前回のblogで、学生時代に友人と出していた同人誌のことを書いたら、急に懐かしくなってしまい、そういえばあの頃書いた原稿は何処にあるんだろうと思って、押入れの中をかき回してみたのだが、同人誌に書いた原稿はとうとう出てこなかった。きっと、今は何処にいるのかもよくわからない当時の友人達の誰かが保管しているか、あるいはすでにゴミになって消えてしまったのだろう。
その代わりと言っては何だが、中学生の頃、趣味でこつこつと書いていた書き物とその挿絵が、ひょっこりと出てきた。
陽に焼けた原紙と、変色したセロテープの跡が時の経過を教えてくれる。
そりゃそうだろう。中学時代といえば、もう30年以上前の代物なのだから。
当時の僕は、草野球に熱中しながらも、頭の中はやっぱり文化系で、家に帰って机に向かえば、文章を書くことや漫画を描くことが大好きなひねくれ者の少年だった。
鉄人28号やスーパージェッターの似顔絵を描きながら育った僕は、その頃、文章を書くことよりも漫画を描くことに楽しさを感じていて、恥ずかしながら、将来は漫画家になろうなんて本気で思っていた時期もあった。
しかし、『趣味として描く』ことと『センス』の違いに、後に気付かされることになる。
高校に入学し、漫画を描くという同じ趣味を持つ友人の描いた作品を見せられて、とてもじゃないが、自分にはこんな物は描けないと思い知らされるのである。
ペンのタッチも、コマ割りも、そして登場人物の表情も、とてもじゃないが自分には描けない。いや、描く以前に、想像することすら出来ない作品がそこには描かれていたのである。
趣味はしょせん趣味でしかないなと思い知らされ、僕はそれ以来、漫画を描くことをやめてしまった。しょせん、その程度でやめてしまうのだから、実は趣味としてさえも成り立っていなかったのだと思う。
そう考えてみると、自分ではある程度納得した作品が作れたつもりなのに、中学や高校時代の美術の成績が大して良くもなかったのも納得出来るのだった。絵画にしろ造形にしろ、作品を作リ上げているうちに、どこかで厭きていたのだ。教師から見れば、そんないい加減さと小手先だけの芸が、実は丸見えになっていたのだろう。
文章にしたって、その道のプロ、つまり『センス』を持つ人間から見れば、実は稚拙でしかなかったのだろうが、しかし僕は書き続けることが出来た。つまり、こちらは趣味として成り立っていたのだと思う。
ホームページを開設し、その中で怪談話を書いて、そして運良く、怪談専門という特異な分野の雑誌を発行する出版社の眼に止まったおかげで、自分の書いた文章が活字になったのはとても幸せなことだが、それでも僕は、やはりその道のプロとの『センス』の違いを理解している。
僕は『センス』に憧れる。
描く『センス』 書く『センス』……。
しかし、僕が一番憧れる『センス』は…… 実は、遠い昔の人類がきっと持っていたであろう『シックス・センス』なのである。
中学3年生の秋、受験勉強もせずに、深夜放送を聴きながら書いた小品……。
【ひとり】
あの時から わたしは ひとりです
春のそよ風はわたしの友達だけれど それでもやっぱり わたしはひとりなのです
夏の夕焼けはわたしを紅く染めてくれるのだけれれど
でも けしてわたしに 話しかけてはくれないのです
秋の枯葉はわたしのまわりで いつも踊っていてくれるのだけれど
でも けしてわたしの手を取ってはくれないのです
冬の夜は寒い
意地悪な北風が 夜が明けるまで 私の身体に纏わりつきます
やさしかった あなた
今でもあなたは わたしに 逢いに来てくれますね
でも いつもわたしの前で そっと眼を閉じて座っているだけ
そしてわたしはといえば そんなあなたを やさしく見つめることしか できないのです
永い沈黙のあと あなたは そっと去っていきます
こんどは 何時 来てくれるのかしら
そよ風はわたしの友達だけれど
でも やっぱり わたしは ひとり
そして わたしは 思うのです
もうすこし 生きていたかったと……
… ずいぶんとませた坊主だったなあ …

「ステーキのどん」神奈川大和店
〒242-0014 住所:神奈川県大和市上和田字上ノ原39-1 TEL:046-201-0031 営業時:11:00〜24:00(ランチタイム11:00〜15:00)年中無休
埼玉県の1号店を筆頭に、関東一円に店舗を構えるステーキとハンバーグの専門店。オーストラリア産のビーフを使い、安価で旨い肉料理を提供する。牧草飼育牛肉と穀物肥育牛肉を巧みに使い分けて、肉好きの心をくすぐる。写真は、チョップドサーロインと海老フライのランチ。ランチタイムならば、800円でこれが味わえる。

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