昨日は金山→栄→安城と三軒はしごして、二日酔い気味だったけど、今日は、岡崎嬢ではなく、只今無職同志のたんちゃんと岡崎城へ。
味噌カツとどてやきを食べてから登城。
三河武士のやかた家康館
http://www.city.okazaki.aichi.jp/MUSEUM/ka161.htm
では、松平八代の歴史で安城が実は初期松平氏の重要な居城だったことを初めて知った。安城って結構すごいとこなんだね。
関ケ原の戦況解説動くジオラマ?もなかなかよく出来てた。
最後は閉館時間の5時を過ぎていた。
まだ明るかったので、家康像にはさすがに京都土下座像や鹿児島西郷像のようにはよじ登らず。
ついでに大樹寺も行って家康の墓も見てきた。
東照公遺訓
人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。いそぐべからず、不自由を常と思えば不足なし、こころに望みおこらば困窮したる時を思い出すべし。堪忍は無事長久の基、いかりは敵とおもえ、勝つ事ばかり知りて、まくること知らざれば害その身にいたる。おのれを責めて人をせむるな、及ばざるは過ぎたるよりまされり。
慶長(けいちょう)8年1月15日 家康
厭離穢土・欣求浄土(えんりえど・ごんぐじょうど)
…家康が桶狭間の戦いで今川義元の首がとられた後、逃げ帰った大樹寺で
前途を悲観し祖先の墓前で自害しようとしたとき、大樹寺13代住職の登誉上人が切腹を思いとどまらせた時の言葉
意味…戦国の時代は、武士が自分の欲のために戦って、国土が穢(けが)れている。その穢土を厭(いと)い離れ、永遠に平和な浄土を欣(ねが)い求めて、それを成すという意味。 源信(げんしん)著「往生要集」に記述。
旅立ちに向けて決意を新たに出来た家康公の故郷でした。
安祥城あとの安城歴史博物館にも行ってみよう!
誰か一緒に行きませんか?