先日、地元紙の社説において、日本製のパソコン成人ゲームが海外及び、国内の市民団体から非難を受けているから即刻規制せよ、との内容の記事が載っていたのだが、相も変わらずサヨクめいた論調で閉口する。彼らの言うところによれば、ポルノゲーム(マンガ、アニメも含む)は性犯罪を助長し女性の人権を侵害しているからなくすべきという論拠であるようだが、それを言ったら、殺人を扱った映画やドラマ、小説などの創作物はどうなるのか?。シュワルツネッガーやスタローンが格好良く人を殺し、有名女優やイケメン俳優が殺人犯を演じることは犯罪の助長につながらないのか?。サヨクの理屈を用いれば、これらは女性の人権どころか基本的人権である生存権を侵害していることになる。ならば、シャーロックホームズや金田一などの小説は発禁にすべきであるし、水谷豊の相棒も放送禁止になるべきであろう。結局のところ彼ら市民団体の言わんと欲するところは自分たちにとって不快な物を社会から末梢したいだけなのである。表現の自由とは民主主義社会の根幹をなすべきものである。どんな犯罪的言説も反社会的発言も直接的に社会秩序を破壊するものでない限りは規制すべきではないのだ。中国や北朝鮮のような管理国家が理想というなら兎も角、日本が行うべきものではない。それにしても、このような市民団体は護憲だの反米だの死刑廃止だのと主張する輩とほぼ同一なのだが、自分の空想する社会を定義し、そのあとでそれに合う理屈を作るからこのような論理的矛盾が発生するのである。民主社会においての整合性と合理性を無視して感情論のみに執着するのはやめて欲しいものだ。付け加えておくが、私は性暴力を容認してはいない、性犯罪の最高刑を無期懲役、あるいは死刑でも構わないと考えているが、創作物に対する表現規制はどんなに不快なものであれ、断固として行うべきではないと言っているのだ。

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