| 投稿者: のび太

作詞 : 上尾 耿輔/上尾 龍介
作曲 : 山田 昌弘


日本の新しき朝の光は
二つなき真理のもとに
 開け放たれたり
人類のたぐひなき知を愛するものよ
今こそ固く
 かひな組みて
澎湃と寄する東海の
 うしほの如く
高らかに 高らかに
我等が愛知大学の
 名を讃へよ

www.youtube.com/watch?v=WjtAvdVUrN8
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2017/4/12 | 投稿者: のび太

05613−6−****

サークル会館1F 愛大祭事務局前の電話番号である。愛知大学名古屋校舎(笑)が移転してしまった今となっては当然別の誰かの電話番号になっていることだろう。

市外局番5桁はド田舎の証であった。かく言う日進の俺の実家の電話番号も5桁であった。

俺は今、月に何回かみよし市の得意先へファックスを送る。得意先からファックスが送られてきてそれに対して返信をするのだが、先方からのファックスには毎回カバーレターがついていて、そこに返信先のファックス番号が記載されている。そこには

0561−3*−****

4桁で記載されている。

「三好町」のくせに生意気だぞと、俺は毎回

05613−*−****

と入力している。
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2017/4/6 | 投稿者: のび太

この4月、我が社に聖徳学園大卒の新入社員がやってきた。

聖徳学園大?

と首を傾げる方も 岐阜教育大学 と言えば「あぁ」と思い出すかもしれない。

そう、あの人の、3日だけの母校である。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%90%E9%98%9C%E8%81%96%E5%BE%B3%E5%AD%A6%E5%9C%92%E5%A4%A7%E5%AD%A6

俺と菊りん、おやぢは大学3年の最後のビラ配りにこの岐阜教育大学に行った。が、ビラを配ろうにも学生の姿はほとんどなく、学食で飯を食おうにも開店前。閑散とした学内で呆然とたたずんでいた。

結局最初にして最後の、同期連れ立ってのビラ配りはただ単に岐阜くんだりまで行っただけで終わってしまった。

前投稿では愛産大への旅について書いたが、その時のメンバーは菊りん、はっさくと俺の三人であった。そして岐阜教育大学へのビラ配りは菊りん、おやぢと俺の三人である。

たった四人の同期であるが、なぜか勢揃いすることが少なかった世代であった。
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2017/3/24 | 投稿者: のび太

先日久し振りに国道1号線を豊橋方面から岡崎に向かって走る機会があった。

俺が大学4年生の時、俺は菊りん・はっさくと三人で一台の車に便乗して新歓合宿に向かっていた。春の昼下がり、国道1号線を豊橋方面へ走っていると左手に愛知産業大学が見えてきた。

寄って行こうぜ、と運転者が言った時にはすでにハンドルが切られており嫌も応もなく俺たちは愛産大へ行った。

どうということはない田舎の大学であった。休みだったのか、学内は閑散として見るべきところもなく俺たちは愛産大を後にした。

国道1号線の信号は押しボタンもないのに異常に長く、痺れを切らした運転者は独自の判断で発進したことが思い出される。

その、いかにも田舎然としていた愛産大前に今「道の駅」が出来ていて当時と比べてその周囲は信じられないほどに発展していた。

行き交う車もほとんどなく、変わらない信号にいらいらしていた交差点には巨大かつ立派な横断歩道が出来て交通量も多い。とても自己判断で勝手に進入出来るような道ではなくなっていた。

20年という歳月の長さを感じたひと時であった。

そういえば20年前のあの日。その数ヵ月後に同じメンバー、同じ車で俺たちは沼津を目指していた。ウメ先輩に会うために。
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2016/2/2 | 投稿者: のび太

愛の戦士レインボーマン』という特撮作品があった。1972年10月6日から翌1973年9月28日まで、一年間放送されていたという。俺は1972年8月生まれだからこの作品が放映された時すでにこの世に生を享けていた。しかしわずか2ヶ月児である。リアルタイムでの記憶は当然、ない。しかし ♪インドの山奥で修行して〜 という主題歌はなぜかよく覚えている。

レインボーマンの主題歌「行けレインボーマン」は ♪インドの山奥で修行して〜 から始まり、 ♪ダイバダッタの魂やどし〜 と続く。ダイバダッタをご存知だろうか。「提婆達多」と書くこの人物は釈迦の従兄弟であり弟子でもあった人物である。そして提婆達多は後に釈迦を裏切り殺そうとした人物として知られているのである。

ウィキペディアによると提婆達多は三逆罪(@破和合僧:釈迦教団を出て分派活動を行った A出仏身血:山頂から大石を落として釈迦仏の足の指から出血させた B殺阿羅漢:釈迦仏を殺さんとしていた所を蓮華色比丘尼にとがめられ、彼女を鉄拳で殺した)という三つの罪を犯した後、自身の爪に毒を塗り釈迦を殺そうとして阿鼻地獄に堕ちた、とある。

つまりレインボーマンはそんな提婆達多の魂を宿しているという。どこが「愛の戦士」だというのか。

レインボーマンは知らなくてもレインボーマンの敵「死ね死ね団」の名前ぐらいは聞いたことがあるのではないだろうか。死ね死ね団は日本人を皆殺しにしようとする悪の組織である。荒唐無稽な、と思うかもしれないがアジア人が世界に災いをもたらすということを信じる黄禍論という思想が実際にあるそうでそれに基づいているとのことである。

黄禍論(おうかろん / こうかろん、独: Gelbe Gefahr、英語: Yellow Peril)とは、19世紀半ばから20世紀前半にかけてヨーロッパ・北アメリカ・オーストラリアなどの白人国家において現れた、黄色人種脅威論。人種差別の一種である。フランスでは1896年の時点でこの言葉の使用が確認されており、ドイツ帝国の皇帝ヴィルヘルム2世が広めた寓意画『ヨーロッパの諸国民よ、諸君らの最も神聖な宝を守れ』によって世界に流布した。日清戦争に勝利した日本に対して、ロシア・ドイツ・フランスが自らの三国干渉を正当化するために浴びせた人種差別政策で、続く日露戦争の日本勝利で欧州全体に広まった。

なるほど、黄禍論ね。しかしなぜ「シネシネダン」なのか。俺だったら自分が所属する団に「シネシネダン」とは絶対に名付けない。誰が人に死ね死ね団の団長をやっています、と名乗れるというのか。ようやく決まった息子の就職先が死ね死ね団、親はなんと思うのか。k○d風に「SSD」とでも名乗るつもりなのか。いずれにせよせっかくの黄禍論が台無しである。

その死ね死ね団と死闘を繰り広げるダイバダッタの魂を宿すレインボーマン。そのレインボーマンに変化(へんげ)する主人公・ヤマトタケシはアマチュアレスリングの選手であるという。アマレスというぐらいだから死ね死ね団員をレインボーマンは時に投げ飛ばし、時に押さえ込んでいたのだろう。実際にこのテレビ番組を見た記憶はないが、なんとものどかな戦いである。
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