香港合気道協会が月に一度開催している有段者稽古に参加して来た。
仕事の都合で、10分ほど遅れて稽古場へ到着すると、すでに6人ほどで稽古が開始されていた。 通常の稽古でも九龍側の方が参加者が多いのではあるけれど、それにしても参加者が少ない。 さらに遅れて来た1人を加えて結局8人。どのくらい稽古をしたいのかは、人によって異なるので、一概には言えないけれど、もう少し積極的に稽古に来ればいいのになあと思う。
稽古を取っていたのは、香港のシニア メンバーの一人の Samson 李、以前は近所に住んでいたので、稽古の後はいつも一緒に帰っていた旧知のメンバー。 大柄で、ギャン、ギャン、ギャンと動くのが特徴でもある。 香港だけで稽古して来ているとのことだけれど、動きは自分もヴィデオで観ている養神館合気道の動きに近いような感じがする。
養神館と言えば、先日の稽古でFrancis というドイツ人と一緒になった。 日本で8年稽古して来たとのことで、多分、黒い帯を持っているのだろうけれど、流派の異なるここでは白い帯で稽古している。先日の稽古では、肩取りの二教と正面打ち四方投げの相手をしてもらった。 二教の入り方に戸惑いが感じられたので、稽古して来た型で動くように話して、養神館の型で動いてもらったところ、入り方が全く異なっている。 面白いので、自分もこの型で動いてみた。 Francisは、自分の裏技の極めてから相手の肘を巻き落とすようにして押さえに入るE師範譲りの動きが気に入って、その動きをトライしていた。 四方投げでは最後の極め。彼の型では、四方投げ押さえという感じで、最後に腕を極めて押さえる。 足の位置と腕を押さえる位置に注意しながら、この押さえも教えてもらった。 異なる流派の異なる動き。 共に新しい型を知ることが出来て実に楽しい稽古だった。
Samson は、関節を極めるのが好きで、時々珍しい技を見せてくれることがある。
彼の師匠のCotter先生も関節を極めるのが好きな方なので、Cotter先生譲りの技なのだろう。 昨日も短刀取りの小手返しの後、珍しい形で仰向けの相手の肘を極めていた。 こういうときに見取りで上手く見切れなかったときは、「どうやったの?」と聞くことにしている。 自分に合う合わないは、その後で判断するとして、とりあえずやってみる。 長く稽古して来たとしても、まだまだ知らない技の動きもある。わからなければ、聞いてみればいい。 これは、前回帰国した際に師匠S先生に質問した際にいただいた回答でもある。
手の合う相手、Dimaが来ていたので稽古した。

肩取りの腕を極めての表へ入る入身投げ。 Samsonのとは違う自分が稽古して来たスタイル、さらに隅落とし、呼吸投げ、そして、肘を極めた後にタメを作って弾き飛ばす技。Dimaとは動きが合い、受身もしっかり取れるので、ついいろいろと自由技が出てしまう。 幸い彼もそれを喜んでくれ、見せた技にトライする。 器用なタイプなので、すぐに動きを理解するけれど、そうそう簡単にはかかるところまでは行かない。やって見せる、トライする、二人でするのは、これだけのこと。
会話はほとんどせず、技を交換するだけ、そして、時折顔を見合わせて笑う。 技で会話ができる相手だと思っている。 こういう相手との稽古は、この上なく楽しい。
さらに月窓寺道場で稽古をされていたというリワードさんとも初めて稽古した。
年齢的には50半ばを超えるくらいの印象で、ちょっと身体が硬くなってくる年齢。 このくらいの年齢の人に相手をしてもらう際には、力を使わず、固めず、重心を取って転がすような動きの稽古をするようにしている。 ターン!と弾けるような稽古にはならないけれど、崩す、導く、転がす(押さえる)という流れでの稽古は、勢いや力でのごまかしは効かないので、なかなかにいい稽古となる。 多分、受けを取る相手にも気分良く転がってもらえると思う。 リワードさんからも「ナイス タッチ。」と誉めてもらえた。
他の 年配のメンバーでも自分と稽古をしようと進んで来てくれる人がいる。
ソフトな流れで転がす動きが気に入ってくれているのだと思うけれど、これは自分にもいい稽古になっている。 中には、硬くて上手くリードしないと崩れてくれない相手もいるからだ。
稽古後、リワードさんと話すと、5,6年前に自分のところへ稽古に来ていたScottさんとは月窓寺道場でのお知り合いとのこと。 こういう合気道を通じてのめぐり合わせも嬉しいものの一つ。
人によって違う、相手によって取り組みを変える。 いろいろな相手に同じ技を試してみる。 そして重心を取ることへのこだわり。どのくらい稽古したいかではなく、興味が尽きず楽しいので稽古に行く。 自分が頻繁に稽古へ行くのは、そんな単純な理由から、子供のころにした野球や剣道、さらには馬乗りやドッジボールなど、そんな遊びの延長のような楽しさがそこにはある。