチーム名の由来ともなっています。
境内には、30数頭の日本鹿がいます。 鹿の神である天迦久神(あめのかくのかみ)が天照大御神の命令を武甕槌大神の所へ伝えにきたことに由来し、鹿島神宮では鹿が使いとされている。また、藤原氏による春日大社の創建に際して、767年(神護景雲元年)に、白い神鹿の背に分霊を乗せ多くの鹿を引き連れて1年かけて奈良まで行ったとされています。 鹿園そばの売店で鹿の餌(人参スライス)を売っていて、鹿に与えることができきます。 右がボス鹿です! アントラーズの守護神。
鹿島神宮