「飛脚は、未だですか?」
娘が連日、学校から帰ると開口一番に聞いていたAmazonからの荷物が、先週届いた。
誕生日のプレゼントにリクエストされた「Death Note」の作者 小畑健の画集と「ハウルの動く城」の原作本。 「Death Note」は、娘が毎週買っている週間少年ジャンプで唯一自分も読んでいた作品だった。 結末はいささか失速の感だったけれど、スピード感のあるスリリングな展開で、連載されていた2年間を楽しませてくれた。 画集は、A3の大判の装丁で作者の力量を十分に伝えている。
「ハウルの動く城」の原作本も日本語の活字に飢えていたせいか、数日で読み終えてしまった。
かなり面白かったらしく、今度は原書を読んでみたいと言う。 すでに教科書などでなじんで来ているとは言え、洋書を読むきっかけになったとすれば、良い本との出会いだったと思う。
娘のリクエストをオーダーするついでに、自分も合わせて発注しているものがあった。
松田聖子の二枚のCD「Pineapple」と「風立ちぬ」。

「Pineapple」は、‘82年のちょうど今頃の季節にリリースされたアルバム。
黄色いトーンのジャケット写真とタイトルから伝わるように、テーマは夏。 収録された曲からは、新緑に跳ねる陽光や夏の強い日差しが作るコントラスト、吹く風の様子が生き生きと伝わって来る。このヴィヴィッドなみずみずしさは、どうだ。今、改めて聴いても凄いと感じる。
バックを固めるのは、松原正樹、吉川忠英、斉藤ノブ、林立夫等の日本を代表するミュージシャン達。 その後のアイドル ポップスがハイクオリティ化してゆくきっかけになったアルバムでもある。 80年代はロックの低迷期でもあり、その後は、自分も充実した歌謡曲へ傾倒して行った。
夏の情景とともに、当時の自分や友人のことも思い出す。
「Pineapple」が夏ならば、その前年にリリースされた「風立ちぬ」は、秋、白秋、冬のイメージ。
巨匠 大滝詠一責任プロデュースのA面(当時はレコード盤)は、言うまでも無く、アルバム全般が細部までの気配りが感じられるほどに作りこまれている。
残暑が過ぎ、突然、夕方の風にスッとした涼しさと清涼感を感じる、そんな秋口のイメージが広がる。 改めて思うと、もう何年もそういう瞬間は体験していない。
松田聖子という人は、その後の行動が若い頃のイメージを壊してしまったと感じて、なかなか改めて聴いてみようという気になれずにいた。 日本を離れ、ずいぶんと近況に触れることも無く、その後の印象も薄れ、聴いてみたくなった。 この頃の歌には、未だストレートに出る素の部分が強く感じられ魅力的だ。 その後、技量が上がるにつれて次第に技巧的になり、作品の完成度に反して魅力は薄れて行ったように思う。
陽光に光る木々の葉を眺めてこのアルバムを聴いていると、20数年前の夏の風情が蘇って来る。