神ながらの道

日常生活も 日々是修行、修行即 「神ながらの道」
惟神霊幸倍坐世 (かんながらたまちはえませ)

 

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投稿者:Jet
タイガーさん
下でも書きましたが、自分は師匠を変えるつもりはありませんし、よき稽古仲間にも恵まれたと思っています。
さらには、国外へ出て、より多くの先生にご指導もいただけましたし、多くの海外の道友も得ることができました。
苦境の時の支えにもなってくれた合気道、この素晴らしいものに感謝しています。
投稿者:Jet
大姐さん
セミナーへの参加、羨ましいです。
師範の一言一句を聞き漏らさず、動きの残像とともに持ち帰ってください。

道友会のかかり稽古は、瞬時に動く、技に詰まらずに動く、次々とプレッシャーをかけて行くといった状況を考えてのものだったと思います。
今は、もう主力のメンバー各位には、そういう必要は無くなったのでしょう。
それにしても楽しい稽古でした。
投稿者:タイガー
あくまで「技」に関してであり、師弟関係を「守破離」するものではない.

ありがとうございます。
頭がスッキリいたしました。

私の先輩たちは、技も師弟関係も一緒に守破離しているようです。
投稿者:大姐
ご無沙汰してしまいました。
ここ1ヶ月稽古をしていません。Jet兄さんのブログを読んで少し稽古した気にさせていただきました。
”一教は自分の腕をおろす。”頭では十分理解していることですが、いざ稽古となると忘れて一生懸命相手の腕をおろそうとしている自分に嫌気が差したりします。

明日の夜から1泊2日のみですが、佐久のセミナーに参加してきます。残念ながら筋肉痛は避けられそうにありませんが、無心になって体を動かしてこれたらと思っています。

F道友会のかかり稽古、懐かしいです。
ここ何年か、S先生はかかり稽古をされていません。
遊んでいるようで、自分をまた通常の稽古とは違って見つめられるのがよかったんですが。





投稿者:Jet
違うなと思いながらの稽古は、本当にストレスになります。
指導者のスタイルに疑問を感じるようであれば、その稽古は出ない方が良いと思います。

自分が細々とですが、自分の道場を続けているのも同様の理由からです。 自分の思うことが出来る、自分が継承してきた技を存分に伝えられる、これは本当に精神的な発散にもなります。

一方で、自分は師匠を変えるつもりは全くありません。 技も素晴らしいですが、やはり最終的には師範の人間性と合気道に対する考え方だと思います。

「守破離」、長すぎる守は停滞でしかなく、早すぎる離は、我流となります。 進歩の過程としては真理だとは思いますが、どの過程にとこだわりすぎるのも、良くないことだと思います。
そして、あくまで「技」に関してであり、師弟関係を「守破離」するものではないでしょう。

自分は、一形でも御教授いただけば、自分の先生だと思っています。
投稿者:タイガー
自主稽古のあと一緒にビールを飲みにいったM先輩も同じ事を言ってました。
居合道もやってるかたですが、武道はイマジネーションの世界だと言ってました。

また私の先輩たちはの多くが先生の考えと合わずにやめていったり、稽古には来てますが指導を拒んだり、いろいろな問題について飲みながら話してましたら。
武道には必ず「守破離」というものがあり、ずっと仲良く稽古をすることは難しいと言っていました。

私は考えが甘いのかもしれませんが、ずーと今の仲間とやって行きたいと考えております。
投稿者:Jet
早取りの二教から腰投げは、力の出し入れと流れが面白いのでやってみました。

気心の知れた相手との時間を気にしなくても良い稽古は本当に楽しいですね。

自分は、道場は技の理合いと身体の使い方を教える場であって、どう戦うかを教える場ではないと考えています。
そして、もちろん形稽古の形で戦うわけでもありません。 いつも言っているのは、武術はイマジネーションであり、技の理合いを生かしてどう戦うかは、個々が状況に合わせて瞬時に選択して行くことと話しています。

Nさんもそのうち、どう戦うかなどということには興味が無くなるでしょう。
投稿者:タイガー
早取りの二教よくわかりました。私の大好きな技です。

昨日は友人のN君の誘いがあり自主稽古行いました。
お盆が近いせいでしょうか体育館ががら空きで、武道場が貸しきり状態で3時間も練習しちゃいました。

N君は2級です、私も級レベルのときはそうだったかもしれませんが、技が相手に効いてるかどうかをとても気にします。またすぐ実戦レベルで相手がナイフを諸手で持って突進してきたらどう対応するのかとか必死に聞いてきます。
あまりに実戦にこだわりすぎているようなので。

気持ちはよくわかるのですが、まだそういうレベルではないので基本の技を繰り返し練習し体捌きをしっかり見につけたほうがいい、と冷たく返事してしまいました。
投稿者:Jet
おっしゃるとおり、始めたころに自分も、週一回の稽古で動きを忘れないように、週二回の稽古で現状維持、進歩して行くには週三回は稽古するようにと言われました。

稽古が始まれば、すべての雑事を忘れられるのが、また良いところです。
級レベルのころ、「今日は止めとこうかな」などと思うこともありましたが、行って稽古してしまうと、必ず、「ああ、来てよかったな」と思ったものでした。 稽古すれば、必ず何か得るものがあります。

「一教は、相手の腕ではなく、自分の腕を下ろすんですよ」師範の言葉ですが、まさしく真理だと思います。 自分は、稽古で師範や道場長の言葉を、そっくり使わせてもらっています。

早取りの二教とは、諸手取りや交差取りから、手首を回して相手の手首の上に乗せ、そのまま相手の手首を極めて相手を下方へ崩しきる形です。 
投稿者:タイガー
私は先週は日曜日の稽古1回だけでした、1週間に1回きりの稽古ですと技を磨くというよりも、忘れないようにするのが感覚を保つのが精一杯です。

たしかに稽古は世俗とは隔離された世界ですね、汗かいていい気持ちの切り替えができればいいですね。

お祭り参加できずに残念でしたね、私は5日は職場の盆踊り大会で大変でした。

日曜日は私も諸手取り中心の稽古をいたしました。
なるほど一教は、相手の腕ではなく、自分の腕を下ろす、のですかあまりピンと来ませんが頭のすみにおいて稽古してみます。

早取り二教とはどんな技ですかー
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