2016/11/3

倉敷美観地区  山陽地方(Sanyo area)Japan

昔ながらの歴史的風景を残す倉敷美観地区(Kurashiki Bikan historical quarter)に行ったl

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有隣荘 大原孫三郎が夫人のために建てた別邸

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橋の向こうに大原邸

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大原邸 (国重要文化財)

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倉敷美観地区の中心を流れる倉敷川。

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代官所跡。クラボウ(倉敷紡績)発祥の地

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倉敷アイビースクエア

赤レンガの外壁をおおう「蔦(つた)」で西日を防ぎ、夏は茂り、冬は落葉して、自然に内部の温度調節を果たした。

昭和48年、クラボウ発祥の旧倉敷本社工場がホテル・文化施設として生まれ変わった時、その蔦が「倉敷アイビースクエア」の由来ともなった。

赤レンガと蔦の回廊をめぐらせた広場を囲むのは、ホテル、レストラン、多目的ホール、ブライダルチャペル。さらに、手づくり工房やオルゴールミュゼ、倉紡記念館。

手作り工房には面白いものがあった。閃くものがあった。

また、大原孫三朗がスポンサーだった児島虎次郎記念館があった。

児島虎次郎のことを引いておこう。

大原は、自分と1歳違いの洋画家・児島虎次郎にことのほか目をかけ、パトロンとして生涯援助していた。

児島は1908年から足掛け5年間、大原の援助でヨーロッパへ留学していた。彼はその後もさらに1919年5月–1921年1月と1922年5月–1923年3月の2回に亙って、大原の援助で渡欧している
。その主たる目的は画業の研鑚であったが、児島は、ヨーロッパへ行く機会のない、多くの日本の画家たちのために、西洋名画の実物を日本へもたらすことの必要性を大原に説いた。

大原は児島の考えに賛同し、何を購入するかについては児島に一任した。こうして児島はヨーロッパで多くの西洋絵画を購入したのである。



この後、バスで岡山空港に行き羽田から帰宅の途に着いた。

9月初めの晴天に恵まれた日だった。
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2016/11/1

瀬戸内海 Seto Inland Sea  四国地方(Shikoku area,Japan)

大原国際美術館を後にして、香川県立東山魁夷せとうち美術館へ行く。

途中、車窓から美しく穏やかな瀬戸内海を見る。

海と空の雲の融合だ。

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瀬戸大橋の袂にある香川県立東山魁夷せとうち美術館に到着。

次は香川県立東山魁夷せとうち美術館へと続く。。

http://sky.ap.teacup.com/skanons8/130.html
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2016/10/7

明石海峡 Akashi Channel,end of summer  四国地方(Shikoku area,Japan)

夏の終わり、旅行会社企画の四国・山陽地方の三つの美術館を巡るパックツアーに参加した。

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羽田空港を発って大阪伊丹空港着。

ここから大塚国際美術館までバスで一路明石海峡を通る。

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車窓から見た瀬戸内海。世界最長の明石海峡大橋

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うず潮が見えると良いな、と外ばかり見ていた。少し見えた。

徳島県鳴門市大塚国際美術館( The Otsuka Museum of Art)に到着。

続く




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2016/9/19

京都 大原 三千院 Sanzenin Temple  京都 Kyoto,Japan

寂光院も静寂に包まれたけど、三千院も静謐だった。台風が近づく影響か雨が降り始めていた。

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今は亡き 永 六輔 作詞 碑


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金色不動茶(しそ味)を休憩所で頂いた。(無料)

今は雨に濡れた青もみじだが、秋が深まれば、渋い風景を背景に

紅葉で美しさを増すことだろう。苔がとても美しかった。
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タグ: 京都 大原

2016/9/18

大原の里・寂光院(じゃっこういん)Jakouin  京都 Kyoto,Japan

最寄のバス停から大原まで一直線。途中、大原に近づくにつれ車窓から里山の風景になっていく。50分くらいで大原に到着。

大原には三千院と寂光院があるが、まず寂光院へ直行。

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寂光院(じゃっこういん)は、

「平家物語」ゆかりの寺として知られている。

平清盛の娘であった建礼門院が、平氏滅亡後に隠棲した所。

京都市左京区大原にある天台宗の寺院(尼寺)。

本尊は地蔵菩薩。推古2(594)年に、聖徳太子が御父用明天皇の菩提を弔うために建立されたと伝えられる。

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建礼門院徳子は平清盛の娘、高倉天皇の中宮で、安徳天皇の生母である。

寿永4年(1185年)、壇ノ浦で平家一族が滅亡した後も生き残り、

侍女の阿波内侍とともに尼となって寂光院で余生を送った。

後白河法皇が寂光院を訪れるのは文治2年(1186年)のことで、

この故事は『平家物語』の「大原御幸」の段において語られ、

物語のテーマである「諸行無常」を象徴するエピソードとして人々に愛読されていた。

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建礼門院徳子の御庵室跡ー狭い所だったな。

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建礼門院徳子の大原西陵(宮内庁 管轄)

やはり高倉天皇の妻で安徳天皇の生母だったから


最後に「宝物殿」にもあった

平家物語の冒頭に

祇園精舎の鐘の声

諸行無常の響きあり

沙羅双樹の花の色

盛者必衰の理をあらわす

おごれる人も久しからず

ただ春の世の夢のごとし

たけき者も遂には滅びぬ

偏に風の前の塵に同じ




盛者必衰(じょうしゃひっすい)、世の習いー

栄華を極めている者も必ず衰えることは世の常という意味。

子供の頃、父が酔うとよく聞かされたので、不思議に覚えていた。

次は三千院へ




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2016/9/17

京町家のある路地  京都 Kyoto,Japan

駅前のホテルは翌日から5月に予約したのに満室となっていた。で、ホテルを事前に変えていた。烏丸五条近辺のホテルにチェックインした後、近くを散策したら、やたらと「京町家」風の建物がある路地に出会った。祇園辺りでは見かけるけど集中してあるのが気になった。。

偶然発見^v^ ̄ー ̄


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最後の画像は今回の旅の最終日に行くことになった染料品店。この店は創業が1700年代という老舗だった。日本古来の染め(dyeing)の研修会があるので最終日に行く予定。
そのことは、別のカテゴリーで書くことにしよう。

ここで京町家について概略を引いておこう。

外観は紅殻格子(べんがらこうし)と呼ばれる色の濃い格子、虫籠(むしこ)窓、犬矢来などが特徴的である。2階建てが多いが、平屋や3階建てもある。

町家の立地する敷地は、間口が狭く奥行きが深いため、「うなぎの寝床」と呼ばれる。これは三間(約5.4m)の間口を一軒役として課税する豊臣秀吉の税制に反発した形状であるという説がある。一方、街路に都市住宅、とくに併用住宅が建ち並ぶ際には古今東西でこのような細長い敷地の町並みが成立しており、京都に限らず各地においてもその形状が課税のせいだとする俗説がある[要出典]。
京都市の定義で「1950年以前に伝統的木造軸組構法で建てられた木造家屋」とされる。


後でホテルで知ったことは、

これらの京町家は京都市下京区の修徳自治連合会まちづくり委員会が、景観と調和した学区内の建物44件を「修徳まちなみ文化財」として選定した。

木造の町家や意匠をこらしたビル、社寺などが選ばれた。建物に認定プレートを設置し、風情のある町並みを地域の宝として守る。 

修徳学区は多くの町家が残る一方、近年はマンション開発も相次いでいた。同学区は新築時に景観への配慮を求める「修徳まちづくり憲章」を定めたほか、昨年から市の「地域景観づくり協議会」に認定され、建築主と住民の事前協議が義務化された。地域の魅力を再発見して景観保全の機運を高めようと、建物を文化財として評価することにした。 

こうして地域の魅力の再発見と景観保全に努めているのだった。

さて、翌朝早く大原の里へ行く。

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タグ: 京都 京町家

2016/9/16

仁和寺 Ninna-ji Temple  京都 Kyoto,Japan

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妙心寺北総門からバスに乗って仁和寺に行った。

仁和寺は真言宗御室派の総本山。

「御室」とは天皇が出家して住まわれた御座所のこと

この仁和寺のこの御室が出来てからは「御室御所(おむろごしょ)」として

皇室と縁深いお寺になった。

二王門の筋骨たくましい迫力ある左右の阿吽の仁王像。

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画像が横になってしまって何度やっても治りません。あしからず。

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二王門をくぐりぬけると、拝観受付

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参道をまっすぐ進むと中門



「御室桜」は、春に京都一遅咲きの桜として美しく咲く、という。

観音堂は工事中、2018年春に工事終了予定とあったので見られなかった。

さらに進むと

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金堂

仁和寺の本尊である阿弥陀如来を安置する御堂。1613年建立の御所内裏紫宸殿を寛永年間に移築したもの。

宮殿建築を伝える貴重な建物。

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御門入口


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白書院、宸殿からを庭を臨む


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霊明殿

歴代門跡の尊牌が安置され、本尊は薬師如来。


ここをおいとまして「龍安寺」に行くためバスに乗ったが、疲れが出たのか
睡魔に襲われて乗り過ごしてしまった。

「龍安寺」は次回の楽しみにとっておこう。
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タグ: 京都 仁和寺

2016/9/15

妙心寺・大方丈&御朱印帳  京都 Kyoto,Japan

退蔵院を後にして大方丈に行った。

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江戸中期の禅僧、分け隔てなく絵画で禅を教えた白隠もここで修業した。父の菩提寺の住職さんも、ここで修業したと言われたことを思い出した。

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拝観受け付けの横にあったホオズキ。干して食用にするのかな? 近づく秋の音がする。

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ここで京都の妙心寺・法堂の鏡天井にある「雲龍図」のコピーを買った。

龍の絵はあまり好きではなかったが、建仁寺のよりは気に入った。
それぞれ人の好みだけど。。

「雲龍図」狩野探幽が55歳のときに8年がかりで制作したといわれがあり、重要文化財に指定されている。龍の目は円相の中心にありますが、見る位置や角度によって龍の動きや表情が変化する。

お寺に行くと御朱印帳に記載してもらう老若男女を多々見かける。ここいらあたりでやってみようかと思い始めた。そんなにお寺巡りが趣味でなかったんだけども。日本の旅にはお寺に遭遇することが多いから、

こちらで買った御朱印帳の「「雲龍図」表紙

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私のご朱印帳の第一歩は妙心寺から

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2016/9/14

妙心寺・退蔵院 Taizoin  京都 Kyoto,Japan

妙心寺内の塔頭のひとつ退蔵院は通年公開されていた。

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招き猫と布袋様

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方丈(本堂)

禅と剣の道には精神的的に共通点があり、宮本武蔵も江戸期には
ここで修業に励んだという。

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国宝・瓢鮎図(ひょうねんず)の模本(本物は京都国立博物館にある)

山水画の始祖といわれている如拙が、足利義持の命により心血注いで描き、現存する彼の作品の中で最高傑作といわれている。
「ただでさえ捕まえにくいなまずを、こともあろうに瓢箪で捕まえようとする。」
この矛盾をどう解決するか、将軍義持は当時の京都五山の禅僧31人に参詩を書かせた、
と伝えられる。


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杉戸に描かれた鶴の絵

史跡名勝・枯山水庭園 元信の庭

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茶席 大休庵

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庭園を鑑賞しながらの退蔵院特製の茶菓とお薄(抹茶)


つくばいと水琴窟(すいきんくつ)

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昭和の中根金作作庭の余香苑(よこうえん)

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「陰の庭」と「陽の庭」

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春の頃、紅しだれ桜や藤の花が咲くころ、そして秋の紅葉の頃は華やかな美しさとなることだろう。

今は世界から日本人の美意識とされている「侘び、寂び Wabi,Sabi」の世界に思いを残して

大方丈へとゆっくり酷暑の中に歩を進めた。























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2016/9/12

日本最大の禅寺 妙心寺 Myoshinji Templeへ  京都 Kyoto,Japan

JR京都駅から山陰線(嵯峨野線)で4番目にあるJR花園駅・・・

臨済宗大本山・妙心寺の最寄駅である。駅を降りて10分ほど歩くと

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臨済宗大本山・妙心寺南総門に出た。

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妙心寺の広大な敷地にはたくさんの
塔頭(たっちゅう・本山などの大きな寺に付属する寺)がある。

人気のある龍安寺も、そのひとつ。そこへはこの後にいくことにした。

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三門ー境内で唯一の朱塗りの建物

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法堂

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北総門の近くにあった幕末の思想家・佐久間象山先生墓道。

僧侶も車で通っていた。

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南総門と北総門に通じる道は参拝者だけでなく通行人も往来する抜け道のようになっていた。

次は通年公開の退蔵院



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2016/9/11

錦天満宮 Nishiki Tenmangu  京都 Kyoto,Japan

錦市場の奥をズイ-ッと行くと「智恵・学問・商才の神様」「招福・厄除け・災難除けの神様」として

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錦天満宮 Nishiki Tenmanguがあった。

平安時代に菅原道真公の父・是善卿の邸宅・菅原院に創建されたのがはじまりと伝わる。

学問の神様で名高い菅原道真公を祭神とする神社。

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その前にあった鳥居は両脇のビルに支えられているような(笑)。

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地中から湧き出たという良質な名水・錦の水で手を清める。

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この牛を撫でると知恵が湧くという。

たくさん撫でられて金ぴかのところがたくさんある。

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何回でもいきたくなる場所だった。
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2016/9/11

錦市場 Nishiki Market  京都 Kyoto,Japan

午後5時近くになるから店じまいしている所もあるかもしれないが、

「寺町通 - 高倉通」間に存在する商店街、錦市場に行ってみた。

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お店の人からいただいた地図。約200くらいの店舗が立ち並ぶ。

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横断幕は伊藤若冲の絵。今年は若冲生誕300年!

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案の定、午後5時にはお店が閉まってる所が多々あった。

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魚屋さんで「お刺身」を立って食べさせてくれるコーナーがあった。

右端はビール片手にそれを楽しむ外国人観光客。

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京野菜


もう一度昼間に行った時「もちつきや」に寄った。

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1時間ごとに、もちつきをして「よいしょ」の掛け声とともに新しい餅を作る。

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この日は暑かったので、ここで、抹茶かき氷と焼きもちのセットを食して少し涼んだ。

次は錦天満宮へ


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タグ: 京都

2016/9/8

平安神宮・岡崎公園で  京都 Kyoto,Japan

京都の文化ゾーンの一つ「岡崎」。

平安神宮、劇場、美術館、公園、動物園などがある。

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平安神宮の「大鳥居」

大人7人で手をつなぎ、ようやく囲うことができるほどの太さ!


この鮮やかな朱塗りには魔除けの意味があるそうだ。

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9月上旬に行われる音楽祭の設営、リハーサルが行われていた。

ここの庭園めぐりも良さそうだった。

が、時間がないので京都市美術館に行くことに決めた。

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岡崎公園の薪をしょっていない二宮尊徳先生像。。


思えば桓武天皇が平安遷都ということで

「鶯なくよ(794)平安京」として日本史年号を語呂あわせで
覚えたのは高校時代のことだったか。10代の頃、遊び心で覚えたことは忘れないね。

その時代から京都は1300年近く当時の街路をほぼそのままに現存している。

素晴らしい1300年前の日本人の知恵!

おかげ様で市内散策しやすいね! THX!


次は、近くの京都市美術館「ダリ展」へ
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タグ: 京都 平安神宮

2016/9/5

相国寺(しょうこくじ)Shokokuji Templeへ  京都 Kyoto,Japan

相国寺は臨済宗相国寺派の総本山。

相国寺に行きたかったのは

境内にある美術館である相国寺承天閣(じょうてんかく)美術館があり、
伊藤若冲ゆかりの寺院であるため。

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相国寺は14世紀末、室町幕府三代将軍の足利義満により創建された。

何度も焼失と復興の歴史を繰り返したが、

現存する法堂

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は日本最古の法堂建築として1605年に再建された物を今に伝えている。


総門を入ると、最初に見た瑞春院「雁の寺」

非公開だから外側から!

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直木賞受賞の名作「雁の寺」の舞台。

作者の水上勉氏(1919- 2004)が雛僧時代に過ごした禅院


(解説の立札より)

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次は相国寺承天閣(じょうてんかく)美術館へと続きます。



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タグ: 相国寺 京都

2016/9/5

京都迎賓館Kyoto State Guest House Pt.3 庭屋  京都 Kyoto,Japan

この庭園は古くから日本人の住まいに貫かれた伝統

「庭屋一如」の思想があるそうだ、


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庭園の池を泳ぐ錦鯉と、その稚魚、トンボ、ミズスマシなどに

暑さを忘れるほどだった。

この後、相国寺へ



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