気温はそこそこ上がるものの強い日差しは戻らず、香港はもう秋の気配。
街にも中秋節の月餅の宣伝が目立つようになってきた。 中秋節の夜の涼しさを思えば、もう夏の日差しの復活は難しく、ビーチでの遊びは諦めなくてはならないだろうと観念した。
稽古は、座技一教の受身から。
正座から正面を打ち、相手が腕を返すイメージで肘、腕を返し、伸ばしながら、身体を柔らかく使い自分の身体を畳の上へ腹ばいに収める、一人で取る一教の受身。
腕、うねるように身体を柔らかく使う。
この感覚を保ちながら座技正面打ち一教。
取りは当たらず、力を使わず、引っ張らず、相手を導くように柔らく動く。 受けも柔らかく、身体がうねるような受身。 力まず、お互いが柔らかく協調した動きをすれば、足への負担もかからず長時間の座技も苦にならずに続けられる。
一教でしばらく動いた後は、相手を変えて二教。
崩れた相手が再度起き上がってくることで技が成立する二教の裏では、さらに受けの動きの協調が要求される。 起きてくるタイミングと腕の極め、技の動きにリズムが欲しい。
形稽古の概念では、たとえば剣術の場合は、打ち太刀、仕太刀と、攻撃側と返しの側が決まった動きをする。 対術でも同様に取りと受けが決まった動きをすることは当然のこと。
形稽古と技が効く効かないということは、同じ次元で語るべきことではないと考える。

座技では、ガツンと当たり、相手を後ろに突き飛ばすような身体をひとつ固まりにしたような稽古をしていても意味がないと思っている。 形は、身体の使い方と技の理合を学ぶもの、そうであれば身体のすべての間接を緩めたリラックスした状態で稽古すべきと考える。
もう一形座り技で正面打ち入身投げ。
より大きな動きの膝行で相手背面へ入身、大きく転換して相手を崩して、相手の起きてくるタイミングで相手を倒す。 大胆な膝行と大きな動きを意識すること。
立ち技に変えて、正面打ち一教。
入身−転身−転換、そして再度転身する足捌きに意識して動いてみた。
さらに、相手の頭が自分の肩口へ着いたときには、自分の腕はすでに上がっていること。
振り上げた腕は、指先まで意識を送り、大きく振り下ろすことで技に切れが増す。
人を跳び越す前方への飛び受身、片手取りからの小手返しの後、残心から立ち上がりを意識した前受身、座技呼吸法で終了。