神ながらの道

日常生活も 日々是修行、修行即 「神ながらの道」
惟神霊幸倍坐世 (かんながらたまちはえませ)

 

カレンダー

2008年
← October →
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

おすすめリンク

プロフィール

カウンター

  • 本日のアクセス  
  • 昨日のアクセス  
  • 総アクセス数      

遠藤師範のDVD

Blog Ranking

ブログ ランキング参加しました。 *** よろしければ、クリックしてください。 **************** コメント、TB、リンク、ご自由にどうぞ

I love it!

***** ***** ***

ブログサービス

Powered by

teacup.ブログ
RSS
この記事へのコメント一覧
※投稿されたコメントは管理人の承認後反映されます。
投稿者
メール

 
コメント
URL
コメントは新しいものから表示されます。
コメント本文中とURL欄にURLを記入すると、自動的にリンクされます。
投稿者:jet
要は「気付き」ということでしょうか?
合気道の稽古は特に、自分で課題や取り組む事を設定して、それに向かって稽古をして行かないと、なかなか進歩しないと思います。

言い換えれば、道場に来て形の動きをなぞっているだけでは、進歩は遅いとも言えるでしょう。

身体の使い方、相手との関係から、動きを発展させて行く、そこには稽古の自由度も加わると思うのですが。

自分を中心に据えて動く、主導権を取るということからも、これが大切かと思いますが、これも稽古を通じてというより、自身で意識して行くことだと思います。

自分たちができるのは、ジェットシンさんがされているように、道を作り、示してやることまでで、後は本人が自得して行くしかないと思います。

もちろん、稽古に何を求めるかは人によって異なりますし、いろいろな稽古の仕方があっても良いのだとは思いますが。

今日の稽古では何をやろうかと、今から考えています。
投稿者:ジェットシン
武道はイマジネーション、同感です。
しかし、たくさん稽古してある程度自分に自信がつかないと、なかなかイマジネーションも湧かないように感じております

昨日も審査の予行演習でした。
初段を受けるN君、人がいい性格のためか、自由技で受けに動きを合わせてしまって、演武に切れがないというかメリハリがない感じ。
自分の動きに受けを合わせさせるように指導するも、あまり強く投げると相手が嫌がるので・・・
という返事。
力を入れて強く投げるのではなく、自分の風に相手を巻き込むようにと説明しても、なかなか伝わりません。
やはり演武は自分の気持ちを前に出していかないと、気迫が伝わらないと思ってます。
Copyright (C) GMO Tea Cup Communication, Inc. All Rights Reserved.